3隻目
あの町へと車を走らせている最中に、車の無線に連絡が入る。
大規模な山火事が発生しているらしい。
またかよ、と舌打ちをしかける。
子供の頃の嫌な思い出が蘇ってくる。だから、あの町には帰りたくないのだ。
イライラが止まらない。
ハンドルにかけた指が激しく動く。きっとヤニ切れだ。
高速を降りたら、一服でもしよう。
自分を落ち着かせようと、大きく深呼吸をした。
高速を降りると、どこか一服できる場所を探しながら運転する。商店でもいいが、自販機が沢山置いてある場所でも構わない。
煙草も吸いたいが、コーヒーも飲みたい。
禁断症状なのか、イライラが更に増していくのがわかる。どこかないのか。
高校を卒業してからは、一度も実家には帰っていない。だから、車でこの辺りを走るのは初めてなのだ。
どこかないのか、どこか。
車を走らせていると、山道に入りかかる辺りに明かりが見えた。飲食店だろうか?
車を駐車場らしき砂利に止めると、『商い中』の看板がかかっていた。どうやら、飲食店のようだ。
入り口横に、自動販売機と灰皿も置いてある。最近、喫煙者には世知辛い世の中になってきたのでありがたい。
赤い暖簾をくぐって、店に入る。ラーメン屋なのか、広めのカウンターにテーブル席が二つほどある。
カウンターに座り、目の前にある年季の入ったメニュー表を見る。ここのオススメがわからないので、一応、オススメを聞いてみることにした。
以前、部下と初めて行くラーメン屋でことごとく失敗して以来、オススメが書いていないラーメン屋は、オススメを聞いてから食べるか、みんなが注文をしているものを食べるようにしている。今、客は俺一人なので店主にオススメを聞いてみることにする。
カウンター正面の厨房の隅で、何かをかき混ぜているのが店主だろう。
「すみませ~ん」
店主がなかなかこちらを振り返らない。聞こえなかったのだろうか。
「すみませ~ん」
手を口の横にあてて、少し大きめな声を出す。
「なんだあ?」
やっと振り返ってくれたが、店主はご年配のようでこちらへ向かってくる足取りがゆっくりだ。
「ここの、オススメは、なんですか?」
耳が遠いのかもしれないので、口を大きくゆっくりと動かし聞いてみた。
「あ?中華そばだな」
店主が普通に返事をしてくる。なんだ、普通に会話できるじゃないか。先ほどは奥の方にいたから聞こえなかったのかもしれない。
「じゃあ、それで」
店主が店の奥へと戻って行く。きっとこれから作り始めるのだろう。
「おたくさん、町から来たの?」
店主が手を動かしながら、大きな声で聞いてくる。
「いや、これから向かうところです」
「やめときなあ、山火事になっとるらしいぞ~」
「知っています。それも含めて向かうところです」
店のラジオか何かで山火事の情報を聞いたのだろう。
「あんた、刑事さんかい?」
店主が一瞬手を止めて、こちらをじっと見た。
「そうですけど・・・」
「あ~あ~、今回の山火事も、多分きっと未解決になっちゃうよ」
どうしてそんなことが言えるのだろう。確証はあるのだろうか。
「だって、俺見たもん。山火事のさなか、白衣の男」
店主がニィと笑うと、上の歯がすべて金歯だ。不気味な笑みを浮かべている。
「俺は見たんだ。あれは絶対、尾畑誠だ」
聞き慣れた名前が、店主の口から出てくる。だがもうこの世にはいないはずの名前だ。
「それは、一体どこで見たんですか!?」
「おや、刑事さん。この名前に聞き覚えがあるのかい?」
店主が驚いたように言う。
「・・・あの町の出身なんです。もう何十年と帰っていませんけど」
「じゃあ、刑事さんだけに俺のとっておきの秘密を教えてやろう」
店主がまた不気味な笑みを浮かべている。一体何なんだ、この店主。
店主が小さく手招きをする。耳を貸せというのか。
刑事によくもまあと思ったが、耳を近づけた。
店主が教えてくれた話に、ラーメンそっちのけで店から勢いよく出た。
スマホを取り出し、何回もかけたはずの電話番号に、もう一度電話をかける。
「お願いだ、出てくれ・・・」
着信音が切り替わり、留守電サービスになるが切ってもう一度かける。
お願いだ、出てくれ美代子。
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