第4話 課題

 俺達にこれから入学式が始まると教えてくれたアリスは、そのまま前方にある壇上へ向かってしまった。


 壇上には、数名の何やら迫力のある者たちが一列に並んでおり、アリスも舞台袖からそそくさとその端に合流したようだ。


 すると、真ん中にいた一際迫力のある仙人みたいな爺さんが前に出た。


「初めまして、皆のもの。ワシはこの学園の学園長をしているアランという者じゃ。さて、まずは入学おめでとうと言っておこうかの。最もこの状況はおおよその者にとっては大変よろしくない状況じゃ」


 アランとかいう爺さんは、初っ端からそんな不穏な前置きをする。


「端的に言って、ここにいる者は、みな人生を失敗した者たちじゃ」

「ふざけるなぁっ!」


 その言葉に真っ先に激昂したのは、太陽の光のように黄色に近い白髪をした意志の強そうな少年だった。


「俺がどれだけの犠牲の上で、今日まで戦ってきたと思っている! アンタが誰だか知らないが、例え神だろうと何もしてねえ奴に、俺の人生を評価されるつもりはない!」


 少年が立ち上がり、鬼気とした迫力で吼えると、その声に呼応するように、何人かが剣呑な雰囲気を出しながら立ち上がる。

 周りを見渡すと、立ち上がりこそしないものの、みんな大なり小なり何かしら思うところはあるらしく、凄まじい目付きで爺さんをじっと見つめていた。


 俺? 俺はほら、泥棒だからさ。

 お前の人生は失敗だったと誰に罵られようと、まあそうだろうなと納得できるくらいには道を踏み外してきた自覚はある。


「ほっほっほっ、確かに何もしていないと言われると耳が痛いの。だが、お主たちの世界をどうにか出来るのは、お主たちしかいないのだよ。その世界の英雄であるお主たちにしかな」

「英雄とは何のことだ?」


 すると、今度は真っ赤な髪を綺麗に整えた爽やかなイケメンが、静かだがやけに響く力強い声で問う。


「その世界の歴史を決める人物のことじゃ。つまり、お主たちの行動は、世界に良くも悪くも絶対な影響を与えたのだ」

「……なるほど。つまり、我々の失敗とは、世界に悪い影響を与えたということか?」

「その通り」

「ふざけるな! 俺は、自分の使命をやり遂げたぞ!」


 再び、白髪の少年が叫ぶ。


「ふむ、確か君はレオンハート君じゃな」

「そうだ!」

「なるほど、確かに君は命じられた仕事を真っ当してようじゃの。では、君が死んだ後の世界を見てみよう」

「は……?」


 爺さんがパンッと手を叩くと、爺さんの隣に黒曜石で出来た巨大な石板がせり上がってきた。

 石板の表面はまるで鏡のように磨き上げられており、そこへゆっくりと見覚えのない光景が浮かび上がってくる。


「なっ⁉︎」


 石板に映し出されたのは、大量の瓦礫、灰になるまで燃やし尽くされた森、太陽の光を一切通さないほどの分厚い雲など、悲惨な光景だった。何があったのかは分からないが、そこに生きている人間はいないということだけは、直感的に分かる。


「何があったのかは言わないでおこう。レオンハート君のプライベートに関わることじゃからの。だが、君にはこれで十分過ぎるほど察しがついたはずじゃ」

「……俺を今すぐそこに連れていけ」

「そして、また死ぬのか?」

「違う!」

「いいや、違わない。今の君では、何度やり直そうと、この未来と全く同じ結末になることは明らかじゃろ。じゃが、安心してくれ。そうならないようにするために、ワシらがいる」


 爺さんは改めて俺たちに向き直り、はっきりと告げる。


「良いか! ここにいる者たちは、全員世界の変革のど真ん中にいた者達じゃ! その変革がどんなものだったのか、それは各々必ず心当たりがあるじゃろう。それが、戦争だったのか、はたまた病だったのか、もしくはもっと強大な困難だったかは分からん。しかし、共通して言えることは、その状況を打破できる可能性を持っていたのは、君たちだったということだ! ここでは、君たちがその困難を乗り越えられるよう教育するのが目的じゃ! 勿論、ただ教育を受ければ良いというものではない。相応の覚悟と、世界の困難と同レベル、もしくはそれ以上の無理難題な課題を、三年以内にクリアする必要がある! このチャンスを生かすも殺すもお主ら次第じゃ! 覚悟が出来たものから、ここへ上がってこい!」


 爺さんが言い終わると同時に、静かにアリスが壇上へ上がる階段の前に移動する。


「学園長の話にもあった通り、これから皆さんには三年以内にクリアしていただく課題を与えます。内容は人によって異なります。その種類はまさに千差万別です。しかし、どれも困難なことには変わりません。覚悟ができた方から順に、ここから壇上に上がり、学園長の隣にある石板へと手を当ててください」


「……上等だ。どんな困難だって、必ず超えてやる。それで、世界を救えるなら」


 そう言って、レオンハートが最初に壇上へ上がる。

 レオンハートは石板の前に行き、緊張した面持ちでゆっくり手を当てる。

 すると、石板は眩く光始めた。そして、徐々に光が収まっていくと、そこには恐らくレオンハートが三年以内にクリアしなければいけない課題が光り輝く文字で記してあり……。


 それを見た学園長は大きく頷くと、部屋中に響く大きな声で読み上げる。


「リュウセイ・レオンハート! 課題は、【空を斬る】! よって、専門科目は戦闘科! ボディビル先生が担当するAクラス配属とする!」


 ……レオンハート君が灰のように白くなったように見えたのは、きっと髪の色のせいだけじゃない気がした。

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