3羽目


(拓)

 まったく、何がどうなったって言うんだよ。

 金丸のジジイが死んだって帰ってきてみりゃ、今度は菜々が行方不明だって?

 冬吾が考え事をしていて気付かなかったにしろ、菜々が声も上げないで連れ去られるなんておかしい話じゃないか?

 行方不明とか言っているけど、どっかに隠れていたり非番だけど呼び出されたりしたんじゃないのか?病院にいるとか。

 綺麗と呼べるかわからない色をした空を見た。夕暮れどきだ。そういえば昔、夕暮れどきの魔女って噂があったような、なかったような。まさか、いい歳になった大人を誘拐?あり得ないだろう。あれは大人の作った作り話だ。

 菜々がいないことに気付いた俺たちは、声を出しながら学校の辺りを探した。

「いたか?」

目の前の道から歩いてくる冬吾に声をかける。

 冬吾は首を横に振った。

「一旦帰るか?」

とりあえず、先に家に帰っているかもしれない可能性を信じて、家へ帰ることにした。


 家へ帰ると、美代子さんの元へ急ぐ。

しかし、美代子さんはまだ喪主やなんやらで手が離せないようだった。

 冬吾が直接電話してみたり、菜々の勤めている病院に電話して、病院に行ってないか確認したが、電話にも出ず、病院にもいないらしい。

 俺もさっきまでいた小学校の電話番号を調べて、尾畑さんに小学校に菜々が戻ってないか聞いてみたが、戻ってもいないらしい。

 未由は家の中を探している。おいおい?大の大人だぞ?そんないきなり消えることなんてあるのか?

