第12話 三度目の――略して『ハゲゴリラ』で合ってるじゃん
「よし、着いたぞ――って、どうした二人ともっ!?」
目的地に着いて晴れやかに振り返ったシンディさんは、正反対にゲッソリしている僕たちにギョッとした。
「「な、何とか……」」
「そ、そうか……?」
ヒマちゃんは苦手の絶叫マシーン? 後で精神的ダメージを受け、僕は防音魔法の維持と並行して時折出没する茶々による精神的疲労とストレスでぐったりしている。
精神的疲労は前者、ストレスは後者なのは言う間でもない……。
それはそれとして――
「これからこの鬱蒼とした森に足を踏み入れると思うと正直うんざりするな」
入口から既にてっぺんの見えない木々が密集した広大な森林地帯。
九日で達成出来るのか?……
そう心配していたけれど、
「陽が昇るまで二人とも休めばいい」
「いや、時間が……」
「少し休むくらいなら問題はない」
目を細めてシンディさんは優しく言う。
彼女も冒険者の資格が懸かっているというのにいいのだろうか。
「マサくん」
「ヒマちゃん?」
悩んでいるところに裾を引いてヒマちゃんが囁いてきた。
「此処には何度も来ているそうですしお言葉に甘えてもいいと思います。それに、少しでも回復しておかないと後が大変かもしれませんし」
「それもそうか……」
考えるまでもなく異世界から来た僕たちよりもシンディさんの方が土地勘がある。
この森のダンジョンまでの最短ルートだって知っているだろうし……ここは素直に休ませてもらうことにした。
※
「最短ルートを知っているだろうと思っていたけどこれは……」
目の前の光景に呆然としていた。
「どうした?」
どうしたもこうしたも――
「最短ルートどころか入ってすぐの場所にあったんですね!?」
そう、空が白みだした頃にいざ出発と足を踏み入れ妙に密集した木々の間を抜けて数分。いや、一分もかからず拓けた大地のど真ん中に砂場で山を作って穴を掘ってそれを巨大化した感じのシンプルだけど怪しい先端が丸まった三角錐の建物てか、トンネル? があった。
「すまん。説明していなかったが、異様なほど密集している樹はこのダンジョンを隠す壁のようなものだが、森自体は隣国にまで続くほど広い」
「そ、そう……」
ま、まあ、近過ぎて攻略に専念できてラッキーと思おう。
「っ! マサくんっ!」
「え? ぅげぇっ!?」
あまりにあっけなくダンジョンが見えて呆然とし過ぎて気付かなかった僕の耳にヒマちゃんの驚愕の声が聴こえ、彼女の視線を辿ったその先、ダンジョンの前に佇む見知った人影が視界に入りせっかく回復したテンションが駄々下がりになった。
「いよう。待ってたぜぇ、色男」
「…………はぁ、なんでいるんだよハ――「マモンっ! 何故貴様がここにいるっっ!!」」
僕の言葉は鋭いシンディさんのセリフに搔き消された――って、マモンて誰?
ある意味お馴染みのハゲゴリラじゃないの?
…………?
「おかしい……」
「何がおかしいのですか?」
「あ、いやなんでもないよ」
危なかった。いつもなら勝手に割り込んでくるアレが来なかったからつい口に――
ピコリ~ン♪
時間差かいっ!?
~ 確 認 ~
は? 確認??
ハゲゴリラのプロフィールって、いる?
…………………………………………いらないね。
ピコリ~ン♪
~ 追 伸 ~
でしょ?
「おいこらっ! 聞いてんのかテメェっ!!」
「あー、聞いてなかった。それで何? ハゲゴリラ」
「だから誰がハゲゴリラだぁっ、ごぉぅる"ぅら"ぁっ! いい加減にしろよテンメェっ!!」
おー、見事な巻き舌。青筋立ててリアクションに磨きがかかってらっしゃる。
うん。いいリアクションも見れたことだし時間も惜しいから本題に入ってもらおう……正直邪魔だし。
「それで、えーと……何の用でしょうかラモンさん?」
「マモンだっ! マモン・ハーゲン・ゴーリアラウンド様だっ!!」
「略して『ハゲゴリラ』で合ってるじゃん」
「黙れっ! ――ちっ。このダンジョンに入りたければ通行料を払いな」
通行料? そんなものが必要なのか、とシンディさんの方を見れば彼女は首を横に振ってきた。
「いらないそうだけど?」
「はッ。ここではダンジョン管理人である俺様がルールなんだよっ!」
そんな役職があるのか?
