第5話 大舞踏壊 急

 朱兎先輩がじっちゃんと呼ぶ人は一人しかいない。


「白夜さん!?」


 白夜さんは一瞬僕の方を見た後で、すぐに朱兎先輩を見て言った。


「朱兎、兄弟子として胸を貸してやってくれ。」


「仕方ねえな。」


 ポリポリと頭を掻いて、そのまま両腕を胸の前に持ってきてファイティングポーズをとる先輩。さっきの発言とは裏腹に、


「憶人、続きやろうぜ。本気で来いよ。」


 その目にけだるげな様子は一切なく。どこまでも真剣で、澄んでいる。それが、嬉しい。僕の実力を認めてくれてるようで。


「はぁ、後で魔夜に謝らないとな。」


 きっと聞こえたわけではないと思う。だけど、魔夜にはお見通しなんだろうな。


「憶人、やっちゃいなさい。」


 振り向くと、二階の窓から魔夜が両手をメガホン代わりにして応援してくれていた。


「私の弟子なんだから、負けたら承知しないんだからね~。うわああ!!」


 『ね~』で身を乗り出し過ぎて終い落っこちてしまう魔夜。一瞬焦った。だけど、下には洗濯ものを干している鏡子さんがいるから問題ないか。


「いやぁ、ぐっしょりしてる~。」


 洗ったばかりの敷布団ツクモンが魔夜をキャッチ。怪我こそなかったからいいものの。ただ、応援しようとしただけなのにこの仕打ち。不憫だ。


「がんばるよ。」


 かわいそうな魔夜のためにも勝たなきゃな。


「準備はいいか。」


「待っててくれたんですね。」


「正々堂々勝たなきゃ。勝負じゃねえ。」


「その判断、後悔させてやりますよ。」


 もう僕らに言葉は必要なかった。二人同時に踏み込む。先輩の飛び蹴りと僕の拳が激突する。威力は同等。互いに弾き飛ばされる。そんな中先輩は異能を発動。”足場”を僕の背後の塀に指定。Gを相当にかけたのか、距離が縮まってきている。


 覚悟を決めないとな。僕の異能_仮人迫命ヒトデナシバグは時間にして約五秒、遡って”していたことにする”。とはいえ、同時に僕が存在することは出来ないから、攻撃を喰らわせていたことにはできない。つまるところ、自分限定の現実改変能力と言ったところか。一対一の戦闘において最強だと言って良い。そして、朱兎先輩は正攻法で勝てる相手じゃない。藍花 憶人が北上 朱兎に勝つにははこの異能の発動が必須。


仮人迫命ヒトデナシバグ!」


 僕の異能発動の宣誓とともに先輩は空中で身をねじり、後方に回し蹴りを放つ。が、


「はっ!?」

 

 ブラフだよ。先輩は蹴りが外れ、しまったという顔をする。顔だけは僕の方を向いているがもう遅い。魔力の変換効率が落ちる詠唱破棄で創った”魔弾バレット八重掛けオクテッド”の方陣を左胸に押し当てて残りの全魔力をつぎ込んで威力減少をカバー。右手を左わき腹に押し当てて、ゼロ距離でぶっ放す。決着チェックメイトだ。


壊砲フルバースト!!」


 先輩は塀にぶち当たり座ったまま立ち上がらない。親指を突き立てて僕の方を見る。あれで気絶してないとか人間やめてるだろ。まあとにかく、


「僕の勝ち・・・・・・とはいきませんよね。」


 先輩が親指の方向を180°回転。


「まだ終わってねえぜ。」


 頭上には瓦礫の塊。それが高速で僕の方へ飛来してくる。この速度じゃ。身体強化をしても今からじゃあ間に合わない。じゃあね。取っておいてよかった。


仮人迫命ヒトデナシバグ


 全力の魔弾バレットを打ち込んだ後で追撃をしていたことにした。


「先輩、今度こそ僕の勝ですよね。」


大の字になって寝っ転がる先輩。


「だー、もう。負けだ、負け。俺の負け。お前の勝ちだよ。」


 負けず嫌いだけど、ちゃんと認めてくれるのが先輩っぽいな。


「はは、じゃあ約束通り、これからも僕は先輩を敬うことはありませ~ん。」


「はぁああ。もっぺん戦うぞ、構えろ。」


 冗談ですよ、先輩。ちゃんと尊敬してますよ。絶対口に出してやんないけど。


 こうして僕の入隊試験は無事に終わった。だけど、庭はボロボロ。ツクモンと魔夜のおかげで、なんとか夕方には元通りになったけど。その日一日、先輩の機嫌は直らなかった。

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