インペリアル・ハート

隼の眼をしたカモ。

一章《帝都修行編》

一話 プロローグ

夢を見た。

科学文明が高度に発展した世界で、高校生として平凡な日々を暮らしていた自分が、突然事故で死んでしまう夢。

僕はこれが前世の記憶なのだと直感で悟った。

それはまるで小説だとか物語だとかを読んだ感覚に似ていて、まるで前世の自分の伝記を読み解いたような追体験だった。

しかし、どれだけ頭を捻っても主人公前世の自分の事はほとんど思い出せない、いや、記されていなかった。

まるでそこだけハサミで切り取られたように。


目を覚ました僕は無意識に安堵していた。

起きたら今の僕が前世の僕前の自分に飲み込まれて、消えてなくなってしまうような、言い知れない恐ろしさを感じたからだ。

幸い僕は僕のままで、田舎に暮らすただのだ。


そんな事を長らくベットの上で上体だけ起こして思案していたので、母さんが気味悪げに声をかけてくる。


「あんたいつまでそうしているの?もうご飯の準備は出来てるわよ、早く顔洗ってきなさい。今日で12歳なんだからちゃんとしなさいよ〜。」


今日は僕の12歳の誕生日。

前世と違いこの世界の田舎では、毎年誕生日を祝う習慣がないため、今年は祝詞はない。

その代わり、8歳と16歳に大きなお祝いをする。これは、この世界の成人が16歳に定められているからだ。


「うん、分かってるよ母さん。」


立ち去ろうとした母さんは体を置き去りにして顔だけ扉から出し、狐に摘まれたような顔をして言う。


「え!あんたつい昨日までママって呼んでたじゃない!どうしちゃったの?」


ようやく思考がまとまってスッキリしてきた頭で、そんなに驚くことだろうかと疑問に思いつつ

「あー、そうだったね。でももう12歳だから…ね」とタイムリーなことに言い訳が転がっていたので、咄嗟に拾い上げる。


「それもそうねー、なんだか寂しいけれど。まぁいいわ、早くしなさいね。」


「はーい」


納得したのかしていないのか微妙な顔だなと思いつつ返事をした。

去り際に「あ!」と何かを思い出したようにドタドタと去っていく母を見送り、ベットから出て庭に出る。


魔法で桶に張った水面みなもに映る自分の顔を改めて確認する。

若いせいなのか、前世と人種が違うからかは分からないが何となく違和感があるような気がする。

真っ黒の髪に親譲りの灰色の目、筋の通った鼻がバランスよく配置されている。

自分で言うことではないが、両親が美形なのもあって割と整った顔をしていると思う。

少なくとも醜男ぶおとこと言われることは無いだろう。

…」

確か、神々は容姿の美醜も評価項目に…

「はぁ、何やってんだろう…」

ぺちぺちと頬を叩いて眠気を飛ばす。

朝から自己陶酔する自分を恥じつつ、朝食が冷めてはマズいと思い足早にリビングに向かう。


「おはよう父さん」


「ん?ああ、おはよう」


報告書から顔を上げ、一瞬戸惑ったあとに物言いたげにこちらを見てくる。

心当たりはあったのだが

「どうしたの父さん、僕の顔に何か付いてる?」とおどけてみせる。

一瞬の逡巡のあと、何か腑に落ちたのか父の顔がやや穏やかな表情になった。


「いや、何でもない。ハートも大きくなったな。」


「そーかもね」

と自慢げに言ってみせる。


「なに得意げな顔してんのよ、手が空いてるならお料理運ぶの手伝ってちょうだい。」


キッチンに立つ母さんが首だけ振り返って言う。どうやら盛り付けが終わったらしく、後片付けをしているようだ。


「はいはい」


「はいは一回、ほらさっさと持ってって。」


「はーい。父さん、もう少し待ってて。」


「ああ、あんまり急くなよ。」


報告書に目を通しながら肩で返事をする。

父さんは村の警備の役目をしていて、管轄かんかつの備品や不審な点などが纏められた報告書を読むのが朝の日課だ。


「お待たせー、じゃあ、いただきます。」


「「いただきます。」」


今日のメニューはパンとスクランブルエッグと獣の肉、野菜の入ったスープだ。

塩味えんみひかえめだが栄養バランスが考えられていて、母さんの料理はいつも美味しい。


