7羽目

(拓)

 さっき、冬吾が聞いた質問で、その場にいた俺と未由の空気が凍り付いたのがわかった。冬吾の奴、自分ばかりがすぐいなくなりやがって。

 未由と二人廊下を歩き、教室に着く。そういや冬吾は、腕の氷を取りに行くって言っていたな。

「なあ、未由。冬吾のさっきの話なんだけど・・・」

「ごめん、拓。その話、今はしたくない」

 未由が下を向いたまま、顔をあげない。まったく、こうなったのは冬吾のせいだ。

 教室に着いたはいいが、未由の機嫌が悪いような気がする。

 ちらっと、未由の様子を見てみるが顔をあげる様子はない。冬吾が戻ってきたら説教だぞ、これは。

 五人でした約束を、冬吾は忘れたのだろうか。

 いや、冬吾に限ってそれはない。じゃあ、なんであの質問を風鈴のばあさんにしたんだ?知っているかなんてわからないだろう。

 俺たちの父親についてなんて。


「なあ、未由。冬吾遅くないか?」

 教室の時計を見ながら、未由に聞く。

 あれから一時間以上経っている。その間、ずっと未由はスマホをいじっている。

「そう?」

 未由がやっと顔をあげる。

「氷取りに行くって言ってから、一時間以上帰ってきてないぞ」

「戻りづらいだけじゃないの?」

 未由の返事が雑なのは、たぶん冬吾に怒っているからだ。

「美代子さんだって、見つかってないし・・・一応、夜が明けるまではみんな一緒にいた方がよくないか?」

「・・・」

 少しの沈黙の後、未由が立ち上がった。

 俺の提案は聞き入れてもらえたようだ。

「冬吾は、帰ってきたら説教だから」

 俺が思っていたことと同じことを、未由が言う。

 二人で教室を出ると、美代子さんを一緒に探してくれた近所のおばちゃんが氷を持って立っていた。

「あら、今、開けようと思っていたところ」

 両手がふさがって、開けられないでいたようだった。

「これ、冬吾ちゃんに頼まれていた氷ね」

 冬吾の奴、取りに行ったんじゃなかったのかよ。

 近所のおばちゃんから、氷を受け取る。

「美代子さんは?見つかった?」

「・・・それが、まだ」

 未由がぎこちなく返事をする。近所のおばちゃんが、グイグイくるタイプだからだとは思う。

「この辺にはクマも出ないし、明日になればひょっこり戻ってくるわよ。安心して」

 近所のおばちゃんは、未由と俺の肩を強めに何回も叩いた。正直痛い。

「あ、冬吾を見ませんでしたか?」

 と、未由が聞く。

「氷頼まれて、体育館の方に急いで行ったのは見たけど」

 おばさんが体育館の方を見ながらいう。

 さては冬吾の奴、懲りずにまだ風鈴のばあさんに話を聞いているな?

「ありがとうございます、行ってみます」

「い~え、じゃあ、おやすみなさい」

 近所のおばちゃんが手を振って去っていく。


 未由と体育館へ向かう。たぶん冬吾は、風鈴のばあさんのところにいるはずだ。

 すでに、消灯時間なのか体育館内は暗かった。

 まだ起きている人たちのわずかな明かりがあるので、ライトはつけなくても見える。

 風鈴のばあさんのところにも、まだ明かりは点いていた。

 どうやら、まだ本を読んでいるらしい。だが、肝心の冬吾が見当たらない。

「おや、また来たのかい?さっきの子といい、聞きたいことが多い子たちだ」

 眼鏡をずらして、未由と俺を見る。やはり、冬吾はここにきて何か聞いたらしい。

「冬吾がどこへ行ったかわかりますか?」

 未由が風鈴のばあさんに尋ねる。ばあさんは、本に目を落とした。

 教えてくれない気なのか?

