第4話 「彼女売ります?」「ふざけんなぁああああああぁっ!!」

 あれから歩き続ける事約一時間。


 関所の門番に王様自ら手渡してくれた通行証を見せ、僕たちは遂に城下町しゅと・ルーヴェイラに足を踏み入れた。


 日本の大都会のような味気ない高層ビルは一切無く、洋式の館が連なり石畳の舗装路を人や馬車が行き交う活気ある街並み。

 時折こっちを見てくる人はいても、特に騒がれることもなく、それなりにゆっくり出来そうだ。


「取り敢えず宿を探そうか?」


 ゆっくりと思いつつも……何度となくだけに、荒ぶる感情をなんとか抑えて提案すれば、鞄の中からお金が入った革袋をヒマちゃんが取り出して待ったをかける。


「念の為に確認してみませんか? 冒険? するのでしたら、それなりに必要になるでしょうし。何よりわたしたち、今着ている制服以外に何も持っていませんから」


 ああ、そうだった……。


 一口に《一ヶ月分》といっても、状況によって大きく変わってくる。

 自分たちの家なんて当然あるはずもなく、選択肢としては貸家を借りるか、宿を拠点として行動するか、はたまた住み込みで働くのか……。

 あとはヒマちゃんが言ったとおり、まさに着の身着のままで転移させられたお蔭で本当に何も持っていない(ヒマちゃんが肩から斜めに提げている鞄は王様直々から賜ったもので通行証とお金が入っている)。


 取り敢えず人目につかない路地裏へと移り、僕が見張りをしている間にヒマちゃんに確認してもらった結果――所持金6万5千ヴェイラ(日本円で65万円)。


 貸家を借りるにしても、宿を拠点に行動するにしても、その相場が判らない以上下手すれば一ヶ月どころか一週間も怪しい。その上でヒマちゃんの言う通り、着の身着のまま転移させられたせいで制服以外に何も持っていない。

 冒険の準備以前に生活必需品を揃えなければ……と考えると、必然的に足りない。

 仮にお金の話を抜きにしても、一番建設的な住み込みに関しては肝心の……当てがない。


 僕は心の中で嘆く――おぉ、王様ぁ~っ!


 となるとあとは――



 ピロリロリ~ン♪


 うわぁ、出たよ選択肢コレが……。



  Q・お金を増やそうぜぇ!


 ああ、その手も考えたよ……多分だと思うけど、選択肢こいつだからなぁ…………。



    ~  選 択 肢  ~


1・彼女を丸々奴隷商へ売り払う。


 ふざけんなあぁ~~~~っ! お金欲しさに彼女売る彼氏バカが何処にいるんじゃ~~っ! それにって何っ!? そもそも僕はヒマちゃん命! ヒマちゃんとイチャイチャしたいんじゃぁ~~~~~~~~っ!!



2・彼女の身包みを剥いでそれら一式総て商業ギルドへ売り払う。


3・彼女の身包みを剥いでそのまま奴隷商へ売り払う。


 ほうほう。つまり彼女ヒマちゃんを素っ裸にしてなのね――だから、ふざけんなぁあああああああああああああっ!


 確かにっていうのは考えたよ。それにも限度があるから難しいと思っていたんだけど……彼女を売るってだけでもあり得ないのにましてや、本人を売るにしても持ち物を売るにしても――彼女を素っ裸にするなんて鬼畜過ぎるだろうがぁああああああああっ!

 5万……いや、1億歩譲って荷物を売るのは良しとしても(それでも耐え難いけど)、彼女ヒマちゃんを、神々しく美しい裸体の彼女ヒマちゃんを奴隷商へ売り払う? 残された服や下着で残り香と温もりを堪能して死ね、と?


 本当に――


「ふっざけんなぁあああああああああああああああああああああああっ!!」

「ま、マサくんっ!?」


 僕の怒りの叫びにヒマちゃんをはじめ道行く人まで僕に様々な視線を向けているけれど……それどころじゃないっ!



 ピコリ~ン♪


 今度は――って、ん? 今までと音が違うけど……。



  備 考


 は? 備考って、嫌な予感しかしないのは気のせいじゃないんだろうなぁ……。



   ~  過 去 最 高 買 い 取 り 額  ~


 完全着衣の彼女:370万ヴェイラ(日本円で3700万円)。


 すっぽんぽんの彼女:89万ヴェイラ(日本円で890万円)。


 彼女の衣類(靴や装飾品も含む):9万1千ヴェイラ(日本円で91万円)。



 いるんかいっ! 彼女を売り払った彼氏クズがいるんかいっ!!

 完全着衣は一旦スルーして《すっぽんぽん》とは生々しいな、おいっ!