「拓。交番の尾畑さんに頼んで探してもらうとかできないかな?」

未由が少し焦ったように戻ってきた。どうやら、家の中にもいなかったようだ。

「いきなり警察に行くのかよ?まずは、俺らで探そうぜ」

いくらなんでも、いきなり警察を頼るのも何故だか気が引けた。子供の時にはなかった、今の自分にやましい事があるからなのだろう。

「そうだけど、尾畑さんだし・・・菜々がいきなり何も言わずにいなくなったのが、心配なの」

未由も焦っているようだ。

「朝の電話もそうだったが、いきなりいなくなったからって、焦りすぎていないか?一度落ち着こうぜ」

 俺は未由に声をかけた。その言葉に、未由がゆっくりと頷く。

「菜々、具合が悪くて動けないって事態になっていなければいいけれど」

冬吾が小さく言った。

美代子さんが、廊下を凄い勢いで歩いてくる。

「菜々がいなくなったって、どういうことなの?!」

 美代子さんが驚いている。

 その時


ウーーーーーーーー


ここら辺りで、この音が鳴るときは・・・

「火事だ!!!」

自分の口から、こんなに大きな声が出るとは

思っていなかった。またか。ここら辺は海も近いが山も多い。母さん達が死んだ山火事もあっという間に全てを焼き尽くした。

 山火事は中々消えないし、燃え広がるので一斉に知らせる警報が鳴る。まさか、こんな時に・・・

「菜々を早く探さないと!」

未由も声をあげる。確かに、早く探さないとまずいかもしれない。さっき冬吾が言ったように、体調が悪くて動けない場合、山火事に巻き込まれる可能性もあるからだ。

「山火事の警報よ」

金丸のジジイの親戚達も一斉に、身支度を整える。みんな、昔の山火事を経験しているのだ。避難する身支度が早いのは、当たり前か。

「どのあたり?」

未由が親戚の人に聞いている。

「放送では、大鷲坂方面だから、あなた達の昔住んでいた辺りの山みたいよ」

と言い、玄関から出て行った。また、あの辺りの火事か。

「あなた達も、早く避難しなさい!」

美代子さんが俺たちに声を荒げた。無理もない。俺たちの母親は火事で死んでいる。山火事はどこまで広がるかは予想できないらしい。

 俺たちの母親が巻き込まれた火事以降、防災マップは一応あるが、その日の風向きや湿度も関係してくるらしい。

「なあ、金丸のジジイはどうするんだよ」

俺は美代子さんに言った。この辺りは葬式をしてから火葬なのだ。まだ金丸のジジイは棺桶にそのまま入っている。

「そんなこと言ったって・・・」

美代子さんが金丸のジジイの棺桶を見る。無理もない、父親の葬儀のさなかに火事なんて。

「・・・私は残るわ。父を置いては行けない」

美代子さんの声が強くなる。肩が強張っているように見えた。

 山火事はどこまで広がるかわからない。それを一番知っているのは美代子さんだ。棺桶をどうにか運び出せる術はないだろうか。

「私達、全員で運び出せないかな」

隣で未由が小さく、だが強く言った。

「まさか!あなた達には、頼めない」

美代子さんが強く否定する。

「もう、俺らは大人だ。頼ってくれよ、美代子さん」

俺は美代子さんへの、説得を試みる。

「・・・わかった、父を運び出すのを手伝って欲しい」

そう来なきゃな。約束通り、ここまで来たのだから。

 俺は頷いて外に出る。何か運び出せるものを探さなければならない。

 まだ、霊柩車は来ていない。ここから離れている葬儀屋に行くには時間が足りない。どうしたらいい。

「拓、ここに親戚を運んできたミニバンがあるはず」

冬吾がどうやら、外に同じタイミングで出ていたらしい。ミニバンサイズなら棺桶を積むことができるはずだ。

 辺りを見回すと、冬吾がミニバンを見つけたようで、ミニバンの運転席が開いている。

「どうだ?運転できそうか?」

中にいる、冬吾に聞いてみた。

「僕、このサイズの運転したことない」

冬吾が心配そうにこちらを見下ろす。普段は器用なのに、いつも、いざというとき頼りない奴だ。

「変われ。俺が運転する」

冬吾に運転席を降りるように促す。

「その前に、金丸のジジイを積み込むぞ」

冬吾に言うと、しっかりした目で頷いた。ただ、俺には不安なことが一つあった。多分、この敷地内に残っているのは四人。四人で棺桶が運び出せるのかと言うことだ。

 男二人に、女性が二人。棺桶を実際持ち上げたことはないが、単純に七〇キロ~一〇〇キロ近いとは思う。この人数で行けるか?間に合うのか?やってみないとわからない。

 ミニバンの後ろを開ける。

「未由、美代子さん。シートがフラットになるように座席を倒してくれ」

 玄関先にいた未由と美代子さんに、声をかける。

 二人が頷いて、車へと向かう。あの二人ならば、大丈夫だろう。問題はこちらだ。

 冬吾と縁側から、金丸のジジイの棺桶のところまで向かう。

 襖を開けて、棺桶の元へと急ぐ。

 俺は棺桶に駆け寄り、下を覗き込んだ。どうやら棺桶の下に隠して車輪があったらしい。これなら、縁側まで持って運ばなくても大丈夫そうだ。

「冬吾、下に車輪がある」

後ろに立っている冬吾に告げる。俺が頭側、冬吾が足側で車輪を押し始める。

「待って、拓」

冬吾がいきなり止まる。棺桶を抑え込みながら止まるものだから、こちらがよろけた。一体、どうしたのだろう?時間がないというのに。

「どうした、冬吾」

「おかしい、おかしいんだ」

冬吾が唱えるように言ったかと思うと、いきなりこちらに来て、棺桶の顔部分の窓を開ける。

 中の様子を見た冬吾が、固まっている。

俺も息をのんだ。

 金丸のジジイの遺体が入っていないだと?そんなことがあるはずがない!


