第2話

 そして……今、私はフラフラと彷徨っている。


 ――死に場所を探すように。


 生きるって何だっけ。

 希望もなければ、夢もない。

 ただ敷かれたレールの上を歩いていただけのようで、そこに自分の意思もない。

 生きている実感も持てない。ただ虚ろな現実がそこにあるだけだ。


「~♪」


 ふと聞こえた音楽に足を止める。

 人の喧騒や信号の音など全ての雑音が曖昧な音として耳に届いていた私に……その音はハッキリと届いた。

 所々耳につんざく不協和音のおかげで、耳に残ったのかもしれないけれど……。


「~♪~~♪」


 ギターの音に合わせて、歌声も乗る。

 その歌詞は暗く、自虐的で。とても病んでいる内容だった。

 自暴自棄で全てがどうでも良い私は、とても共感できる歌詞に惹かれ音が聞こえる方角へと視線を向け、そちらに向かって歩を進めた。

 色んな思惑が立ち込める駅前。急ぎ帰る人や、今から遊びに行くだろう人達が足早に通り過ぎるそこに、小さめな身長をした女の子が弾き語りをしていた。

 堂々とした佇まいだけでなく、ホワイトブロンドに青いメッシュが入ったショートヘアは存在感を醸し出す。

 見た目的にも二十歳前後に思える程なのだけれど……異様に大人っぽさというか、貫禄があるようにも見える。それは楽しそうに自分の存在をアピールするように歌っているからだろうか。


「……」


 歌詞の続きが気になって、その子の前で歌に聞き入る。

 だけれど、これからという時にその歌は終わった。まるで最後は想像を掻き立てさせる物語のような終わり方だ。


 ――何ていうタイトルの曲なのだろう。


 問いたかったけれど、その子は楽しそうに楽譜のようなものをめくり、次に歌う曲を探しているようだ。

 邪魔をしてしまうのではないかと、私は一回言葉を飲み込んだけれど、どうしても気になる。だって私の心境にピッタリなのだから。

 覚悟を決めて、問いかけようと口を開いた時、その子はまたギターを奏で始めた。


「~♪~~♪~」


 その曲は知っていた。

 反社会的で、世間を批判する現代人の心を曝け出したかのような曲。逃げるでもなく、挑むような……リズムが良いのに歌詞は口調が悪い歌だ。

 思わず気持ちが乗せられてしまう。

 まだ遊んでいた頃は、よくカラオケの採点で遊んでいたっけ。

 音程だけではなく、表現力をどれだけ取れるかで競っていた。

 人形になる前の気持ち。

 あの時は喜怒哀楽がハッキリしていた頃を思い出して、うずきはじめた心を抑える事が出来ず、曲がサビに入れば私も思わず口ずさんでしまう。


「~♪♪~~~♪」


 どうでも良い。

 すべてクソくらえだ。

 そんな思いを乗せて歌詞を紡ぐ。

 目の前には、こんな大勢の前で歌い楽しむ事すらも堂々としている女の子。その子は凄くキラキラと眩しそうに光っていて、羨ましいと思う反面、尊敬に似た心が沸き上がる。

 人々が自分に興味を示さなくても。足早に通り過ぎていても。それでも自分の意思を貫くかのように……人の目なんてどうでも良いと言わんばかりに……その姿が眩しくて仕方がない。

 だからこそ、嫉妬心が沸き起こる。

 妬みから、私の声は次第に大きくなっていく。


「~♪……」


 サビが終わった瞬間、ピタリと音楽も止まった。

 それと同時に、私も正気へと引き戻される。

 曲……まだ途中なのに? という疑問符が頭の中を巡り顔をあげれば、その子とばっちり視線が絡み合った。


「あっ!」


 歌の邪魔をしてしまった!

 気が付けば、その子が弾くギターに合わせて自分が気持ちよく歌っていた現実を思い起こし、恥ずかしさと申し訳なさから逃げ出そうと踵を返せば、腕をがっしりと掴まれた。


「待って!」


 ……逃げられない。

 どうしよう。

 どうしようどうしようどうしよう。

 呼吸が荒くなり、息が苦しくなる。

 動悸も激しくなって、今すぐこの苦しみから逃れる為に自分を傷つけたいのに……痛みが欲しいのに、古傷を抉ろうにも片腕はその子に掴まれたままだ。


「……っ」


 罵詈雑言を浴びせられる事を覚悟し、目を瞑って息を止める。


「あなた、歌うまいのね!」

「……え?」


 想定したのとは違う言葉を投げかけられ、私は拍子抜けしてしまった。

 不安や恐怖がなかなか消えないのと同じで、私の呼吸はまだ荒く落ち着かないままだけれど。


「やだ! 怪我してるじゃない!」

「え」

「手当しなきゃ! うち近いからおいでよ」

「え、え……」


 感情の頂点に戸惑いが君臨し、私がただ茫然と立ち尽くしている間に、その子はギターを片付けて素早く帰り支度を終えて、私の手を引いた。


「こっちだよ~」


 成すがまま、為されるがまま。引かれた手に抗う事もなく、別の意味で早くなる鼓動と呼吸で正気を保つのが精いっぱいになる。


「私は久世 明里! あなたの名前は?」

「……片桐 智子……」


 おしゃれで可愛い子は名前まで可愛いのか。

 世の中の……神様の理不尽さに胸を締め付けられつつも、私は妙な羞恥心に襲われたまま名乗った。


「ちょっとそこに座ってて」


 明里さんが住むのは小さな古いアパートで、通された一室はワンルームだった。

 ロフトのようなベッドの下にはパソコン等の機器が所狭しと並べられていて、興味を引かれた。

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