2隻目
思っていたより、静かな朝だった。
昨日遺体が出てきてから、身元が誰一人として確認できていない。それなのに妙に頭がすっきりしている。睡眠時間も大して長くないのに、不思議だ。
「なんだかなあ」
そんな言葉が口から零れた。仕事が全然進まないからなのだろう。
白骨化の遺体は、身元が確認できていない。無理もない。
ベランダに出て、煙草を咥える。目の前にまだ、太陽が顔を出していない空が広がる。暁と言うんだったか。
事件の真相が、必ず太陽のように出てきてくれるのならば、こんな仕事もやりがいがあるのだろう。
煙草にライターで火をつける。一口、空気と一緒に煙を肺の中に入れる。
身元がわからないのでは、こちらとしてもなかなか動くことができない。監視カメラは増えているとはいえ、山の中だ。遺体を運んだであろう車を特定するにも、かなりの時間がかかる。レンタカーを借りていたりして、足がつくことをしてくれているならいいが、そんなに簡単にしっぽをつかませてくれているとも思えない。
もう一度、煙を肺の中へと流し込む。
そういえば、あの腕は結局誰が送ってきたのだろうか。
わざわざ腕を掘り起こして、一体何を調べさせたいというのだろう。いや待てよ?送ってきたということは、送った場所があるということだ。そこならば、監視カメラがあるかもしれない。
咥えていた煙草を一度深く吸い込むと、大きく煙を吐く。こうしてはいられない。送り状を調べなくては。
まだ三口ほどしか吸っていない煙草の火を消した。
捜査本部へ向かうと、さっそく送り状を持ってくるように指示を出す。
「残念ながら、差出人は記載ないです」
部下がそう言いながら、送り状を手渡してきた。
確かに手書きの送り状の差出人には、『同上』とだけ書いてある。
差出人など最初から気にしてはいなかった。
送り状に書いてある番号を調べれば、自ずと答えは出るであろう。
「この送り状が発送された地域は割り出せているのか?」
「割り出せています。こちらです」
部下が渡していた資料の住所を見て、目を見開いた。ここは。
「尾畑さん、どうかしました?」
「あ、いや・・・」
まさか、あの町から発送されているとは思ってもみなかった。あの町へ帰ることはもうないと思っていたからだ。
まさか・・・な?ふと、一時期留守電に入っていた話を思い出した。
もう何年も帰ってはいないが確かめるべきか?
上着の左胸のポケットから、スマホを取り出す。
連絡先を探し、電話をかけてみる。
プルルルルルル
発信音だけが耳元で鳴っている。やはり、そう簡単には電話に出てくれるわけはないが。
『おかけになった電話は・・・』
留守電に切り替わる。やはり出てはもらえなかったか。
「尾畑さん、どうかされたんですか?」と部下が聞いてくる。
「いや・・・」
「なんか、今日様子が変ですよ?体調悪いんですか?」
部下が心配そうに、こちらの様子をうかがってくる。体調が悪いわけではない。
心に負った古傷が痛んだような気がしただけだ。
手に持っていたスマホを、左胸のポケットにしまう。
「発送元の地域には、誰かもう行っているのか?」
「いえまだです。所轄もありますので、これから決めるところです」
「俺が行く」
「え?」
部下が驚いた顔をする。
「俺が現地へ向かう。何かあったら、連絡を入れてくれ」
「わざわざ、尾畑さんが向かうことはないじゃないでしょうか」
部下から言わせればそうかもしれないが、現地のことは俺が一番適任だろう。
後ろから、聞こえる部下からの説得を無視して捜査本部を後にする。
昔からあの町が嫌いだった。そこへ戻ろうとしているのだから、人生は何が起こるかわからないと感じる。
建物を出て、駐車場に止めていた車へと乗りこむ。
エンジンをかけ、車を発進させた。
何故か妙に落ち着かない。あの町へ行くからか?
しまった、煙草を一本吸ってから乗ればよかったと一瞬後悔した。
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