「・・・あんたらは、幽霊を信じるかい?」

 ばあさんが静かに訊ねてくる。

 冬吾の話と幽霊の話は、果たして関係があるのだろうか。

 黙って未由を見る。未由もこちらを見ていた。

「・・・どちらとも言えないようだね。あたしはさっき幽霊を見たんだ。そして、あんたらが探している子も幽霊を見た」

 ばあさんがゆっくり体育館の出入り口を指さした。未由と俺が、今歩いてきた校舎と繋がっている方ではなく、外から体育館に入れる入り口だ。

「・・・あたしは見たんだ。この目で見たんだ。尾畑誠を」

「尾畑誠?」

 聞き覚えのない名前に首を傾げる。この辺りに尾畑は沢山いるが、聞いたことのない名前だ。

「未由、知っているか?」

 小声で未由に聞いてみる。未由も名前にピンと来ていない様子だ。

 首を横に振っている。

 大体、その尾畑誠を見たからと言ってなんなんだ?冬吾はどうしたんだ?

「おい、ばあさん。その尾畑誠を見たあと、冬吾はどこに行ったんだよ?」

「あの子は・・・追いかけて行った」

 ばあさんが、体育館の出入り口を、目を細めて見た。

 と言うことは、幽霊を追いかけて外へ行ったってことか?

 美代子さんもいなくなっているっていうのに。とりあえず、冬吾を探した方がいいのかもしれない。

 体育館の出入り口へ向かおうとした。

「待って、拓」

 未由が後ろから止める。

「でもよう、美代子さんもいなくなっているし・・・」

 冬吾までいなくなるのではないかと、不安がよぎる。

「おばあちゃんに、話を聞いてからにしよう。尾畑誠について」

 未由が真っ直ぐこちらを見ていた。どうして、こんな時に冷静でいられるんだ。

 未由の目を見た。いつになく真剣な気がする。

 大人しく、ばあさんの話を聞くことにした。


「幽霊を見たということは、その尾畑誠さんは死んでいるということですか?」

 未由が、ばあさんに聞く。

「ああ、そうさ。あんたらがまだ小さい時に病院が火事になったんだ」

 小さい時・・・だから、名前を聞いたことがないのか。しかし、交番の尾畑さんが言っていた、病院の火事で亡くなっているようだ。

「でも、あたしはこの目で見たんだ。白衣を着て、あそこに立っていた尾畑誠を」

 ばあさんが目を見開き、再び体育館の入り口を指さす。

 冬吾が追いかけて行ったということは、冬吾も見たということだ。

 だったら、幽霊ではなく生きているんじゃないのか?

