2羽目
(冬吾)
あの日のことは、よく覚えている。ここから見える夕日と同じ色をした炎に包まれたからだ。
燃え盛る炎を今でも僕は覚えている。
母や家を焼き尽くした火事だ。
金丸おじいちゃんが全員を引き取って育てるって言ってくれたから、今僕らはこうして各々で好きなことをやらせてもらえているのだろう。
そんなことを思い出しながら遠くを見つめる。
金丸おじいちゃんは僕が今座る、縁側のこの場所が好きだった。その好きだった理由が、僕も何となくだけどわかる。景色がとても綺麗だ。
赤く染まる夕日が落ちて、夕暮れどきだ。カラスがどこかで一羽鳴いたようだった。
ふと、背中に視線を感じる。振り返ると未由がいた。
「どうしたの?」
そう言うと、未由が僕に気づかれたのに驚いている。
「いや、夕暮れどきだなあって思って」
と、未由が外を見ながら言う。
沈んでいく夕日は、綺麗でもあるが何故か僕には不気味に見えてきた。
親族の会がお開きになったのか玄関の方が騒がしくなる。玄関の方に目をやると、拓が廊下の端っこから顔を覗かせていた。
「おう。サボって何をやっているんだ?お 二人さん」
「サボってはいないよ」
未由が拓に言った。
「菜々が多分縁側にいるからって言っていたぞ」
どうやら、タレコミの主は菜々のようだ。
「あ〜菜々がタレ込んだのね」
未由は立ち上がると、拓の方へ向かっていく。
「おい、冬吾。トイレに行ったにしては帰って来ないなと思っていたんだ。戻るぞ」
拓が、僕の方を怖い顔で見ていた。
トイレに行ったあと、金丸のおじいちゃんのお気に入りの場所になんだか座りたくなったのだ。断じて、サボっていたわけではない。しかし、今拓に言ったところで怒られる事が目に見えているので、今は何も言わないでおこう。
玄関の方に向かうと、美代子さんがお見送りをしていた。その後ろで、菜々もお見送りをしている。
菜々が、こちらをチラリと見てニヤリとしたのを僕は見逃さなかった。
「あら、未由も冬吾もどこに行っていたの?ほら、お見送りして」
美代子さんが僕と未由に気がついて、手招きをする。僕も未由も美代子さんの後ろに立ち親戚たちをお見送りした。
食器の片付けも粗方終わって、疲れ果てた体を畳に横たえる。拓と菜々にこき使われた気がする。
「・・・疲れた」
僕は小さく呟いた。
「冬吾より、絶対私の方が疲れているからね」
菜々が僕の横で足を投げ出して、座り込んでいる。
「おい?未由は?」
拓も座敷に入ってくる。
「ああ、さっき電話しに行くって、言っていたよ」
菜々が思い出したように言った。
「もしかしたら、仕事かもね〜」
と続ける。
未由は研究者だ。いつ何時呼び出されるかわからない。
「そう言えば、順番に風呂に入れって美代子さんが言っていたぞ」
拓が、畳に倒れている僕を見ながらいう。
「私が先に入る〜」
と、菜々が立ち上がって、お風呂へと向かって行った。
少し経って、電話を終えた未由がアルバムを持って来た。
「あれ?菜々は?」
座敷を見渡して、未由が言う。
「菜々なら風呂に行った」
「せっかく、アルバム持って来たのに」
拓の言葉に、未由が呆れた顔をした。
「上がってくるまで、俺たちで見ていようぜ」
拓のその言葉に、未由は黙ってアルバムを開いた。学生の頃の僕たちの写真が並んでいる。
一枚だけ端が焦げた写真がある。この写真は奇跡的に残っていた火事より前の写真だ。
写真の状態とは裏腹に、写真の中の僕たちは何も知らないで無邪気に笑っている。
「なあ、母さん達の写真ってこの一枚しかないのか?」
アルバムを何枚かめくって拓が言った。
「そうなの。あとは残ってなかった」
未由が少し寂しそうに言う。僕は、久しぶりに母さんの顔を見た気がした。なんだか、僕の記憶の中の母さんより、写真の中の母さんは、若く見える。その姿を見て、思い出したくなった。
「母さん達の写真、どうにか探せないかな?」
僕はそう言って、拓と未由を見る。
「美代子さんや、町の人たちは持っていそうだよな」
拓が閃いたように言う。
「美代子さんに後で聞いてみようか」
未由のその一言に、僕たちは頷いた。
翌朝、台所に立つ美代子さんに聞いて見たら
「え?写真?」
と、思い出すような顔をしている。もしかしたら、どこにしまっているかわからないのかもしれない。几帳面な美代子さんにしては珍しい。
「ん〜。探しておくから、とりあえず手伝って」
と、美代子さんが持っていた料理を手渡される。
「は〜い」