「父の遺体が棺桶に入っていないってどういうことなの?」

 美代子さんが俺と冬吾に向かって言う。俺だってわけがわからない。

 四人で棺桶の周りに立ち、見下ろしている。冬吾と、見間違えではないことを確認するため、棺桶を開けてみたがやはり金丸のジジイはいない。

「さっき、足側から押したとき、おかしいと思ったんだ。軽すぎるって」

 冬吾が小刻みに震えている。握りしめている拳が激しく揺れている。

「時間がない。探している余裕はない」

俺の言葉に全員が黙り込む。こうしている間に、火は回っていくのだ。

「仕方がない。ここまで火が回ってこないことを祈りましょう」

美代子さんが腹を括ったような顔をしている。

「今はこの四人が生き残ることが最優先。行きましょう」

その言葉に全員が頷いた。

 縁側から出ると、少し離れた辺りから煙と火は見える。放水はされているようだが、間に合うかどうかはわからない。

 ミニバンに全員が乗り込む。

 運転席に座りエンジンをかける。大鷲坂の方が燃えているならそのまま海側に流れて行ってくれるといいのだが。

 夜になれば、海風は陸から海へ向かって吹くのだと、金丸のジジイが教えてくれたのを思い出す。しかし、時間帯的にまだわからない。

 山火事の方ではない左側へと、ハンドルを切る。

「しばらく、こんな大きい車は運転したことがないんでね。みんな掴まってろよ」

そう言って、バックミラー越しに後ろに乗っている未由と美代子さんを見る。

 二人とも不安そうに頷いている。

「僕は、拓の運転を信じるよ」

 助手席で冬吾が小さく言う。いつの間にか、壮の写真と未由のアルバムを持っていた。

「お前それ」

「忘れられるわけない。写真が残ってないんだから」

壮の写真は、あの山火事で全て燃えてしまっている。学校の行事で残していたフィルムから一番いい写真を遺影にしたのだ。俺たち四人で選んだ記憶がある。

「確かにな、忘れられるわけがねえ」

そう言うと、冬吾が壮の写真を強く抱きしめたように見えた。

「それにしたって、金丸のジジイのご遺体を誰かが運びだしたのか?」

車を走らせながら、バックミラー越しに美代子さんを見る。

「そんな話は聞いてないの・・・。大体、昨日は棺桶の窓から父さんの顔を見たでしょ?」

 昨日、金丸のジジイを拝んだときは棺桶の窓は開いていたし、顔を見た記憶もある。それは間違いない。

「一体、どこに行っちゃったんだろうね」

未由が不安そうに言う。

「夕暮れどきの魔女」

隣の冬吾がいきなり言った。

「そんな話まだ覚えていたの?」

美代子さんが言う。

「お母さんたちが、口酸っぱく言っていたのは覚えているけど・・・」

未由は静かに言った。

「あの話って、実際にあった誘拐事件の話だったんでしょ?」

冬吾が美代子さんに聞いた。

「そうだけど、実際に誘拐されたのは子供よ?」

「そうなのか・・・じゃあ、関係ないのか・・・」

冬吾が肩を落としたように見えた。

「もう、貴方たちもいい大人なんだから、いつまでもその話をするのはやめなさい?」

美代子さんが苦笑いをしている。

「この町にいる以上は、やっぱり思い出すよ」

冬吾が言う。

「私の時は、夕暮れどきの魔女の話は聞いたことがなかったけれど」

「じゃあ、結構新しい話なのかな?」

未由もこの話の食いつきがいい。そんなに夕暮れどきの魔女の話が気になるのか。

「冬吾も未由も、よく覚えていたな?俺、忘れていた」

「私も冬吾が読んでいた『ヘンゼルとグレーテル』がなかったら忘れていたよ」

未由が言った。

「あ、拓。もう少しで急カーブあるから気を付けてね」

美代子さんがバックミラー越し言った。そう言えばあったかもしれない。この道は、今朝走ったような気がする。

 車のスピードを落としていく。

「ねえ、何か落ちてる!止まって!」

隣の冬吾がいきなり大きな声を出す。

 俺は、慌ててブレーキを踏んだ。

 車が大きく揺れたが、無事止まる。

「悪い、だいぶ急ブレーキになってしまった」

口から安堵のため息が出た。乗っていた全員に謝る。

 冬吾がドアを開け、慌ただしく車を降りていく。一体、何が落ちているっていうんだ。

 車のエンジンをそのままにして、冬吾に続いて車を降りる。

 俺は目を疑った。

 これは・・・

「未由、美代子さん。車から降りるな!」

 車を降りて来ようとする二人を止める。

 車のドアを開け、未由が顔だけ出してくる。未由の角度からでは、冬吾の陰に隠れて見えてはいないだろう。

 なあ、この町はどうかしちまったのか?それとも、本当にいるのかよ、夕暮れどきの魔女ってのが。

 冬吾と俺の視線の先には、人の腕らしきものが落ちていた。

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