第55話
神華の意識が戻ったのは、その日の夕方だった
ぼんやり痛む頭を押さえつつ起き上がって周りを見渡すと、そこは学校の保健室だった
白い仕切りカーテンに白いベッド、白い天井に薄いクリーム色の床
なんとも無機質なこの空間が、神華は嫌いだった
スリッパを履き、少しふらつく足を叱咤して、仕切りカーテンを開ける
カーテンを開けた先には、誰もいなかった
ただ、ソファーの上には自分のバッグが、保険医のデスクの上にはぺらりとしたメモ紙1枚があるのみだった
ふらつきながらも保険医のデスクまで移動する
それは、簡易なメモだった
『神保 神華さんへ
体調はどうですか?
自分で歩いて帰れるのなら、そうしてください
もし、その限りでない場合は職員室に行って、担任の先生に言って、お家の方に迎えに来てもらってください
保険医、沢口より』
神華は無言で唇をかみしめた
よくわからないが、鼻の奥がツーンとして、涙が出てきそうだったから…
神華は大きく息を吸って、手に持っていたメモをぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てた
目にたまった涙で揺らぐ視界
まるで、世界が崩れ落ちるかのようで、笑ってしまった
覚束ない足取りながら自分のバッグが置いてあるソファーにドカリと腰掛ける
大きく息を吸って、吐いて
もう一度深く深呼吸
ボクが独りなのは、当たり前なんだから…
そう強く、自分に言い聞かせる
これが、当たり前なのだと
普通なのだと
だから、これは皆と違う自分が悪いのであって、周りは何も悪くないのだと
ボクがいい子になったら、いい子になれたら、そしたら皆ボクはここに居てもいいんだと認めてくれるはずだから
きっと、きっと……
幾何かの時間、神華はそうやって自分に言い聞かせて心を落ち着かせる
自分に言い聞かせてやっと落ち着くと、神華はまた大きく深呼吸をしてバッグを持つ
落ち着いたからか、神華の足取りもしっかりしたものに戻っていた
保健室のドアをがらりと開け放ち、神華は帰る
誰も、自分の帰りを待つことのない孤児院へ
それから神華はこの世界に来るまでにたくさんの化け物、基魔物を目撃、消滅させることとなる
そのたびに聞こえる、ターゲットとなった人への怨嗟の念
おかげで神華は人間の深く、どうしようもない闇に触れ続けることとなる
イケメンが憎いだの、リア充爆発しろだのとんでもなく低能なものから、こいつさえ居なくなれば、こいつさえ死ねば世の中がよくなる等という憎悪など
どれも、胸糞の悪いそればかりを聞かされてきた
だから、他人からだけでなく、神華からも他人を避けるようにいつしかなっていた
魔物を消滅させるたびに聞こえる怨嗟の念が、神華を人間不信にさせたのだ
あれほどにも人間から愛されたいと願っていた神華の心がつぶれかけた時、それは起こった
突然の意識の暗転、そして目覚めた後はだだっ広い平野の、何もない“無”の世界
誰も居ない、何も存在しない世界
これでもう、何も嫌なものを聞かなくて、見なくて済む
そう思ったら、ものすごいホッとしたけれども、ボクは次の瞬間思ってしまったんだ
一人はイヤだと
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