そう言いながら、朝食を座敷に運んだ。
「おはよう〜」
未由が起きてきた。後ろに菜々もいる。
二人とも、席に着く。
「あれ?拓は?」
「今、多分ランニングしているはず」
拓は、僕が起きたら隣にいなかった。美代子さんに聞いたら
「走りに行ったわよ」
と言われた。
拓は伊達に体格がいいわけではない。体を鍛えているのだ。
僕には絶対できないが、拓の日課を尊敬している。
「そろそろ帰ってくると思うよ」
僕はそう言いながら、美代子さんに渡された料理をテーブルに置いた。
朝食を食べていると、拓がランニングから帰ってきた。
「写真は美代子さんが探しておくって」
タオルを拓に渡しながら言った。
「そのことだけど。久しぶりに学校に行って見ないか?」
「え?学校?なんで?」
「いや、さっき走っていたら軽トラに乗った、用務員の尾畑さんに出くわしてさ。今日、学校は休みだけど校庭の草刈りをするらしい。遊びに行ってもいいらしいぞ」
「え?本当?」
「ああ。もしかしたら、母さんたちの写真もあるかもしれない」
「なるほど。未由と菜々にも声をかけて見よう」
僕がそういうと、拓はシャワーに行ってしまった。
「学校ね、今日行く時間あるかな?」
未由が辺りを見回しながら言う。
「どうだろう、午後には落ち着かないかな?」
僕も同じように辺りを見回したが、まだ親戚の姿や、拝みにくる人は何人かしか来ていない。
「美代子さんに聞いて、行けるようだったら行こうよ。せっかく四人揃っているし」
僕がいうと、未由が頷いた。
「あれ?拓は?」
未由が再び辺りを見回す。
「シャワー。菜々は?」
「さっきまで一緒にいたはず。あれ?」
廊下のあたりを見たが、菜々の姿はない。一体どこに行ったのだろう。
「あ、菜々」
未由が廊下の向こうから歩いて来た菜々に、声をかける。
「どうしたの?」
「さっきまでいたのに、どこに行っていたの?」
「ああ、病院から電話がかかって来たの」
未由の言葉に、菜々がスマホをかざして見せる。菜々は、この町の病院で医者をやっている。
「急患?」
「ううん、違う」
僕が聞くと、首を横に降った。
「今、時間が空いたら、学校に行こうかって話をしていたのだけど・・・」
「え〜?本当?どこからそんな話になったの?」
菜々が嬉しそうな顔をして言う。
「拓がランニング中に、用務員の尾畑さんに会ったらしくて・・・」
僕は拓との会話を、菜々と未由に説明した。
何故か渋る美代子さんに
「午後からならば」
と、許可をもらって四人で学校へと向かった。
学校は、過疎化が進み、僕たちが通っていたときよりも生徒数が減ってしまっているらしい。
最近の学校の様子を長々と語りながら、先頭を歩き案内してくれているのは用務員の尾畑さんだ。今日は、丁度土曜日で学校は休みなのだが、校庭の草刈りを任せられ、終わらず休日返上で草刈りらしい。さっき話していた。
多分案内しなくても、僕たちはなんとなく校舎内は覚えていた。だが、尾畑さんはご丁寧に案内をしてくれる。草刈りはいいのだろうか。廊下を歩きながら、あたりを見回すが、写真らしきものはない。
「あの、尾畑さん」
「ん?なんだ?」
声をかけると、先頭で話していた尾畑さんが振り返る。
「この校舎の中に写真ってありますか?」
「写真・・・あ、あるぞ!」
と、閃いてくれた尾畑さんが案内をしてくれた先は図書室だった。
「図書室・・・?」
菜々が首を傾げている。
「図書室には、歴代の卒業アルバムがあるはずだ」
尾畑さんの話によれば、母たちは、学年は違えどこの学校の出身らしい。
「卒業アルバムを見るのはいいが、持ち出しは禁止だ」
と、こちらに念を押すように言って、草刈りへと戻っていった。
「さ〜探しますか、卒業アルバム」
菜々が背伸びしながら、図書室へ入っていった。それに僕ら三人も続く。
「私、図書室で本探したことないかも」
菜々が室内を見回しながら言う。
「え、よく図書室に入り浸っていたじゃないか」
拓が意外そうな顔をして菜々をみる。
「あ〜あれは・・・」
菜々が言いづらそうにしていて、未由がニヤけた顔をした。
「好きな子が図書委員だったから、でしょ?」
「あぁ〜」
未由が少し悪い顔をして言い、菜々は盛大なため息をついた。
「もう〜未由、ばらさないでよ。もう時効よ」
菜々が少し怒って未由に詰め寄る。
「まあまあ、二人とも落ち着けって」
拓が止めに入る。
「な〜んてね」
菜々が怒っていたと思ったらそうではなかったらしい。
女子の世界は僕にはわからない。