なんて訊く間でもなくシンディさんが口を挟む。
「確か昨日までは違う人が管理をしていたはずだが、何故マモン、貴様が?」
「ああ、前のヤツなら俺様が頼んだら快く譲ってくれたぜ?」
ニヤリと嗤うハゲゴリラ、絶対脅したな……。
しばらくシンディさんが不満の抗議を上げていたけれど、いい加減めんどくさい。
「それで、通行料ってのが払えなかったら?」
僕の質問にハゲゴリラは待っていたとばかりに
「そこの女を置いていきな。だったら通してやらぁっ!」
本当に解かり切った要求を突き付けてきた。
さすが
だけど――
「残念だけど僕にはこの大天使様もとい、ヒマちゃんの神聖なる貞操、絶対領域をアンタみたいな有象無象から護り切るという命より重い使命があるからねっ!」
「「「…………は??」」」
譲れない使命を宣告する僕に対し何故か気の抜けた声が重なった。解せぬ……。
「ぷっ、くくっ、く……………くははははっ!」
と、真っ先に復活したハゲゴリラが爆笑しながら僕を見据える。
「なんだぁ?
「その通り!」
「そりゃ、おもしれぇ冗談だなぁ」
「冗談で
「あ"?」
本当に理解できないらしい。
そもそも【リベル亭】で会った時からヒマちゃんを執拗に狙ってくるこのゴリラに辟易していたところだし、そろそろ決着をつけないとヒマちゃんの精神的によくない。
それに――
「アンタには汚いモノを見せられて逆に慰謝料を払ってもらいたいところだよ?」
「な"っ!? そりゃテメェの自業自得だろうがっ!」
「は? さっさと仕舞わなかったアンタに責任あると思うけど?」
何事も過程より結果だ。
正義は我にあ……――
「それはどうかと思うぞ。マサノリ」
「あ、あのマサくん。ごめんなさい、わたしもそう思います……」
呆れた様子のシンディさんと真っ赤な顔で俯くヒマちゃん。
どうやら非は僕にあったらしい。大変不本意だけど仕方ない……。
「ヒマちゃんが許した以上見逃してやる。さっさと失せろハゲゴリラ」
「こんのっ!……ま、まあいい。テメェが魔法師であるならこっちにも切り札があるんだよ」
一度落ち着いて、不敵な笑みを浮かべたハゲゴリラが懐から手の平サイズの水晶を取り出し掲げた。
「なっ! それは!!」
「あの水晶がどうかしたの?」
「あれは、魔法を無効化する《対魔石》。小さいとはいえマサノリの魔法攻撃を凌ぐことは容易いっ!」
へぇ、それはそれは。
焦燥感を浮かべるシンディさんの説明に何となくやっぱりかとしか感想が出てこないが、気を良くしたハゲゴリラは勝ち誇って口を開く。
「そういうことだ。解ったならその女を置いてテメェがさっさと失せるんだなっ!」
後ろで怯えるヒマちゃんの気配を感じながら、僕はこの勘違いハゲゴリラに
「は? なんだその悪あがき……ぐはぁっ!?」
強靭な肉体を誇るはずのハゲゴリラが吐血し頽れる。
「て、テメェ……何しやがった……?」
僕は手放され転がった対魔石を拾い上げて言い放つ。
「僕がやったのは【鎧通し】だよ。詳しくはないけど氣を練って相手の内臓を破壊する技だよ……多分! 要は魔法じゃなく純粋な拳だから
「そ、そんな馬鹿な……こと、がぁっ、テメッ――!?」
息絶え絶えのハゲゴリラを土魔法で生首状態にして見下ろす。
「補足をするなら自分の拳に魔力を集めたくらいかな。対魔石が予想通りの機能性で助かったよ」
「ま、まさかハナっから知って……」
「それこそまさか。初めて知ったし、ある意味ファンタジー小説ではテンプレ? だしな」
「ファンタ……?」
「アンタの知ることじゃないよ。また邪魔されちゃ敵わないからしばらくそうしていてね。じゃ二人とも行こうか?」
僕はハゲゴリラに吐き捨て何故かドン引きしている二人を引き連れてようやくダンジョンに足を踏み入れるのだった。
後ろの方で何やら騒いでいた気がしたけれど、そんな事は知ったこっちゃない。
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