 どちらにせよ――


「彼女を売るなんて考えられるかぁ~~~~っ!」

「ちょ、えっ? ……彼女を売るって何ですかっ!?」


 怒りの叫び再び……そして内容だけに困惑し狼狽するヒマちゃん。

 そんな僕たちを囲む野次馬たち、混沌な状況に突入する――


「あっはっはっは!」


 前に野次馬たちのざわめきを打ち消し響く豪快な笑い声。


「はいはい、ちょっとごめんよ。そこを通してくれないかい」


 そんな声と共に野次馬の波を搔き分けて僕たちの前にやってきたのは人が好さそうな恰幅のいい女性。


「アンタたちがかい?」

「え、あ、はい。そうです」


 女性は「そうかいそうかい」と愉快そうに笑って、


「此処じゃなんだからウチに来な。ほら。そっちのお嬢ちゃんも」

「え? ちょ、うわぁっ!?」

「あ、あの、えぇっ!?」


 僕たちを引き寄せてから背後に回り、それぞれの背中に手を添え押し出すように連行していくのだった。


    ※


 場所を移して僕たちは今、一軒の食堂のテーブル席に並んで座らされている。

 僕たちが座るテーブルを含め六人掛けのテーブルが八つ。すべて空席で閑古鳥が鳴いている――訳ではなく今日は定休日らしい。


「いやいや。強引に引っ張てきちまって悪かったねぇ! アタシは此処の店主をしているハンナってモンだ。よろしくねぇ!」


 対面ど真ん中の席に着く女性、ハンナさんが登場した時同様豪快に笑って自己紹介をした。


「引っ張ってっていうより押しだ――っ!? い、いえ、えっと将憲って言います」

「全く……あ、緋鞠って言います。こちらこそ宜しくお願い致します」


 僕が「押し出して」って言い掛けたところでヒマちゃんに脛を蹴られ若干涙目で自己紹介をした後に、そのヒマちゃんが僕を一瞥してから丁寧に続く。


「あっはっはっは。素直でよろしい! まあ、アンタたちを連れてきたのは二、三年前だったかねぇ……アンタたちと同じ異世界人のカップルが痴話喧嘩をしていたのを思い出したからなんだよ」

「痴話喧嘩、ですか?」

「そうなんだよ」


 ヒマちゃんの疑問の声に答えてハンナさんは俺の方に視線を向けた。


「え~と、マサノリだったかい?」

「はい」

「あんたさっき『彼女を売る』だのなんだのって言っていたよねぇ?」

「っ!」


 ハンナさんに尋ねられ僕は言葉に詰まり、


「マ・サ・く・ん……それは本気で言ってるのですか?」


 ヒマちゃんからの絶対零度の視線が突き刺さり、冷や汗が滝の如く流れ出す。


「ち、ちち、違うんだぁっ! こ、これは……お金の話をしていた時にふと、お、王様が……そ、そんなクズがいたって、話していたのを、思い出しただけだからっ!」

「本当ですか?」


 や、やめ……ヒマちゃんに捨てられたら、僕は――死んでしまうっ!!


「ほ、本当だよっ! あの告白をした後からずっとヒマちゃんとイチャイチャしたかったのにズルズルとお預けを喰らいまくって、ムラムラしっぱなしでヒマちゃんを襲い、じゃなくって食べ……でもなく――とするのを必死に抑えてたんだよっ!! ……あっ!?」


 や・ら・か・し・たぁ~~~~~~っ!!


 ヒマちゃんに疑われ捨てられる事を想像して恐れるあまり本音をぶち撒けてしまったぁ~~~~~っ!!

 それにって何っ!?

 あぁ……これで僕は――


「――……か。うぅ……は、ハンナ、さが見てる……前で、本当にばかぁ……」


 絶望に呻く僕は微かに聴こえたヒマちゃんの声で我に返り、恐る恐る彼女の方を窺おうとして、


「こ、こっちを見ないでくださいっ!!」

「ぇっ! ひm……――っつ~~~~~っ!!」


 勢いよく押されて椅子から無様にひっくり返った。

 その際見えたヒマちゃんは耳まで真っ赤にして顔を覆って小さくなって身悶えている? ってことはつまり……よ、よかった。

 僕は、僕は――嫌われてなかったどぉ~~~~っ!!


 背中の痛みなんてヒマちゃんを辱めてしまった代償としては安すぎるくらいだ……なんて昂っていると、


「いやいやぁ、これは男と女っていうよりって感じだねぇ。まぁまぁ、これは本当に若いっていいもんだねぇ。あっはっはっは!」


 僕たちのやり取りをずっと見守っていたハンナさんの感想で僕まで赤面する羽目になり、しばらく二人並んで顔を覆い隠して縮こまる僕たちをハンナさんがニヤニヤと眺めているのだった……。

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