バックアレイ

 区画整理のされていない猥雑な街には、悪事を働くのに最適な闇が至る所にある。

 廃品が散らばり、すえた臭いの漂う路地裏など良い例だ。


「いやっ! 離して!」


 夜の訪れが早い路地裏に響く鋭い声。

 メインストリートから射す光によって揉み合う人影が壁面に伸びる。


「誰が離すかよ!」

「ったく手こずらせてくれるじゃねぇか」


 品のない声を上げ、下卑た笑みを浮かべる3人の男。

 粗雑な装備を身につけ、体の随所をサイボーグ化している。

 男たちは暴力を生業とするアウトローろくでなしだ。


「このっ」


 その拘束から逃れんと暴れるのは、パーカーのフードを目深に被る娘。


「暴れても無駄だっての」

「やめっ…いや!」


 乱暴にフードを取られ、黄金色の髪が外気に晒される。

 怒りと恐怖で歪もうと美しい顔立ちに、アウトローの1人が口笛を吹く。


「おい、傷物にするなよぉ?」


 パーカーの下、スカートから覗く柔肌はサイボーグ化されていない。

 その商品価値をアウトローたちは、よく理解していた。

 をしても高く売れるだろう──


「こんなところにいたのかよ」


 第三者の声が路地裏に満ちる。

 それは暴力の世界に似合わぬ少女のもの。


「……なんだぁ、てめぇら」


 お預けを食らった3人組は、無粋な乱入者を睨みつけた。

 刷り込みのように腰のホルスターを見せつけて威嚇する。

 それと相対するのは、メインストリートの光を背に浴びる二つの人影。


「金髪に碧眼、推定年齢は17歳……」


 商品を頼むような気軽さで手元の端末を弾くのは、年端もいかぬ少女。

 男性用のジャケットを羽織り、武骨なタクティカルブーツを履いた姿は、ひどくアンバランスだ。


「当たりだな」


 囚われたを見遣り、少女は口端を吊り上げる。

 細められたパールレッドの瞳に年相応の輝きはない。


「こんな裏道を使うとは、豪儀なお嬢さんだ」


 その隣に立つ偉丈夫が、やれやれと首を振る。


 光を吸い込む紺色の装甲、盛り上がった人工筋肉──戦闘特化の全身サイボーグだ。


 バイザーのスリットから覗く緑の眼光が、アウトローたちを見据える。

 その重苦しい威圧感に、囚われの娘だけが息を呑む。


「このガキは俺たちが先に目ぇつけたんだ……失せな」

「ぶっ殺されたくなけりゃな…!」


 荒事が日常茶飯事なアウトローたちは一切怯まない。

 薄汚れた路地裏の空気が、緊張の色を帯びる。


「だそうだが……どうする、ボス」


 あくまで自然体の全身サイボーグは問う。


「決まってんだろ?」


 小さきボスは端末を胸元に差し込み、流れるようにジャケットの内へ手を入れる。

 華奢な体躯に不釣り合いな男性用は、得物を隠すのに最適。


「……だろうと思ったぜ」


 わざとらしく天を仰ぐ全身サイボーグを、アウトローたちは目で追ってしまった。


 それは致命的な隙──代償は乾いた銃声。


 娘を捕らえていた男の後頭部が弾け、背後の壁を下品なピンクに染める。


「なっ!?」

「こ、こいつ!」


 突然の凶行に反応が遅れるアウトロー。

 慌ててホルスターから得物を抜くが、銃口の先に少女の影はない。

 メインストリートから射す光が眼に突き刺さる。


「どこにいきやがぁ」


 路地裏に反響する銃声。

 顎下から頭を吹き飛ばされた2人目が、機械油の浮く水溜まりへ倒れ伏す。


「きゃっ!?」


 事態を飲み込んだ娘が頭を下げ、その眼前を足音が駆け抜ける。


「くそっ」


 窮地に陥った3人目は、サイボーグ化された眼で熱源を追う。


 その反応は至近──零距離。


 トリガーを絞るより速く、ナイフの刃が闇を切り裂く。


「あ、ありえねぇ…!」


 己の右脇腹を貫く刃を見下ろし、醜い顔を歪める。

 サイボーグ化された体は指一本動かせない。

 制御系を掌る第二の脳へ刃を捻じ込まれ、自慢の体は文鎮と化した。


「大丈夫か、お嬢ちゃん?」


 逆手に握った単分子ナイフを引き抜く少女は、あくまで平静。

 闇のように黒い髪が揺れ、パールレッドの瞳が依頼対象を映す。


「な、なんとか……」


 蒼い瞳を瞬かせ、娘は大人しく頷いた。

 転がる死体2つとソードオフ・ショットガンを視界から締め出して。


「そりゃ結構──」

「このクソアマ……てめぇ、殺し屋か!」


 口だけは健在なアウトローの怒声に、少女は華奢な肩を竦めた。

 そして、浅慮な頭へ単分子ナイフの柄頭を押し当てる。


「一つ良いことを教えてやろう」


 トリガーに指をかけ、殺し屋は笑う。

 男をたぶらかす小悪魔のように。


「俺は男だ」


 呆気に取られるアウトローの意識は、銃声と共に消失した。

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