第46話

その日、ライの両親はライを寝かしつけた揺り籠を見える位置に置いて畑仕事をしていた


赤子のいる家庭ではよくみられる光景だった


赤子を寝かしつけて、目の届く範囲に置いて仕事をする


それはどこの家でも良くしていたし、ライの両親もこうやって仕事をしていた


ライが生後6カ月になる頃からしていたことで、彼らにこれで大丈夫だと言う慢心と油断があったのだ


それが、いけなかった


いつも通りライが寝ている揺り籠を畑の近くに置いて夫婦そろって作業する


その大きな隙が幼子の命を奪った


夫婦が少し作業に熱中していた時に、それは起こった




「オォオアァァアアァ!!」




聞きなれないそれが、響いた


その腹に響くような嫌な叫び声のような音は、自分たちの可愛い愛息子の方からしたのだ


作業に熱中していた夫婦はハッとなって青くなった顔を上げる


ゴシャリ…グチ、ブチャ…ゴリゴリゴリ


顔を上げた夫婦の目には、地獄が映った


人やどの動物でもない異形のそれが、夫婦の宝物を食べていた




「……………ぁ……ぁ、ぁああぁあぁぁあぁああぁぁぁああぁあぁあ!!?


ら……ライィィィィイ!!!」




ライの母親が、ライの名を呼びながらライだったものへ向かう


一目見ても、もうライが生きていないことが分かる有様ではあったが、彼女にはそれがどうしても受け入れられるものではなかった


化け物の口の中にある我が子を取り戻さんと、彼女は走り、それに殴りかかる


が、所詮は農民女性の力


化け物に殴りかかる前に、それの前足に彼女の身体を薙ぎ払われた




「きゃぁ!」


「アリシア!!」




彼女の夫、ライの父親が傷付けられ悲鳴を上げた妻の名を呼ぶ


だが、彼女はそれに応えない


否、応えられない


化け物の振るった前腕の尖った爪が彼女の首と胸にあたっており、彼女はもう細い息しか出来ていなかった


それでも、執念というべきか


我が子を、ライを化け物などに渡してなるものかと、鬼気迫る表情だった


彼女は子供の元へと手を伸ばす


ゴシャバギン!


無残にも、彼女は化け物に踏みつぶされた


彼女の夫、ライの父親はただそれを見ていることしか出来なかった


彼もただの農民


彼女をたったあれしきで殺してしまった化け物に自分が敵うはずがないと、彼は理性でも本能でも理解してしまった


彼にはちゃんと、自分の妻と息子を愛する人の心があったが、それでも彼には、彼女のように我が子の元へ駆け寄る勇気はなかった


恐怖ゆえにいつの間にか失禁していたことにも気づかず、彼は震える己を叱咤して、化け物に背を向けて町へと走り出す


後ろの我が子を食む化け物の咀嚼音を聞きながら…

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