第4話 進む道(1)

 春になった。それぞれ皆、無事に進級し留年はしなかった。

「ただいま。」谷田は自宅のドアを開けると奥から母親の返事が聞こえた。そのまま二階にある自室に直行する。

 六畳の洋間にベッドと勉強机、それに壁三方向に本棚がある。特筆すべきはその本棚には漫画の単行本、少年雑誌やその別冊ふろくの漫画がぎっしり詰まっている事だった。


 谷田は学校帰りに立ち寄った本屋で購入した雑誌「少年」の最新号をベッドに寝転がって読みふけった。特に『鉄腕アトム』は二回続けて読んだ。

一通り読み終えた後、「少年」を携えて勉強机に向かった。谷田にはもう一つ楽しみがあった。それはお手製のパラパラ漫画描きである。机の引き出しから大学ノートを取り出し、『アトム』の頁をめくって、アトムが敵のロボットを捕まえる場面を丁寧に模写した。そして次の頁から一頁ずつ変化をつけて投げ飛ばす動きを描いていった。こうして投げ切るまでを描きパラパラ漫画にするとお手製の漫画映画ができるのだ。誰に見せるわけでもなく谷田はそれを見て悦に入るのだった。ただ、どうしてもアトムは向かって左方向を向いてしか描けなかった。逆向きに顔を描くと頭のとんがりに違和感を持った。模写はまだしも何も見ないで描くのができなかった。それに圧倒的に線に勢いがなかった。丁寧に描こうとすればするほど線が死んでいた。さっきまで悦に入っていたのに、一気に気持ちが沈んだ。己に絵の才能が無いという現実を突きつけられて苦笑いするしかなかった。


 どれくらい時間が経ったろうか、母親から夕飯の支度ができた旨、大声がしたので返事をしてリビングに向かった。

中に入ると既に父親が仕事から帰宅しており母親と共に食卓についていた。

「お帰り。」と言って席に着いた。父親は大手商社の役職に就いており収入も多かったから暮らしは裕福だった。

 夕飯のハンバーグを箸で食べた。

「大学の方はどうだ?」

父親のいつもの質問だ。

「まぁ、ぼちぼち。」いつもの答え。

「今度は、二級は取れそうか?」

谷田は簿記検定の三級は合格しているが二級検定は一度落ちていた。ろくに勉強せずに漫画三昧なのだから仕方あるまい。

「今度はたぶん、大丈夫。」

「とにかく最低限、二級を取っておけばな。」

(この人は他に話題がないのだろうか?)

心の中でぼやくが顔には出さない。

「ええ。大学から帰ってから、今迄、ずっと検定試験向けの勉強をしていたところです。」

「そうか。もう四年生だしな。就職活動に有利なんだから。絶対取れよ。」

「はい。」そう言ってご飯を口に放り込んだ。それから二人して黙々と食事をした。その間、母親は黙ってテレビ番組に集中していた。



 



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