「おばあちゃんの見た尾畑誠は、白衣を着ていたって言ったけど、何故白衣を着ているの?」

 未由は幽霊なのか、生きているのかの話は気にしていないようだった。

「なんでってそりゃ、尾畑誠は医者だったからね。白衣も着るだろう」

 ばあさんが言う。

「私の母も、ここの町の医者をしていたんですけど、覚えていますか?」

「覚えているとも。私もお世話になったんだから。いい医者だったよ。火事で亡くなったのは、残念だった」

 その言葉に、未由がぺこりと頭を下げた。

「尾畑誠とは大違いだった」

 ばあさんが吐き捨てるように言った。

「そんなにひどい医者だったんですか?」

「私は嫌いだね」

 ばあさんはハッキリと言った。

「亡くなった今だから言える話だが、金丸さんも酷い人だった。あんたらにいうことじゃないんだろうけどね」

「それはどういうことですか?」

 未由が訊ねる。

「金丸さんについては、よからぬ噂がいっぱいあるんだよ」

「よからぬ噂?」

「そう・・・これに関しては私の口から言っていいものなのか、わからない」

未由がこちらを見る。その目が俺の目をしっかりと捉える。

 俺は頷くことしかできなかった。

 未由が風鈴のばあさんを見る。

「その話、聞かせてください」


「金丸さんのところはね、先祖代々『お金のある家』だったんだ。この辺りで、土地や商売なんかをして、成功した家の跡取りでね」

 ばあさんの言葉に、自分の住んだ家を思い返して見た。確かに、この辺りでは一番大きいような気がした。

「若い頃から、好き放題やっている人だったよ。顔もよかっただろう?そこら辺に女を作っては、大変だったんだ」

 顔がよかったかは、年を重ねてからのじじいしか見たことがないのでわからないが、相当遊んでいたらしかった。

「その息子が尾畑誠なんだから、こりゃまた大変でね。尾畑誠が好き勝手やっても金丸さんが話を揉み消せちゃうんだから」

 ばあさんが小さなため息をつく。

「尾畑誠が好き勝手って何をやっていたんですか?」

 未由が単刀直入に聞いた。

「あいつは医者だからねえ。金を出すから治験させてくれって。色んな人間に持ちかけていたようだよ。そして、金と引き換えに了承した人間もいた」

「・・・それでどうなったんだ?」

違法な治験だ。なんとなく、予想はつくが・・・

死んだかどうかはわからないが、亡くなったよ」

「警察は調べなかったのか?」

「調べたさ、ただ金丸さんが揉み消した」

「さすがにそんなことできないだろ」

「いいや。金丸さんは。この町の人間ならば、自由に動かせた。警察だって関係ないよ」

 金丸のジジイにそんな裏の顔があったなんて知らなかった。できれば、知りたくなかったかもしれない。

金丸のジジイが関係しているのかは、本人亡き今、調べることはできるのだろうか。

「交番の尾畑がいるだろ?奴には気をつけな。私が知る限り、金丸さんの左腕さ」

「左腕?右腕ではなくか?」

右腕はよく聞くが、左腕は初めて聞いた。

「勉強不足だね。まあ、いいさ。右腕は攻める、左腕は守るってことだね。簡単に言えば」

ばあさんの言ったことが、俺には理解できなかった。

「じゃあ、右腕は?」

未由には理解できたのか、話を進める。

「ああ、はっきりとはわからないが、学校にいる用務員じゃないかい?よく、金丸さんの隣にいたよ」

多分、用務員の尾畑さんのことを話しているのだろう。

 あの人も何かに関わっているのか。

「はあ〜。これはあんた達には言わない方が良かったかもしれないねえ」

ばあさんが俺たちの顔色を見てだろうか、ため息交じりにそう呟いた。

「・・・さっき、冬吾が聞いていったことってなんですか?」

未由は聞くことをやめていなかった。

「ああ、順番を聞いて行ったよ」

「順番?」

 未由がこちらを見るが、俺もわからない。首を横に振った。

「あそこの貸家に、あんたたちの母親があんたたちを妊娠してから来たのか、引っ越してきてから妊娠したかだよ」

風鈴のばあさんは再び本に目を落とした。もはや、本当に読んでいるのかすらも、わからない。

 俺たちは、この順番を聞いてもいいのだろうか。

「・・・どちらですか?」

「え?」

 冬吾が父親のことを聞いたとき、真っ先に機嫌が悪くなっていた未由が口を開いたので、思わず声が漏れた。聞く気なのか、未由。

「・・・あたしが覚えている限りじゃ、妊娠したのは引っ越して来てからなはずだ」

 ばあさんは、顔をあげない。

 空気が重くなった気がした。

 ということは、この町に俺や未由の父親がいるかもしれなのだ。

 ばあさんが読んでいた本のページを一枚めくる。

 未由が黙ってしまった。無理もない。

 俺たち五人は、自分の父親について調べない、聞かないという約束をしていた。何となく、昔から父親がいないということに触れてはいけなかったような環境だったからだ。他の同級生には両親がいるのが当たり前で、自分たちはそうではないことがやけに寂しかったことも覚えている。

 他の四人はどうか知らないが、母さんが生きていた頃、自分の父親について聞いたとき、やけに嫌そうな顔をされたことも、何気に俺の中ではトラウマになっている。

 だから、壮も含めた五人で約束したんだ。以来、暗黙の了解なのかとでも言うように、俺たちの中ではその話はタブーになっていた。だから、冬吾の奴がその約束を破って、風鈴のばあさんに聞いたことで、俺は未由がナイーブになっているのだと思っていた。

