第27話
「当時の火災は事故ではなく、意図的に行われたものです。蝋燭の不始末にしては激しく燃えた跡がありました。それと、不可解なことがもう一つ」
リアンは一度胸に手を置き、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「火災発生から三ヶ月ほど経った頃、禁書館や保管室と関わりのあった神官や修道士が次々と異動や使節団への派遣を言い渡されました」
リアンは違和感を覚えて仕方がなかったという。
時間と共に一人、また一人と関係者が消え、最後の一人になったところでそれは終わりを告げた。何故なら大神官が急逝したからだ。
最後の一人は葬儀が終わると自ら教会を辞めていったという。
「その者の名前を覚えているか?」
イザークが尋ねるとリアンは首を横に振る。
「普段は護衛騎士をしていた方で、私とは関わりがなかったものですから。中肉中背としか……でも非番の時、身なりが良かったのでどこかの貴族だと思います」
「話してくれてありがとう。あとはこちらでも調べてみよう」
貴族なら洗い出しやすい。漸く尻尾を掴めた気がしてイザークが内心ほくそ笑んでいると、リアンが憂いのある表情で訴えた。
「皇帝陛下、いろいろなことが重なって、大変な状況であることは承知しております。ですが、どうかシンシア様を見つけてください」
リアンは祈るように手を組んで胸に当てる。
「シンシア様が魔物の呪いなどの災厄から身を守れるよう、特別な薬湯のお風呂に入れていました。お風呂が嫌いで十分とは言えませんけど――とにかく、厄災に遭ってもそれを弾くようにしているので安心してください」
イザークは厄災から逃れるための薬湯など聞いたことがなかった。恐らくそれは秘薬だ。
「何故、聖女にそこまでするんだ?」
イザークが尋ねると、リアンは眉尻を下げて表情に暗い影を落とした。
「常若の国を追い出されて二百年余り。自分の存在が知られることを恐れて私は他人に無関心であり続けました。でもそれだと好意を寄せてくれた歴代聖女たちに不誠実だと気づいたんです。だから私はあの子にこれまでのあの子たちの分も含めて償っています」
リアンは最後にもう一度イザークにシンシアのことを頼み込むと、カヴァスが作った転移魔法で中央教会へ帰って行った。
キーリはすぐに調査に取り掛かるため、一足先に聖堂を後にした。
残ったカヴァスは話が終わったとソファに腰を下ろして息を吐く。
少々疲れている様子からリアンがこちらを訪れて戻るまでの間、人払いの魔法を掛けていたのだと推測できる。
「リアンが危険を顧みずに全面協力してくれるなんてフォーレ公爵家の人間以外で初めてのことだ。ほら、貴族たちの間には未だに馬鹿な迷信があるだろう?」
迷信というのは『精霊と人間の間に生まれた子の肉を食べれば不老長寿が得られる』といったもの。
アルボス帝国では人身売買などは禁止しているが闇市場や組織は存在する。カヴァスが近衛第一騎士団と側近騎士の両方をこなしているのは諜報活動も含めて未だに蔓延るそれらを根絶やしにするためだ。
そこでイザークはどうしてカヴァスが両方をこなしていたのか、はたと気づいた。
(……全部彼女のためなんだろうな)
カヴァスには女たらしの印象ばかりを持っていたが実際はリアンのことを一途に想っているのかもしれない。
(もしかすると、それを誰にも知られたくなくてカモフラージュしているのか。……いや、これ以上考えるのは野暮だな)
イザークは小さく息を吐いて目を閉じるとそれ以上は何も言わなかった。
暫くすると、謁見室の重厚な扉が開かれる。視線を向けるとそこには壮年の騎士が立っていた。背は高くがっしりとした体躯で頬には剣の傷跡がある。服の袖から覗く腕にも幾つも切り傷の後があるので長年騎士として戦ってきたことが窺える。
そんな彼はイザークに最敬礼した後、カヴァスを見るなり癖のある髪を逆立てて怒りを露わにしていた。
「カヴァス、やっと見つけたぞ。また約束の合同訓練をサボりやがって! 側近騎士で近衛第一騎士団の団長のあんたがそんなだと、部下たちに示しがつかんだろうが!!」
「やあやあ、マーカス・ベドウィル伯爵。いや、第二騎士団長。私の団の心配をしてくれて大変ありがたいけれど、第一騎士団には優秀な副団長がいるから大丈夫だよ」
甘いマスクに笑みを浮かべて答えると、マーカスは渋面を作って舌打ちをした。
「女の尻ばかり追いかけず、真面目に剣を握ったらどうなんだ? んん?」
ベドウィル伯爵家は魔物討伐や国境守備で武功を立ててきた家柄だ。そのため鍛練は厳しく、カヴァスに怠け者だというレッテルを貼って毛嫌いしている。
そして、長年務めていた第一騎士団の団長の座をカヴァスに奪われたものだからずっと目の敵にしているのだ。
本人や彼を慕う周りの者たちは年齢による体力の衰えのせいだと主張しているが、実際カヴァスは才能の持ち主でその剣技は現役だったマーカスよりも上であることをイザークは知っている。
もう少し鍛練に真面目に出ていれば摩擦を生むこともなかったのかもしれない。が、生真面目なキーリとは上手くいっているので根本的に二人の相性が悪いだけのようだ。
「叱られてしまったし、今日は必ず行かないといけないね。マーカス殿、逃げずに鍛練場に向かうので先に行ってくれないかい?」
「絶対だぞ!! 次に合同訓練をサボったら貴様の部下に地獄の鍛練メニューを組んでやるからな!」
捨て台詞を吐き捨てるとマーカスは大股で部屋から出て行った。
カヴァスは頬を掻きながら「部下に八つ当たりするのは困るな」と呟く。
「近衛騎士団の鍛練もあるのに無理をさせているようだ。……すまない」
個人的な任務を頼んでばかりだったことを謝るとカヴァスは首を横に振った。
「側近騎士と近衛第一騎士団の団長は自分が望んだことだから。両方手に入れられて、私は陛下には感謝しています。騎士団長の地位だけだと毎日男だらけで絶えられそうになかったし。ね?」
カヴァスらしい言い分に声なく笑っていると、突然激しい音を立てて扉が開いた。
視線を向けると今度はキーリが両手を広げて立っている。
廊下には衛兵がいて開けてくれるはずなのに、何故か彼自らが開け放ったようだった。
「陛下、緊急事態です!」
他の人が見ればいつもの生真面目なキーリだと思うだろう。しかし、付き合いの長いイザークはすぐに異変に気づいた。
キーリが片眼鏡を執拗に掛け直している場合はただならぬことがあって、動揺している時だ。さらにうわごとを呟いているので尋常ではない。
「どうした? 一度息を整えて話せ」
キーリは言われたとおりに深呼吸を何度か繰り返し、漸く片眼鏡から手を離した。
「フレイア嬢が妃候補として仮宮へ入宮しました。最近は猫の献上を阻止することで必死になっていたので……盲点でした。申し訳ございません!」
その言葉を聞いてイザークとカヴァスは目を見開き、お互いの顔を見合わせた。
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