第6話 ハリハゲ! ハリハゲ! ハリハゲ! ハリハゲ! Oh,Year!!
ハンナ姐さんから指示を受けてキッチンで野菜の下拵えをしていた時、耳をつんざくようなヒマちゃんの悲鳴が聞こえてきた。
「ひ、ヒマちゃんっ!?」
あの悲鳴は間違いなく絶望に直面した時の悲鳴っ!!
居ても立ってもいられず二階のヒマちゃんの部屋へ特攻し、
「ひ、ヒマちゃっ――っぐぅはぁっ!」
ドアを開け放ってヒマちゃんの安否を確認しようとした刹那、前方から飛んできた何かが顔面へと直撃して――僕は気を失った……。
※
「マサくん、四番テーブルさん。日替わり定食二つとラーメン一つです」
「七番テーブル。日替わり一つにヤキメシ一つだよ」
「了解」
お昼時となりハンナ姐さんの食堂【リベル亭】は賑わっていた。
ルーヴェイラ随一の食堂と謳われる【リベル亭】でも席が埋まっていれば大抵は他所へ行ってしまうらしく、行列ができるのは前代未聞なんだとハンナ姐さんがこっそり教えてくれた。
「いや~、しかし、マサノリは腕がいいだけでなくこんな未知の調味料を隠し持っているとは」
「ははは。これらは僕たちの世界では普通に売られていますから」
「へぇ、確か着の身着のままでこっちに来たとハンナから聞いたけどなぁ?」
「あ、あはは……」
調理中に同じキッチン担当のディレイドさんから話を振られた際、答えにくいところを突かれて苦笑いを返した。
彼はハンナ姐さんの幼馴染にして《右腕》の存在で、なんとこの世界で唯一出汁を取って料理を作っていた料理人。
本人は「適当に骨や野菜くずを煮込んだら美味くなっただけだから」と謙遜していたが、異世界物の小説ではテンプレの出汁を取らないを覆す人がいることに感動すると同時に、調味料がなさすぎる(これもテンプレ?)現実にもったいないと思わざるを得ない。
あと、気さくで僕と波長が合って話しやすい。
「ま、そんな細かい事はいいじゃないですか。次の注文が来ますよ」
「な~んかごまかされた気もするが、そうだな!」
あ、そうだ。
「そういえばディレイドさん」
「うん、なんだい?」
「今朝ニヤニヤ顔のハンナ姐さんと真っ赤になったヒマちゃんがキッチンに顔を出してきましたよね。僕が気を失っていたあとに」
「そうだね」
「あれは、何があったんでしょう?」
「あ~、あれは……」
何か知っているような
「あ、あ~……れ、レディーにはいろいろと秘密があるんだよ! 無理やり訊き出そうとしたら嫌われるかもよ?」
取り繕ったような言い訳だったけれど、正論の上にヒマちゃんから嫌われたくないので引き下がるしかなかった。
それから暫し手を動かしつつ軽口を叩き合っていると、
ガシャシャシャ――――ンッ!
「あぁんッ! ババァは引っ込んでろっ!」
「引っ込む訳にはいかないねっ! それにこの娘には大好きな彼氏がいるんだよっ!!」
「はッ! んなこたぁ俺様には関係ねえなぁっ! いいからこっち来いってっ!!」
「い、嫌ぁっ! 放してくださいっ!!」
賑わう店内に食器の割れる音が響き渡り、男の怒鳴り声と対抗するハンナ姐さんの声。そして、ヒマちゃんの悲鳴が――聞こえるや否や僕はキッチンを飛び出した。
人だかりの中心には嫌がるヒマちゃんの腕を引っ張るゴロツキっぽい厳つい男。
ハンナ姐さんが懸命に引き剝がそうとするもビクともしないようだ。
「だからババァは引っ込んでろっつってんだよっ!!」
「あぁっ!?」
「ハンナさ……ひぅっ――っ!?」
業を煮やしてハンナ姐さんを蹴り倒し、気絶した姐さんに気を取られたヒマちゃんを引き寄せるゴロツキの懐にその小柄で華奢な体が収まる――
ボボォオオオオオオオゥッ!
「う、うわぁああああああああああああっ!?」
「きゃあっ!」
その前に何故かゴロツキの髪の毛が燃え出し、その隙にヒマちゃんの手を引いて離脱。
「大丈夫? ヒマちゃん」
「ま、マサくん……怖かったです」
「大丈夫だから」
「はい♡」
うん。
僕の体にしがみ付いて甘えるヒマちゃんの頭を撫でる。癒される~~。
「うわぁっちっちちちちちっち! あっちちちちちちちちちちちっちぃ~~っ!!」
「うるさいっ!」
ドッパアァ――――ンッ!