「・・・自分たちの出生は、やはり気になるものかい?」

 未由と俺の空気感からなのか、風鈴のばあさんが口を開く。

「そりゃ、自分の父親がどんな奴だったかは気になるけどよ・・・」

 ちらっと、未由を見つつ言う。

「あたしは探偵でもないし、人の色恋沙汰にも興味はなかったがね。あんたらの母親は、決してあんたらが思っているような、寂しい女達ではなかったけどねえ」

 ばあさんがそう言って、ページをまた一枚めくる。

「一人で子供を育てるわけではないからねえ。周りの協力も含めて、あんたら五人の母親は、子育てを必死にしていたように見えたけれど。少なくとも、私には」

 確かに、寂しい思いをした経験はなかった。母親たちが亡くなっても、未由や冬吾、菜々がいてくれた。

 ただ・・・

「一つ確認したいのは、もしかしたらこの町の住人に、俺の父親がいるかもしれないってことか?」

「それは、あたしには何とも言えないねえ。可能性はあるだろうけど」

 本から目を離してはいないが、ばあさんは口元をあげて見せる。

 この期に及んで何をいうのかとも思ったが、そうか、そうなのか。

 先ほどよりも俺自身の気持ちの整理がついた。未由は一体どうなのだろう。

「・・・私も一つ確認したいです。私の母は、男に現を抜かすような女性でしたか?」

 その質問に、風鈴のばあさんは目を見開いた。そして、ゆっくりため息を吐きながら答えた。


 風鈴のばあさんの元から、体育館の出入り口付近へと歩いている。

 隣を歩く未由があんな質問をしたので、なんと切り出せばいいかわからない。

 結局、無言で目的地へとたどり着いてしまった。

 一度、歩いてきた方を振り返る。この距離ならば、目の悪い風鈴のばあさんは、もしかしたら、尾畑誠と誰かを見間違えた可能性もある。

 問題は冬吾か。追いかけて行ったと言っていたが、あまり遠くまで行っていないといいんだが。

 体育館の外へ出ると、街灯がないので、辺り一帯が真っ暗闇だ。

「どうする?捜しに行くか?」

 未由に尋ねてみる。

「・・・とりあえず、校舎と体育館の周りだけ声をかけて歩こう。それでもいなかったら、明るくなってから探すのがいいかも」

「こんな夜更けに声出して歩くのかよ。みんな起きちまうかもしれないぞ」

「さっきの近所の人たちがそう教えてくれたの。あと菜々も」

 未由が真っ直ぐ前を見て言う。どう返事をしたらいいのか俺にはわからない。

「昔、山で迷子になったとき、菜々は声が枯れるまで名前を呼び続けてくれたの。私も冬吾の為に、そうしたい」

 未由がそうしたいなら、仕方がない。付き合ってやろうと思った。

 二人で声を出しながら探したが、結局、冬吾は見つからなかった。


 翌朝、警察の応援と救助隊、それから尾畑と名乗る刑事がやってきた。

「じゃあ、一人一人、腕を見つけた経緯を話していただきますので、こちらへどうぞ」

 空き教室に通されて、まるで面談でもするかのように、黒板前に置いてある机と椅子に座るように促される。

「初めまして、尾畑と言います。まずお名前をお伺いしてもいいですか?」

「尾畑拓と言います。・・・刑事さん、苗字が一緒ですね」

「・・・ああ、この町の出身なもので」

 刑事の尾畑はあまり踏み入って話をしてこない。俺の方が焦っているのかもしれない。

「ご職業は、お医者さまと聞いていますが、どういった用事でこちらの町へ?」

「俺は、山火事で母親を失いました。引き取って育ててくれた人が先日、病気で亡くなりまして。葬式でこの町に戻ってきました」

「それは、それは」と刑事の尾畑が頭を下げた。こちらも頭を下げる。

「もし、差支えなかったら亡くなった方のお名前を聞いてもいいですか?」

「・・・尾畑昌夫です」

「え?」

 手帳にメモをしながら聞いていた刑事の尾畑の手が止まった。

「お知り合いでしたか?」

「・・・あ、いえ」

 目の前に座っている刑事の尾畑が、明らかに動揺しているのがわかった。

「・・・では、一緒に発見された方は、四人と聞いていましたが、あと二人はどちらに?」

 これはなんと説明をしたらいいのか、わからなかった。

『一人は具合が悪くなって、もう一人は幽霊を追いかけて、二人とも行方不明になりました』なんて言って通じる相手なのだろうか。


コンコンコン


 教室の扉がノックされる。入り口で立っていたもう一人の刑事が扉を開ける。

「失礼します、尾畑さんちょっと」

 やたら若そうな刑事が呼ぶ。たぶん俺ではなく、目の前にいる方の尾畑だろう。

 呼ばれた刑事の尾畑が、少し面倒くさそうに立ち上がる。

「なんだ、どうした」

 刑事の尾畑に、若い刑事が耳打ちしている。

 何の話か気になるのは、俺自身が『してはいけないこと』をしてしまっているからだろう。

「尾畑さん」

 刑事の尾畑が俺を呼ぶ。

「体育館の男子トイレから、気を失った女性が発見されたそうですが、何があったか、ご存じですか?」

 刑事の尾畑がこちらに向かって言ってくる。どっちだ?