「もう今更ばらされたところで、どうにもならないからね〜」
菜々が少し寂しそうに見えた。
「私、もう昔みたいに過去を引きずらないことにしたの」
と意味ありげに言うと、菜々が
「さあ、探すよ」
と図書室の奥に歩いていく。
「あいつ、どうしたんだ?」
拓が未由に聞く。
「さあ?」
と言った未由の顔色が少し曇った気がした。
未由はずっと壮ちゃんが亡くなったことを引きずっている。僕だってそうだ。拓はわからないけれど、壮ちゃんが亡くなったことを引きずってない人なんてこの四人の中にはいないんじゃないかとさえ思っている。
いつもは明るい菜々の意味深な発言のせいなのか、少し空気の重くなった図書室で僕は少し息をすることが苦しくなった気がした。
「あ、あったんじゃない?」
菜々が奥の方から、声をかけてきた。
奥の方の棚の下に卒業した年ごとに並べられた、卒業アルバムがあった。
「あった。これが私たちの頃の卒業アルバム」
菜々は、僕たちの頃の卒業アルバムを手に取り、拓に見せていた。
僕は三人をよそに母親たちの卒業アルバムを探す。
「これが、拓の母親の辺りか・・・」
大体の卒業年のアルバムを手に取り、中を見ていく。
「あっ、拓のお母さんいたよ」
僕はそう言って、拓にアルバムを渡す。
「お!サンキュー!」
拓がアルバムを嬉しそうに受け取った。続けて、僕と菜々の母親の卒業アルバムを見つける。どうやら二人は違うクラスだったようだが、同級生だった。
「お母さん、若い!私にちょっと似ているかも!」
さっきまでご機嫌斜めだった菜々の機嫌が良くなった。母親の顔を久しぶりに見たからだろう。未由の分も探さなければ。
綺麗に順番通り並べられているはずの卒業アルバムが一冊分の空きを見つけた。
指で少しずつなぞっていく。僕はなんとなく嫌な予感がした。誰かが借りている?いや、卒業アルバムは個人情報が書かれている年もあるはずだから、基本、貸出しが禁止されているとさっき、尾畑さんが言っていたはずだ。おかしい。
「冬吾?どうしたの?
すぐ後ろから、菜々の声がした。
「あ、ああ。未由の母さんの卒業アルバムだけ見当たらないんだ」
「え?」
と、菜々のすぐ後ろで未由が驚きの声を上げた。
「卒業アルバムは持ち出しも貸出しも禁止ってさっき、尾畑さんが」
と、菜々が、卒業アルバムの背表紙を順になぞって確かめていく。
「あ、ほんとだ。この学年だけない」
アルバムが同じように入っていたであろう場所には、一冊分の空白がある。
「どこかにないの?」
未由があたりを見回すので、読書スペースや違う本棚も見てみる。
しかしどこにも見当たらない。
「残念〜。尾畑さんに確認してみようよ」
と、菜々が言うので、全員で尾畑さんの元へ行くことにした。
尾畑さんは、校庭の隅で草刈りをしていた。
草刈り機の音と刈ったばかりの草の匂いがする。
尾畑さんに、母親達の年の卒業アルバムがないと伝えると
「それはおかしい」
と図書室に急ぎ足で向かう。僕たちもそれに着いていく。
「もしかしたら、誰かが読んで出しっぱなしにしたり、別の所にしまってしまった可能性もある」
尾畑さんは、歩きながら様々な可能性を言ってくる。
もしかしたら、ないと思っていただけで、机やどこかに置いてあったのかもしれない。
「でも、とりあえず机の上には、なかったと思いますよ」
菜々が歩きながら、尾畑さんに伝えた。確かに、図書室で座って読むスペースは決まっていて、その机の上には何もなかった。
「そうか。じゃあ、本棚のどこか別の場所に置いてある可能性が高いな」
尾畑さんはそう言うと、また話しているうちに着いてしまった図書室のドアを開ける。
「この二冊じゃないのか?」
尾畑さんが指差した先にあったのは、先ほど僕が見つけた拓と菜々と、僕の母親の卒業アルバムだ。
「違います。これじゃなくて・・・」
「そうか」
僕の言葉に、尾畑さんは奥の読書スペースへと向かう。
その時、僕は目を疑った。先程まで何も置いてなかったはずの机の上に卒業アルバムらしきものが置いてあったからだ。いやさっき出る時はなかったはずだ。
「なんだ、あるじゃないか」
尾畑さんが卒業アルバムに近づく。おかしい。
「さっき出る時はなかったはずなのに」
未由が小さな声で呟いた声が聞こえた。尾畑さんが卒業アルバムを手にとると、目を見開いてこちらを振り返る。
「この卒業アルバムを破ったのは、お前たちか?」
尾畑さんが真顔でこちらを見る。破られているだって?
