妖艶なロリに甘やかされる異世界珍道中

亜未田久志

第1話 コンビニ帰り、溶けかけのハーゲン○ッツ


 蒸し暑い夏の夜だった。俺はコンビニに立ち寄ると少し奮発して高いアイスを買って帰路に着く。万年生徒不足の剣道道場の経営もそれなりに疲れるもので。レジ袋片手にジャージ姿で歩いていると、ふと目眩に襲われた。疲れていると言ってもそこまでではない……と思ったところでハッと目を覚ます。


 辺りがコンクリートジャングルから深緑の森へと変わっているではないか。


「んだこれ……」


 そう呟いたのもつかの間、唸るような鳴き声が近づいてくる。


「獣!? 熊!? こんな都会で!?」


 もはや都会ではなくなっているのだが俺の思考は追いつかない。木々を掻き分け出てきたのは巨躯。熊とも狼とも似て非なる見たことも無い二足歩行の毛むくじゃら。ただその口から見える牙と手足に生えた長い爪が凶暴性を強調していた。


「に、逃げ……!」


 足がすくんで動かない。ゆっくりとその化け物は近づいてくる。ヨダレを垂らしながら、舌なめずりしながら、よく観察してみれば口の周りが赤黒くなっている。既に犠牲は出ているようだった。それを見てもなお足は恐怖で動かない。


「誰か助け……!」


 俺のその声と同時に三つの動きがあった。まずは凛とした声が森に響いた。



 次に化け物が俺目掛けて爪を振りかざした。


 そして。


 最後、動かなかったはずの俺の身体がまるで操られるかのように、しかもいつもより俊敏に動いた。


「お主、剣を持っているではないか、それは飾りか?」


 凛とした声の方を見やる。紺色のお団子髪の毛のいわゆるチャイナドレスを着た少女……いや童女……? かなり際どいスリットの入った真っ赤なそれを着こなしてはいるものの体躯としては薄く儚く脆いような印象を受けた。そんな彼女は俺に向かって言う。


「背中の剣は飾りかと聞いているのだが」

「あ、ああこれは竹刀で……」

「シナイ……? ああ、模擬刀の一種か。まあそれでもいい。剣は剣だ。抜いて


 俺は言われるがまま、竹刀を袋から取り出し構える。


「なんじゃその構え」

「我流なんだよ」

「まあいい……力道門りょくどうもん、開け、彼の者に力を与えよ」


 身体中に力が漲る。少女が何かしているのだとようやく気づいた。


「何をしたんだ……?」

「ふむ……世間からはこう呼ばれている……妖術師バッファーと」


 バッファー、つまるところ味方に力を与えるタイプの魔法使いだ。普通ならそんなの信じない。が状況が状況だ。得体の知れない化け物と実際に力を与えられた俺、この二つが存在している以上は信じるしかない。そして確信する。ここがいわゆる異世界だと言う事を。


「ハハハッ昔読んだラノベみてーだ」

「なにをわけのわからんことをいい加減斬らねば死ぬぞ」


 しびれを切らした化け物が俺目掛けて突進してくる。俺はそれを竹刀で受け止める。


「重い……ッ!」

「まだ足りぬか……はぁ、力道門、三重解放、道に気を、枝葉に脈動を」


 さらに身体に力が漲る。化け物を押し返す。俺はそのまま竹刀を突きの構えにする。狙うは生物の共通弱点――


「正中線五○突き!!」


 名前は某格ゲーからパクった。しかし我ながら見事な一撃いや五撃が決まる。鼻から股間までを突き抜かれた化け物は悲鳴を上げて退散する。


「お見事」

「はぁ……今の……俺がやったのか?」


 いや違うだろう。妖術師、バッファーと名乗った彼女のおかげだ。


「その……ありがとう……助けてくれて」

「妾はただお主に術をかけただけ……戦ったのはお主の意思だ」

「それは……でも手を貸してくれたのは事実だろ」

「では何か恩でも返してくれるのか?」


 お生憎様、手元にはハーゲン○ッツしか無かった。とりあえずそれを差し出してみる。


「なんだそれは」

「アイス……じゃ伝わらないか……氷菓子……?」

「菓子で釣られるとでも?」

「デスヨネー」

「妾は行きたいところがあってな」

「もしかして連れてけと仰るつもりで」

「如何にも」


 嫌だった。家に帰りたかった。しかし帰っても出迎えてくれる妻や子供がいるわけでもなく。悲しくなってきたので閑話休題。とにかく異世界に来てしまった、そして帰り方も分からない、路頭に、いや化け物の餌になるくらいなら現地人の童女に飼われた方が百倍マシだ。


「……分かったよ! どこへでも連れて行ってやる!」

「よく言った!」

「はぁ、んで? どこへ行きたいんだ?」

「ここより東へ向けて最果てへ、そこに在る『トコシエ』という国に用がある」

「最果てねぇ……」


 随分と長い旅になりそうだと今から辟易とする。残念ながら異世界だの冒険だのに心躍らせる歳ではなくなってしまったのだ。せいぜい死にたくないので生きるために足掻くとしよう。


「そういや名乗って無かったな、俺は薮坂刀志郎やぶさかとうしろう

「トウシロウか、妾はレイワだ。これからよろしく頼む」

「おう」


 こうしておっさんと童女のどうしようもない異世界珍道中が始まったのだった。


 to be continued……?

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