クライアント
星の海原を進む巨大な船が連なり、見る者を圧倒する。
『ハビタット877』の宇宙港は小規模に分類されるが、それでも100を超える宇宙船が駐機している。
それを一望できる丘の上で、依頼主は待っていた。
「ボルツさん…!」
その姿を一目見た娘は顔を綻ばせ、依頼主の名を呼ぶ。
「大きくなったね、カミラ」
宇宙港からの光を受け、浮かび上がるシルエットは細身。
柔和な笑みで隠しているが、どこか神経質な空気を醸す男だった。
治安最悪の辺境惑星へ単身で乗り込むような人物には見えない。
「迎えが遅くなった上、荒事に巻き込んでしまったようで……すまない」
「ヤガミさんたちのおかげで、この通り無事です」
便利屋の面々を見遣る娘──カミラは両手を広げ、無事を伝える。
「それで……父は?」
一呼吸の後、改めて話を切り出す。
真剣な色を宿した蒼い瞳には、ボルツ以外の誰かが映っているように思われた。
「お父さんについては船で話そうか……さぁ、おいで」
その問いを保留し、ボルツは手を差し出して微笑む。
両者の関係を部外者が知る由もない。
だから、カミラの足を止める者は──
「ボルツさん、一つ質問しても?」
カミラとボルツの間に割って入る華奢な影。
少女の姿をした便利屋のボスは、営業スマイルを浮かべていた。
「はぁ……やっぱりっす」
「やると思ったぜ」
長物を両肩で担ぐヘイスは首を振り、レフコスは小さく肩を竦める。
「どうしたんですか、ヤガミさん…?」
「……もう依頼は完了しているはずだがね」
一方からは困惑を、一方からは静かな敵意を。
それぞれの視線を受けてヤガミは鼻を鳴らす。
「なら、今から言うのは独り言だ、エメリヒ・ボルツ」
フルネームを告げられたボルツの顔に影が差す。
星空の下、丘に静寂が満ちる。
「ノイマイスターの名を銀河で知らぬ者はいない」
ヤガミが語り出したのは、とある大宙賊の話。
この辺鄙なハビタットとは無縁の話だ。
「共同体宇宙軍と渡り合い、巨万の富を築いた生ける伝説」
しかし、それを聞いた依頼主たちは、微かに緊張の色を見せる。
「そんなノイマイスターは4人の幹部を従えていた」
その反応を見遣り、パールレッドの瞳を閉じる少女。
「最も有名な幹部は、ノイマイスターを裏切ったキリル・ガルマショフ」
記憶の海から情報を引き上げ、星空の下に刻み込む。
とある裏切者の名を。
「俺ですら粛清の依頼を見たことがあるほどだ」
そこまで言い切り、元殺し屋は丘の頂を睨む。
「……殺し屋か」
「ご名答」
嫌悪に満ちた問いを、ヤガミは飄々と肯定してみせた。
頂に佇む男の顔が微かに引き攣る。
「ガルマショフが使っていた偽名は16」
元殺し屋の目が対象を捕捉する。
「その1つがエメリヒ・ボルツだ」
「そんな……」
カミラの口から零れ落ちる声。
部外者の言葉であっても、感情を揺さぶるには十二分だった。
そんなはずはない──不安に揺れる蒼い瞳が丘の頂を映す。
しかし、そこに見知った男の姿はなかった。
「さて、こんな辺鄙なハビタットまで遠路遥々やってきたボルツさん」
絶対零度の眼差しで見下ろすボルツに、ヤガミは変わらぬ調子で問いかける。
「ノイマイスターの娘に何か用か?」
場に満ちる沈黙を連れ去るように夜風が吹く。
下らぬ妄言だ──そう切り捨てることもできた。
しかし、ボルツと名乗っていた細身の男は否定しなかった。
苛立たしげに溜息を吐き──
「お喋りが過ぎたな、便利屋」
不意に片手を上げた。
刹那、重々しい銃声が丘に鳴り響く。
「え…?」
少女の体が、糸の切れた人形のように地へと倒れる。
「ヤガミ、さん…?」
その薄い胸には、黒い風穴が穿たれていた。
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