第16話

僕は初めて本人を目の前にして、名前を呼んだ


本当はずっと呼びたかった名前


それを本人に乞われて、呼ぶことができた


それに、遊上くんも…愁くんも、僕の名前を呼んでくれた


好きだと言われて、恋人だと言われて、更には下の名前で呼び合うことができて…


あぁ、僕は今本当に幸せだ


僕は今やっと、遊上くんと…、愁くんと付き合えているのだと実感できた


愁くんは僕が落ち着くまで優しく抱きしめてくれていた


僕は泣きやみ、落ち着いてくるととても恥ずかしいことをしたなと今更羞恥心がこみあげてくる


いくら嬉しかったとしても、泣きながら抱き着くなんて、もう小さな子供でもないのに…


愁くん、呆れてたりしないかな…?


などと冷静になって考え始めたころ、ずっと背中をポンポンと叩いてくれていた愁くんに頭を撫でられた


ここまで思い切り泣いたのを恥ずかしく思いながら愁くんを見上げる




「…落ち着いた?」


「……うん、ありがとう…


……あの、愁くん」


「…何、楓?」




おずおずと愁くんの名前を呼ぶと、愁くんは優しい笑顔で僕の髪を梳いた


その優しい笑顔に背を押されて、僕は疑問を愁くんに投げかけてみた




「…愁くん、さっき全部終わらせてから言おうと思ってた、って言ってたでしょ?


……その、全部終わらせてって、どういうことかなって、思って…」




言葉尻は窄まりながらも、疑問に思っていたことをなんとか聞けた


愁くんはそれにあぁ、と1つ頷くと少し言いにくそうに応えてくれた




「それは、その…


今までセフレだった子たち全員に、恋人ができたから今後一切こういうことはしないって縁切りに行ってたんだ…


……それで、中には暴れたりするのがいたから帰りが遅くなってたんだけど…」




愁くんのその言葉に僕はぱちくりと瞬きする


あの遊び人で学園一有名だった遊上 愁が、セフレの子たち全員と縁を切った


などと、俄かには信じられない言葉を聞いたからだ


しかもその理由が恋人ができたからってことは、その、僕のために行動してくれたということで…




「…まぁ、人数も多かったし時間かかったけど、全員に納得してもらって、今後そういうことは絶対にしないから


だから……」




だから、と一旦言葉を切り、僕を見つめる愁くん


僕は頭の中がパンクしそうになりながらもその言葉の続きを知りたくて愁くんを見つめ返す




「……だから、俺と…、付き合ってくれないか…?


楓のこと、一生幸せにするから…」




愁くんが、照れくさそうに頬を染めながら、僕にそう言った


まさか、愁くんからこんなうれしい言葉が聞けるだなんて思ってもみなかった僕は、呆然としてしまった


あぁ、早く返事をしなきゃいけないのに、喉がつっかえて言葉が出てこない


たった2文字、はいって言うだけなのに…


あぁ、早く返事しないと、愁くんが不安そうな顔をしている


僕は大きく息を吸い込み、震える声で愁くんに返事をする




「…はいっ!


…僕も…、僕も愁くんのこと一生幸せにする……!」




僕は涙をあふれさせながら愁くんに抱き着く


愁くんはそんな僕を嬉しそうに抱きとめてくれた


今日やっと、僕たちは本当の恋人になれた





END




次ページは作者あとがき→

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