第7話 邂逅

 過去最大の黒歴史というべき出来事が終わり、未だ傷心中の僕が皿洗いに没頭していると、


「マサノリ、ちょっといいかい?」

「……はい?」


 どこか落ち着きのないハンナ姐さんに呼ばれ首を傾げる。


「どうしたんですか?」

「い、いやぁ~。ちょっとからね。悪いんだけど頼めるかい?」

「今は休憩中、ですよね?」

「ま、まぁ、そうなんだけどねぇ……」


 確か昼の営業が終わった後は休憩と仕込みを挟んで夜は六時からの再開だと聞いていた。

 それなのにお客さんが来てオーダー?

 加えてどこか歯切れが悪くてソワソワしているハンナ姐さんの態度……そこから考えられるお客さんはハンナ姐さんのといったところだろうか。

 まあ、お世話になっている身である僕に断る理由はないんだけど。


「いいですよ。何を作ればいいですか?」

「そうかいっ! 今ヒマリが食べている《パンケーキ》? ってやつなんだけど。それを見て『食べたい』って言ってきてさぁ。ダメもとで頼んでみてよかったよ。もきっと喜んでくれる!」


 頼みにくる前とうって変わってスキップをする勢いで「それじゃあ、頼んだよ!」とウキウキしながら戻っていった。

 ハンナ姐さんにも意外と子供っぽいところがあるんだ、と考えつつパンケーキの準備中にふと何かが引っ掛かった。


「うん? ? それから姐さんの……あ」


 該当する人なんて一人しかいないよ……。


 例の公衆の面前でクソ彼に無理やり脱がされ服を売られそうになったところをハンナ姐さんに助けられ、暫くは姐さんの食堂を手伝っていたけど常連のイケメンと駆け落ちしたというあの……。


「ま、僕が関わることはないか」


 このパンケーキをそのお客さんに出したら、仕込みを始めるには丁度いい時間になるだろう。


    ※


「それにしても、マサノリのいた世界には色々な調味料があるんだな。こっちは砂糖、塩、胡椒だけだからお客さんに飽きさせない工夫が大変なんだよなぁ」


 芋の皮を剥きつつディレイドさんは調理台に視線を向けた。

 そこには醤油、酢、味噌などの調味料が乗っている。それらは僕が魔法で顕現させたものだ。


 出来上がったパンケーキをハンナ姐さんに渡してから入れ代わるようにディレイドさんが戻ってきたので、男二人で談笑しながら夜の営業に備えて仕込みをしていた。


「無意識でも出汁を扱っていたディレイドさんならすぐに使いこなせますよ」

「そうかい?だったら嬉しいんだけど」

「大丈夫ですよ」


 とまぁ、ほのぼの話していると――


「マサノリ。悪いんだけどちょいとこっちに来てくれるかい?」

「へ? え、ちょっ……」


 再びハンナ姐さんがキッチンに現れ「悪いんだけど」と言いながら、返事を待たずに僕の腕を引いて歩き出す。

 ――って、こっちは包丁を持っていたからすぐにまな板に置き、困惑しながらディレイドさんの方を見るとハンカチをヒラヒラと振っていて、


「いや、まだお別れじゃないですよ!?」

「いてら~」


 いてら~って……この人もマイペースだなぁ。


 有無を言わさぬハンナ姐さんに連れられたホールのテーブル席では、パンケーキを食べている女の人とその隣で小さな子供を抱きかかえているヒマちゃんが和やかに話していた。


「連れてきたよ」


 ハンナ姐さんの声に二人が気付き、パンケーキを食べていた女性がフォークを置いて席を立ちこっちへ来た。


「えっと、君がマサくん?」

「あ、はい。羽柴将憲です」


 唐突に尋ねられ慌てて挨拶すると彼女は「ふふっ」とにこやかに微笑んだ。


 僕より背が高く艶やかな黒いセミロングヘアに左目の下に二つ並ぶ泣き黒子が特徴的で、線が細いのに出るとこは出ている綺麗で大人っぽい女性。


「私は詩織しおり・ブレグラス。ハンナさんから聞いてると思うけれど、君たちと同じこっちへ飛ばされた先輩? かな。あ、パンケーキおいしかったよ。ありがとう」

「い、いえ……いひゃい」

「デレデレと鼻の下を伸ばさないで下さい」


 笑顔でお礼を言ってくれた詩織さんに一瞬見惚れていたら、いつの間にか隣に来ていたヒマちゃんに頬を引っ張られた。

 そうだ、僕はヒマちゃん命! 危うく惑わされるところだった……って、彼女もそんな気はないだろうから僕が愚かなだけなんだよなぁ。で、何が楽しいのかヒマちゃんが抱っこしている子が頬を引っ張られる僕を見てぺちぺちと手を叩いている。


