2話 次元渡り
生命の女神ゾアに凄まれた僕は、その圧迫感とそれによる戸惑いを前に瞬きさえもできないでいた。
元々技能とは選ばれた者にのみ授けられるものであり、最低等級の民話級でさえ千人に一人かどうかの割合でしか選ばれない。
ハートはそれを分かっていたため、資格がないと言われ落ち込みはしたものの、それに対する焦りや自己嫌悪などはほとんど感じていなかった。
しかし、
「汝には、思い当たる節があるのでは無いか?」
この、敵意とも取れる凄みを含んだ神々の圧にハートは困惑せざるを得なかった。
説明するまでもなく、田舎に暮らすただの少年に過ぎないハートに心当たりなどあるはずもない。
「そ、そのようなことはありません!」
鬼気迫るハートの言葉に、知恵の女神ソフィーはやや覇気を収めて問う。
「そなたには、生まれた頃からとは別の記憶があるはずだ、違うか?」
「いえ、そのようなこと…は…」
言って、僕は今朝のことを思い出す。
「そういえば、今朝全く知らない街の、全く知らない人の夢を見ました…その時のことは怖くてよく思い出せませんが…。」
「今日、初めて見たというのか?」
「は、はい!」
再び覇気を放つ神々に、僕は夢の内容をできる限り事細かに説明した。
「そうか、ほとんど覚えておらぬのだな。その損傷ならば納得だ。」
急に一切の圧力を感じなくなり、ハートが困惑していると。
「さて…すまなかった。まずは、順を追って話そう。」
なにやら訳ありげに生命の女神ゾアが言った。
「お主の見た夢は、言うなれば前世の記憶。お主は次元渡り、つまり転生者だ。」
「・・・・!!」
「お主は前世で死に、その魂はあちらの世界の輪廻に乗ることなく次元を超えてこちらの世界にやってきた。本来であれば、あちらから来る場合は
ゾアの言葉に僕は唖然としていた。
当然、絶対的な存在である神が人間相手に嘘をつく理由などないのだが、到底信じられる話ではなかった。
なぜなら僕はその記憶も、何もかもを持っていないからだ。
「し、しかし!僕は何も覚えていませんし!生まれてからずっと、ハートとして育ってきました!」
「そなたは先程、この世界とは全く異なる世界の夢を見たと言っていたであろう。それこそが前世の記憶だ。傷ついた魂の僅かな自己修復作用が働いた結果、前世の記憶を一部取り戻したのだろう。」
「それだけでは無い。汝の魂は次元を渡る代償に、深く傷ついている。汝はこの先、2年も生きられないであろう。」
リオンの言葉を聞いたハートの顔は血の気を引いていき指先までもが凍り付いたようだった。
(僕が、あと二年しか生きられない…?嘘だ!そんなはずないよ!だって今までも元気に過ごしてきたし、今だってこんな…)
まだ若く子供であるハートには到底受け入れられることではなかった。
それが顔に出ていたのだろう。
「誠だ。己をよく見るがいい。」
言ったゾアの視線を追って下を見ると、そこには胸に亀裂が走って、薄れたハートの肢体があった。
「あ、あぁ…うわあああぁぁぁ!!!嫌だ!嫌だ!まだ死にたくないよ!父さん、母さん…!うっ!!」
パニックを起こしてうずくまるハートを、ソフィーは覇気で以て治める。
「はぁはぁ、んっく、おえぇ。」
激しい動機と嗚咽を抑え、ようやく落ち着いてきた頃、力の神リオンが口を開く。
「しかし、手が無い訳では無い。我らの権能を以てして汝の魂を八、いや十年は繋ぎ止めることができよう。」
「その間にどうにかして魂を修復すれば、お主が死ぬことは無い。お主が望むのなら、我らが手を貸してやろう。」
唐突な甘言に、ハートは否応なしに答える。
「まだ…まだ死にたくありません!ど、どうかお願いします…!!」
顔を上げ、縋るような目で必死に懇願した。
それを聞いて、神々はニヤリと笑った。
「よかろう。汝の望み、しかと聞き届けた。」
「ありが、とう…ございます……!」
ここに来てからの出来事が処理しきれないまま、訳も分からず泣きじゃくっていたハートは平静を取り戻しつつあった。
彼の人生が今、その景色を一八〇度変えようとしている。
「調度良い。汝の魂は次元渡りの際、その圧力に耐える過程で技能を獲得したようだ。己を顧みて、まずはそれを探してみろ。」
リオンのその発言の異常さにも気づけないほど、ハートは疲弊していた。
まるで津波の中を生身で泳いだ後のような全身の倦怠感に包まれながら、頭を空にして指示通りに行動する。
(己を顧みる…自分の心の中を探ってみる…でいいのかな?)
何せ初めての経験である。
修行僧ならまだしも並みの子供には難しい事であった。
しかし、始めこそぎこちなかったものの、ここが精神世界ということもありハートは徐々にコツを掴んでいく。
今までのことや家族のこと、友人のこと、一つ一つ遡っていき、最後に前世に思考を張り巡らせる。
やがてハートは己が魂に触れ…
(…見つけた、はっきりと分かる。あの時あの人が…僕が読んでいた、この本。)
真っ暗な空間に浮かんでいるそれを、手を伸ばし、掴む。
その瞬間、全身に武者震いが走り目の前にぶわっと、どこか親近感のある気配が現れる。
目を開けるとそこには、端がボロけていて貧相な、自分の掌よりも少し大きいいくらいの半透明な本が浮かんでいた。
なんだかとても懐かしくて安心感を覚えるのと同時に、悲しみが湧いてくるような気がした。
「これが、僕の技能…?」
「ほう、それがそなたの転生技能か。」
「損傷が激しいが転生技能はその性質上、前世で最も馴染みの深いものが核を成す。それが書物であるということは、きっと前世では熱心な読書家だったのであろう。」
「まだまだ未成熟だが、その技能もやがてお主の一助となろう。」
ゾアがそう言うと、本はか弱くもハートに語りかけるように脈動したようだった。
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