第14話

僕よりも大きく、少しごつごつした手が優しく僕の涙を全て拭ってくれる


それは僕が妄想していたよりも気持ちよくて、ついその手にすり寄ってしまう


そのことに気付いたのか、遊上くんの手が涙を拭う仕草から、僕の頭や頬を撫でるそれに変わる


気付けば僕の右手をつかんでいた手も離れ、僕を撫でていた


遊上くんのぬくもりが気持ちいいし嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい


気持ちよくてつい閉じていた目をうっすら開くと、口元が緩んでいる遊上くんが見えた


それが何となく恥ずかしくてまた目を閉じると、思い切って遊上くんに抱き着いてみた


…ずっと、したかったんだよね……




「……矢野?」


「…は、恥ずかしいから、見ないで……」




訝しげに僕を呼ぶ遊上くんにそう言ってぎゅうっと思い切り抱き着く


すると、僕の頭の上でクスリと遊上くんの笑う気配がした


す、少し子供っぽ過ぎただろうか…


そんなことを思っていると、遊上くんの腕が僕の背中に回り、遊上くんも僕を抱きしめ返してくれた


その時、つい緊張でピクリと身じろいでしまったが、遊上くんは何も言わず、優しく抱きしめてくれた


待望の遊上くんとのハグに僕の心臓は壊れんばかりにバクバクと暴れまわる


このままでは僕の心臓の音が遊上くんにまで聞こえてしまうんじゃないかと考えてしまう


とりあえず落ち着こうと深呼吸をするが、遊上くんのいい匂いにさらに心が乱されるだけで、更に心拍数が上がった気がする


くそぅ、匂いまでカッコいいとか僕を尊死させるつもりか


と、そこまで考えたところで僕ははたと気づく


もしかして、この今聞こえてる心音って、僕だけじゃない…?


疑問を解消するために顔の位置をずらし、遊上くんの胸に耳を当てる


すると、遊上くんの胸から僕と同じくらい激しい心音が聞こえた


僕はそのことに驚く


遊上くんの腕の中でもぞもぞ動いてると、少しだけ遊上くんの腕の力が抜けた


それを機に顔を上げ、遊上くんを見上げながら聞いてみる




「…も、もしかして、遊上くんもドキドキしてる…?」


「………恋人に抱き着かれて、何も感じないほど鈍くはない…」




苦虫を噛み潰したような顔で、小さく唸るように遊上くんはそう言った


えへへ、嬉しいなぁ…


僕のこと、ちゃんと恋人だって言ってくれた


本当に、僕の妄想とかじゃなくて、ちゃんと遊上くんと付き合ってた


付き合ってることを遊上くんに認めてもらえた


嬉しくてつい、だらしない顔をしてしまっていたようだ


そんな僕を見た遊上くんは小さくクスリと笑った


笑われたことにまた熱が顔に集まる


うぅ、笑われたのが恥ずかしい…


……ていうか僕、今遊上くんに抱き着いてるんだよね


あああああ、自分から抱き着いたくせにそう考えたら恥ずかしくなってきた!




「あああ、あの!


へ、部屋に戻ろ…?


そ、その方がちゃんと話し合えるしさ!


…ね?」




喋りだすのと同時にガバリと遊上くんの腕から逃れる


いつまでも抱き着いてたら、僕の頭が爆発してしまいそうだもの!


しょーがないよね!


そう心の中で言い訳しつつ遊上くんを仰ぎ見る


遊上くんはちょっとむっとした顔をしていたものの、僕のそれにこくりと頷いてくれた


そのことに少しホッとした


遊上くんがゆっくり僕から離れて、手をするりと握られた


僕の指の間に遊上くんの指が絡まる


いわゆる、恋人繋ぎ


僕はそれに戸惑い、つい遊上くんの顔と繋いだ手を交互に見てしまう


手のひらや指の間に遊上くんを感じ、やっと処理が追いついた僕はまた顔を赤くする


そんな僕を遊上くんは満足気に笑い、僕の手を引いて共有スペースに戻る


あぁ、僕は今、なんて幸せなんだろう…


遊上くんにちゃんと恋人認定されて、好きって………?


……あれ?


僕、さっき遊上くんに恋人とは言われたけど、やっぱり好きっては言われてない…よね?


遊上くんに好きだと言われていない


そのことに気付いた瞬間、ふわふわと幸せだった気持ちが凍り付く


先程、確かに遊上くんは僕のことを恋人だと言ってくれた


でもやっぱり、遊上くんからはまだ1度も好きだと言われていない…


その理由はなぜなのだろうか…?


そんなことを考えてるうちに僕たちは共有スペースのソファーに隣同士に座っていた


ちなみに恋人繋ぎの手はそのままだ

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