アウトキャスト
光を失ったパールレッドの瞳が星空を映す。
少女の口が言葉を紡ぐことは二度とない。
「ヤガミさん!」
「動くな」
駆け寄ろうとするカミラを、冷酷な声が制止した。
「ボルツさん、どうして!」
混乱と怒りの入り混じった非難が返される。
それを受けても、丘の頂に立つ男は酷薄な笑みを浮かべるだけ。
「元より処分するつもりだった」
「なっ…!?」
このハビタットにおいて、死とは日常風景だ。
しかし、恩人を殺されて平静でいられるほど、カミラは染まっていない。
鋭く細められた碧眼が、裏切者を睨みつける。
「予定が早まっただけのことだ」
ボルツ──キリル・ガルマショフは無力な娘の威嚇など歯牙にもかけない。
「道標以外は処分しろ」
「了解」
命令を下す者と応じる者。
カミラたちを囲うように閃光が瞬き、虚空より人影が現れる。
光学迷彩──物体を不可視化するステルス技術の一種だ。
姿を現したガルマショフの私兵たちは、最新式の装備で身を固めている。
その戦力はロストフスカヤの比ではない。
「あれで元幹部っすか」
「田舎宙賊と同レベルだな」
それを前にしながら、便利屋の2人は緊張感のない会話を交えていた。
一斉に銃口が鎌首を擡げ、カミラの表情が強張る。
「ヘイスさん、レフコスさん、逃げてください!」
これ以上の犠牲を出すまいと声の限り叫ぶ。
しかし、すべては手遅れ──
「その必要はないっすね」
担いでいた長物を地に立てるヘイス。
狐耳が小刻みに動き、毛並みの豊かな尻尾を機嫌よく揺らす。
「ああ、心配ご無用だ」
その隣では、両手を上げて無抵抗を示すレフコス。
無意味と嘲笑う私兵たち。
一瞬の油断──全身サイボーグが動く。
折り曲げられた左肘から迫り出す砲口。
呆気に取られる私兵たちは、圧搾空気の発射音を聞く。
「なっ──」
刹那、頭上で紫電が弾け、丘を昼間同然に照らす。
「パルス弾頭だと!?」
「クソ! サイボーグから始末しろ!」
一時的に視界を失うも、ガルマショフの私兵たちは冷静だった。
電磁パルスでダウンした火器を復旧させ、紺色の全身サイボーグを探す。
「私を忘れてるっすよ?」
紫電を帯びた刀が闇を斬る。
星空を舞うは、悪党に与する無頼の首。
「な、なんだこいつは!?」
一太刀にて3人の首を刎ねた女を銃口が睨む。
身の丈ほどもある高周波刀を担ぐように構え、ヘイスは薄く笑った。
「撃てっ撃て!」
狐の耳は銃声を捉え、紅い瞳は銃弾を追う。
牡丹柄の黒い和装が踊り、漆黒の刀が全てを斬って捨てる。
「こいつ、シーリュウ人──」
「遅いっす」
強きを挫き、弱きを助ける信条で、あらゆる諍いに介入する戦闘種族。
それがシーリュウ人。
辺境惑星にいるはずのない剣客は、一切の躊躇なく悪を断つ。
「……おっかねぇ女だ」
夜空に舞う首を見遣り、レフコスは首を横に振る。
太い右腕を上げれば──周囲に吹き荒れる銃火。
銃弾がレフコスを貫くことはない。
すべては不可視の壁に阻まれ、火花となって散る。
「電磁フィールド!?」
「そんな最新装備、宇宙軍くらいしか──」
驚愕に顔を歪める私兵は、頭を吹き飛ばされる。
遅れて2人目の眉間をマグナム弾が貫き、華を咲かす。
「知らない方が幸せなこともあるぜ」
大口径ハンドガンの銃口から揺蕩う硝煙。
目撃者を消したレフコスは、地に伏せたカミラの下まで駆ける。
「無事かい、お嬢さん」
巨躯の全身サイボーグを見上げる瞳は、今にも泣き出しそうだった。
「ヤガミさんが…!」
「ノープロブレムさ」
そう言って小さきボスが転がっていた場所を指差すレフコス。
「え、うそ…!?」
そこには誰もいなかった。
「馬鹿な……何が起きている?」
処分予定だった便利屋によって自慢の私兵たちが薙ぎ倒されていく。
その信じ難い光景を前に、ガルマショフは思わず後退る──
「おっと動くなよ?」
背中に当たる単分子ナイフの柄頭。
硬い銃口より伝わる無機質な殺意に、元幹部は声を震わす。
「ば、馬鹿な…!」
トリガーに指をかけているのは、胸に風穴の開いた少女。
死神のように笑う元殺し屋であった。
「ヤガミさん!」
ガルマショフの背中から手を振り、カミラの呼び声に応える。
「なぜ生きているっ」
「ゾンビを殺すなら頭を狙わないとな」
そう言ってヤガミは自身の額を小突いた。
胸に穿たれた穴からは、生体組織の焦げる臭いが漂う。
「まさか、ネクロノイド──」
「こっちも訳ありでね」
柄頭を強く押し当て、ガルマショフの口を噤ませる。
少女の姿をした元殺し屋の声には、有無を言わせぬ圧があった。
「ボス、終わったっすよ〜」
「よくやった、ヘイス」
レフコスの隣に並んだヘイスが、ゆるゆると手を振る。
無頼は残らず刀の錆となり、星空の下に亡骸を晒していた。
「さて、ガルマショフ」
耳障りなサイレンの音がハイウェイから宇宙港へ向かってくる。
「共同体宇宙軍が待ってるぜ」
一連の騒動を受け、出動してきた治安当局だ。
私兵を失ったガルマショフに逃げ場はない。
「お、お前たちは何者なんだ…!」
己の浅慮と不運を呪う依頼主は、計画を狂わせたイレギュラーへ問う。
「便利屋
たった3人、されど凄腕の3人は同時に名乗る。
自らを除外された者である、と。
「ご利用ありがとうございました…ってな」
そして、目を瞬かせる娘に黒髪少女は可愛らしいウインクを飛ばす。
斯くして護送の依頼は果たされた。
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