「君たちは本当に仲がいいんだね。この子はレオン。私がこっちで産んだ可愛い息子」

「ああ、駆け落ちしたお相手とのぉっ!?」

「デリカシーがなさすぎます」


 息子を紹介してくれた詩織さんに思わず余計な事を言ってしまい、また頬を引っ張られてレオンくんに笑われる。


「人聞きが悪いなぁ、その通りなんだけど。それにしても、ハンナさんのとこはまた賑やかになりますね」

「あっはっは! そうさね、今朝早速が見られたからねぇ!」

「は、ハンナさぁんっ!」


 苦笑交じりに答えた詩織さんがハンナ姐さんに話を振ると、姐さんはニマニマとヒマちゃんを見ながら意味深な事を言い。そのヒマちゃんは真っ赤な顔をして抗議しているけれど……ずっと気になっていたんだよなぁ。


「へえ、何があったんですか?」

「し、詩織さんまで……」

「まあまあ、ここにはマサノリがいるから後日ってことで手を打っておくれよ」


 ハンナ姐さんがそう締め括ると詩織さんは「仕方ないなぁ」ってレオンくんを抱き上げ、ヒマちゃんは両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。


 え? 僕はダメなの? 

「え? 僕はダメなの?」


「「当たり前〈です!〉〈じゃないか〉」」


 思ったことがそのまま口をついて出てしまったものの、ヒマちゃんとハンナ姐さんから同時に突っ込まれた。

 僕はダメですか、そうですか……。



 立ち話も何なので一旦テーブルに着こうってことで僕の隣にヒマちゃんが座り、対面にはハンナ姐さんとレオンくんを抱えた詩織さんという配置だ。


「こんなことを訊くのは失礼なのは承知の上なんですけど、どいう経緯であのクソお、彼がしお……あなたのと言い出したんですか?」

「まぁ、当時は彼だったとはいえ『クソ男』なのは間違いないし、別に『しおりさん』って呼んでくれても構わないんだけどね。どういう……確かあの時は、王様から頂いたお金だけで本当に一ヶ月過ごせるか不安だったから相談していたとこだったんだけど、急にクs……あの人が目を見開いたと思ったらイヤらしい笑顔を浮かべて私の腕を掴んでを指さして『お前の服や下着一式総て売っぱらう』って強引に――」


「「あ」」


 僕とヒマちゃんは同時に声を上げた。

 丁度お金について相談をしていた時に選択肢アレが出てきた(ヒマちゃんには見えてないけど)し、その項目(当然ヒマちゃんは知らない)とクソ男が売ろうとした物が一致していたから。


 たまたまに?


 ちょっと待った。それだと僕たちは――


「あのハンナ姐さん?」

「姐さんじゃないんだけどね。それで何だい?」


 あの時僕はキレてて周りが見えていなかったけど仮説が正しければ―― 


「ハンナ姐さんが僕たちを見つけてくれた時、僕たちはか?」

「マサノリたちを見つけた場所? 確かの前だったね」


 ああ、やっぱり……。

 となるとあの選択肢が出てくるには何か法則が――



 ピロリロリ~ン♪


  Q・彼女とかつての先輩が訝しげに見ている。どう切り抜ける?


 え? 彼女ってヒマちゃんで、かつての先ぱ――あ……。


 ちらりと見てみればヒマちゃんも詩織さんも僕の方を窺うように見ていて……。


「え、えっと……ヒマちゃんも詩織さんもどうしたの? 僕の顔に何か付いてる?」


「なんと言えばいいのでしょう。こっちに来てからマサくん、時々百面相? したと思ったら急に何かに対してツッコんだりキレたりしていましたから……」

「ええ。あの人もそんな感じだったなぁって、思い出したところ」


 二人してそんな事を言ってくるくらいには選択肢コレに気を取られ過ぎていたってことで、僕としてはヒマちゃんには選択肢の存在を知らせるつもりはない訳で……。


「あっはっは。アタシはただ見ていて面白いってだけだけどねぇ!」


 いや、面白いだけって、それより本当にどうすればいいんだ!?



    ~  選 択 肢  ~


1・いずれバレるだろうから素直に白状する。


2・いっそのこと開き直ってバラす。


3・取り敢えずゲロっちゃう? 楽になるよ。


 ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!

 だ・か・ら、選択肢おまえの存在をヒマちゃんに知られたくないんだよっ!?


 法則もクソもない! 僕をおちょくりたいだけなんだろっ!?


 そ、そんな事よりも……眠っているレオンくんはともかく、僕を疑わしげに見てくる四人の視線がいた――え? 


 テーブルを囲むヒマちゃんと詩織さんに、ハンナ姐さん。それから壁の向こう側で捨てられた子犬のように瞳を潤わせるディレイドさん。


 …………ディレイドさんっ!?


 ふと時計を見れば営業時間まで一時間を切っていた。


「あ、もうすぐ営業時間だし、ディレイドさんに悪いから僕はこの辺でっ!」


 ディレイドさんに感謝しつつ早口で捲くし立て僕はそそくさと退散した。



 そのあとは特に問題も起きず一日を終えた僕だったけれど、ハゲゴリラ襲来と詩織さんとの邂逅のお蔭で気疲れを起こし屍のように眠った……。



 願わくば、一日も早くヒマちゃんとイチャイチャしたいっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る