「うぇっぷぅっ!」
あっという間に全身
ルーヴェイラ随一の食堂【リベル亭】にて発生した人体火災はボヤ程度で済み、大した被害もなく一件落着。めでたしめで――
「おい、こらぁっ! 舐めとんかっ!! あ"ぁんっ!?」
ですよねえ~。うん、まぁ、判ってたけど――
「生憎ヒマちゃんはお前みたいなハゲが触れていい天使様じゃないんだよっ! この腐れハゲっ!! 天使様が穢れる前にとっとと失せろっ! クソハゲがっ!! ハリー、ハリー、ハリー、ハリーっ! ハゲゴリラっ!!」
「んなっ!?」
笑顔でヒマちゃんに手を出された怒りの挑発をかますと、男は面白い程に目を見開いて青筋を立てた。
せっかくだからもう一押し。
「聞こえてるよね? ほら、ハリハゲ! ハリハゲ! ハリハゲ! ハリハゲ! ハリハゲ! ハリーアップ! 黒こげクソハゲゴリラっ!!」
「てっ、テンメェーっ! 俺様のイカした髪を焼き払ったのはテメェだろーがっ! ブッ殺すっ!!」
殺気に満ち逆上した男の拳が……かたつむりかって程ゆ~っくりせまってくる。
イカした髪? 確かに立派な
冗談はともかく、昨夜のうちにこの世界の魔法の仕組みに気付けて良かった。
ヒマちゃんを如何にして守り抜くか(ここ最重要!!)を考えて魔術師の存在を思い出し、ダメ元で試したら結果的に成功した。
まぁ、最初は自分でも言ってて恥ずかしい呪文を唱えたりして……試行錯誤で解ったことはより明確にイメージできればより強く顕現する事だ。
どうして出来たのかは……自分でも解らないから知ったこっちゃない。
ま、そんなことより眼前のハゲゴリラを駆除しますか――
ピロリロリ~ン♪
これからって時に何っ!?
Q・黒こげクソハゲゴリラを駆除せよ!
ノリがいいなぁ……。
~ 選 択 肢 ~
1・魔法で爽快一撃必殺! YES!!
2・急所を狙うべし! Oh……GREAT!
3・いや~ン剥ぎ倒しちゃう? Oh,Year♡
そりゃあ1一択だ……2も捨てがたい――つーか、剥いでどうするっ!? 厳つい
いや、でも案外これは――面白いかも?
ヒマちゃんを守る為に
迫る拳との距離がやっと1mを切ったところでスローモーションを解除(店内にいる全員にも掛けていたので喧騒が戻ってくる)し――
「んぐぉっ!?」
床下を突き抜け出現した巨大な石造の拳がハゲゴリラの股間にクリティカルヒットっ!
そのまま後ろに吹き飛ばされドアをぶち壊し、破裂した服の残骸を撒き散らしながら石畳の街路に叩き付けられたハゲゴリラは白眼を剥いて絶め――気絶したっ!!
う、うげぇ~……………。
「え? な、なにが起きてるのですか? 悲鳴や叫び声がするのですが……」
「あ~、ひ、ヒマちゃんは絶対に見ちゃいけません」
大の字で白眼を剥いて気絶した厳つい毛むくじゃらな全裸のハゲ男……自分でやっといてなんだが、
行動自体に後悔はないけど……。
ピコリ~ン♪
~ 注 意 ~
注意?
本当に剥いじゃうなんてマサくんったら鬼畜ぅ~っ♡ 人でなしぃ~っ♡ あ、もしかしてそっちのケが??
断じてねえよっ!!
だいたいお前が提示してきた選択肢だろーがっ!
ピコリ~ン♪
~ 追 伸 ~
てへっ。まあでも、あくまで選択したのはあなたですから、自己責任ですよぉ♡
そう返されると反論できず、ちらりと絶め、もとい気絶したハゲゴリラを観察する。
地球儀かってくらいデカい顔に負けじと大きく開いた白眼、ぷっくりと膨らむだんごっ鼻にだらしなく舌を垂らし泡を吹く口。筋骨隆々な裸体。その胸板やビールっ腹、ブットい両腕両脚を覆うわっさわさの毛。さらに剛毛な股座に生えた……――
「おえぇぇええっ!」
「ま、マサくん!? 大丈夫ですかっ!?」
「……な、何とか辛うじて…………ひ、ヒマちゃんは絶っ対に見ちゃだめだからね。じゃないと、目が腐っちゃうから……」
「は……はい」
懐に隠すように抱きしめていたヒマちゃんに言い聞かせている間にも自分の愚行に後悔していた。
自己責任って返されたからって
ヒマちゃんをハゲゴリラの魔手から護れただけ良しとしよう……僕の精神衛生が大きく穢れてしまったことについては、考えないようにしよう……………………。
結局、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した【リベル亭】の喧騒は衛生兵が駆け付けるまで続いた……。
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