「私たちじゃないですよ。やったなら尾畑さんをわざわざ呼びに行かない」
菜々が、怒っている尾畑さんを、なだめるように言う。
「じゃあ、一体誰がやったんだ」
「少なくても、俺らではない。四人で図書室を出た時、ここの机の上には何もなかった。間違いない。なあ?」
拓が僕らに同意を求めるように、聞いてきた。僕、未由、菜々がうなずいた。それを見た尾畑さんは、卒業アルバムをこちらに持ってきた。
「ほら、見てみろ。これがお前らの探していた年の卒業アルバムか?」
僕たちは、卒業アルバムの表紙の年を確認する。僕はうなずいた。間違いない。未由の母さんの年の卒業アルバムだ。
尾畑さんが僕に卒業アルバムを手渡してきた。確認してみろと言うことか?
尾畑さんは、何も言わず僕に卒業アルバムを手渡した。僕も黙って卒業アルバムを受け取った。受け取った卒業アルバムを開いてみる。確かに、何枚かの写真のページと文集のページが抜けているようだ。
「なあ、冬吾やっぱり破かれていたのかよ」
拓が僕に尋ねてくる。
「うん、間違いない。写真のページと文集のページが破り取られてる」
「一体誰がそんなこと・・・」
菜々が不安そうな顔をする。
しばらく、沈黙が続く。空気が重い。息が苦しい。
「間違いなくお前らがやったわけではないんだな?」
尾畑さんの言葉に、全員が頷いた。
「わかった。仕方がない。ただ、報告はしなきゃならない。俺から校長に伝えておく」
その言葉に頷くと
「もう帰れ」
と、尾畑さんは僕たちを図書室から追い出した。
廊下を昇降口まで歩いている。
「未由のお母さんの年だけ破かれているなんて・・・」
菜々が未由を見る。
「なぜだろう」
未由が首を傾げている。
「絶対、机の上にはなかったと思うんだよな。俺の見間違いか?」
「いや、尾畑さんを呼びに行った時には、机の上には何もなかったと思う」
拓と未由が確認し合っている。
もし、僕ら以外の人間が図書室にいたとしたら一体どこに隠れていたのか。
図書室以外の場所にいて僕らより早く図書室の中で卒業アルバムを見つけ破いたのか、それは無理かもしれない。なぜなら、尾畑さんは僕たちの目の前で図書室の鍵を開けたからだ。
もしくは、前々から忍び込んで破いてあった?いやそれならば、読書スペースに置いてあるはずがない。
頭の中で、色々可能性を模索はしてみるが、空回っている気がする。
拓と未由はどう考えているのだろう。
歩きながら前を進んでいる拓と未由を見る。・・・あれ?菜々は?
菜々がいないことに気付いた僕は立ち止まって当たりを見回す。さっき、昇降口から一緒に今いる道まで歩いてきたと思っていたのに。はぐれたのか?
「ねっねえ?」
僕は、前を歩く拓と未由を呼び止める。
「ん?冬吾、どうかしたのか?」
拓が立ち止まり、振り返る。話をしていた未由も、こちらを向いた。
「菜々がいないみたいなんだけど・・・」
「さっきまで、一緒に歩いてきたと思っていたのに。どこ行ったかわかるか?未由」
拓が未由に尋ねるが、未由は首を振る。
「冬吾の隣を歩いていたんじゃないの?」
「僕考え事をして歩いていて。全く気にしてなかったんだ」
卒業アルバムの件で頭がいっぱいだったのだ。
辺りを見回す。しかし、やはり菜々はいない。
目に飛び込んできた夕日の色。夕暮れどきだ。
カラスが何処かで鳴いた。
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