「うっ、腕はありますか?」

 刑事の尾畑が若い刑事に確認している。

「気を失っている以外に、外傷はないようですよ」

「じゃあ、もしかしたら、美代子さんかもしれない」

 俺がそう言った瞬間、刑事の尾畑が血相を変えて、教室を出て行った。

 一体、どうしたというんだ。

 代わりに若い刑事がこちらへ向かってくる。

「一応、その方なのかどうか、一緒に確認をしていただいてもいいですか?」

「はい、もちろん」

 美代子さんが無事なら何よりだ。しかし、尾畑と言う刑事、美代子さんと知り合いだったのだろうか。

 若い刑事に案内され、校庭に作られている救護テントへと案内された。

 ベッドには、美代子さんが寝ていた。その横に、刑事の尾畑が立っている。

「美代子さん!」

「眠っているだけなので、大丈夫だとは思います」

 近くにいた看護師に声をかけられた。

一体なぜ、体育館の男子トイレに?

「なんでも、外には手書きで『水漏れのため使用禁止』と書かれていたそうですが、それを見逃したおじいさんがトイレに入ったところ、発見したそうです」

 俺の後ろに立っていた若い刑事が説明をしてくれた。

 俺は腕を発見した経緯を話した。

「では、こちらの美代子さんが腕を発見した三人目の方なんですね」

 若い刑事が手帳にメモを取っている。今どきはタブレットなのかと思っていたが、この辺りはまだ導入されていないようだ。

「腕のこともあって、同じ教室にはいられないと言われて、美代子さんは別の教室にいたんです」

 若い刑事が頷きながら、メモをしている。

「しばらく具合が悪くてトイレに籠っていたそうなんですが、夕飯の時、カレーが食べられないと言って、近所のおばさんにおかゆを頼んでから、姿が見えなくなって・・・」

「美代子さんを捜しはしたんでしょうか?」

 若い刑事が聞いてくる。

「はい、近所のおばさんたちと未由は女子トイレと校舎周り、俺と冬吾は校舎内の男子トイレを探しました」

「その時に、体育館のトイレを探すのを忘れていたということでいいですか?」

「・・・はい。体育館のトイレは水漏れの張り紙がしてあって、誰も使っていないと思ったので・・・」

 俺は黙って下を向いた。あの時、張り紙など気にせず体育館のトイレまでしっかり探していたら、美代子さんはもう少し早く見つかったかもしれないのだ。

「それで今、未由さんには、別室でお話を聞いているんですけど、冬吾さんはどちらにいらっしゃいますか?」

 若い刑事が冬吾の行方を聞いてくる。俺や未由だって居所がわからないのだ。

「昨日の夜、幽霊を見たってばあさんがいまして・・・。そのばあさんと幽霊を見たらしいんですが、そのまま幽霊を追いかけて体育館の外に出て行ったらしいんです。そのまま帰って来ていないんです」

 紛れもない事実だった。

「幽霊ですか?」

 若い刑事が手帳に書いていた手を止め、俺を見る。

 俺は嘘などついていないので、黙って頷いた。

「そのおばあさんはどなたか、教えてもらっていいですか?」

 俺は風鈴のばあさんのことを若い刑事に教えた。

 若い刑事は「確認してきます」と救護テントを出て行った。

 目の前で黙って、美代子さんを心配そうに見ていた刑事の尾畑に、気になっていたことを聞いてみる。

「あの、美代子さんとお知り合いですか?」

 刑事の尾畑は、俺を睨む。聞いてはいけなかったことを聞いてしまったかもしれない。

 刑事の尾畑は大きくため息をつく。

「・・・知り合いも何も、美代子は俺の妹だ」

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