「そういえば、さっきは急いじゃってどうしたの?」


「さっき?あー、スープを火にかけたままだったのを忘れてたのよ、今日は少しだけ濃口ね。」


言われてみればいつもより濃いが、一晩で前世の故郷あっちの味付けに慣れたからか、特段気にもならない。


「そーかな?そーかも、でもこれも好きだよ?」


「そう?なら良かったわ。」


「うむ、今日も美味しいよ。いつもありがとうな。…ところでハート、神授式しんじゅしきは明日だが準備はしてあるか?近くの街とはいえ一泊して帰ってくるんだろ?」


神授式──それは三神教さんしんきょうが信仰する神々に選ばれた者に、スキルを授ける儀式のことだ。子供は12歳になる年の4月に皆が受けることになる。

人生でも屈指で重要な日なので、勿論忘れるはずもない。


「うん、ちゃんと用意してるよ。パンツは念の為2枚詰めといた。」

と軽口を叩いてみる。


「そうか、そうか!なら大丈夫だなぁ。今年はフィーロちゃんのお父さんが引率してくださるけど、何かあったらユーリ君と一緒に守ってやるんだぞ?」


妙にはしゃぎながら父が言うユーリとフィーロの2人は、家族ぐるみで仲のいい僕の幼なじみだ。

友人との初めての遠出なので、実は少しだけワクワクしている。


「ふふ、任せてよ。」

胸を張ってドンっと叩いてみせる。


「おう、頑張れよ。そういえば昔は、御伽話の英雄みたいになりたいとか言ってたっけな?夢を見るなとは言わないが、あんまり期待しすぎるなよ?」


「分かってるよ、〈民話級レア〉だってほとんどの人が選ばれないんだからさ。」


そう――スキルは一部の選ばれた人間にしか授けられない。

ほとんどの人はスキルとは無縁のままその生涯を終える。


そして、スキルには三つの等級がある。

上から、〈神話級ゴッズ〉、〈伝説級レジェンズ〉、〈民話級レア〉だ、全て含めても全人類の2割も居ないらしい。

しかも〈神話級ゴッズ〉のスキルホルダーに関しては現在六人しかおらず、畏怖と尊敬を込めて〈六神星ヘキサグラム〉と呼ばれている。


とは言いつつも、父さんは〈民話級レア〉のスキル、〈狩人ハンター〉のスキルホルダーであり、その実力が買われ今ではこの辺りの管轄長の役を担っている、僕の憧れだ。


「それでも、僕は父さんみたいにみんなを守れる正義の英雄ヒーローになるよ。」


「そうか、期待してるぞお!」


おどけつつも、真剣な声音で言う僕を見て、父さんは嬉しそうに頭をグシャグシャと撫でる。

「ちょっ、とっ父さん!もうわかったってば!」

豆だらけで、ゴツゴツした男らしい戦士の手だ。思わず照れてしまってなんだか顔が熱い。

「ふっ可愛いヤツめ〜!」


じゃれ合う僕らを見て微笑ましそうに母が言う。

「父さんはスキルだけで強くなった訳じゃないのよ?もしもいいスキルを授かっても、日々の鍛錬にはげまないといつまで経っても追いつけないんだから。」


「うん、分かってるよ。ねぇ父さん、今日もユーリと一緒に鍛錬に付き合ってくれる?」


実は、半年前から父さんに剣や弓の鍛錬をしてもらっている。

始めた頃にユーリに自慢したら「俺も騎士になりたいんだ!」と言って無理やりついてきたのが始まりで、今では三人で鍛錬をして、それにフィーロも付き添うというのが日課となっていた。


「もちろんだ!と、言いたいところだが、最近魔物の動きが活発でな、今日は付き合えそうにない。それに明日は朝も早い。昨晩も沢山励んだんだし、今日は休息だ。」

父さんは諭すように言う。


「そっかあ、残念だけど父さんがそういうなら我慢するよ。」


「いい子だ。今日はゆっくり休んで、二人でフィーロちゃんをしっかり守ってやるんだぞ?。」


「うん、ユーリには今日は休みだって伝えておくよ。」


「ハート、もうすぐ学校の時間よ。片付けておくからご馳走様して行ってきなさい。」


「あ、もうこんな時間?急がないと。ご馳走様でした。」


釣られて時計を確認した僕は、急いで部屋に荷物を取りに行き、玄関で振り返って「行ってきます。」といつものように言って出る。

「行ってらっしゃい。」

「ああ、行ってきなさい。」

扉を開けながら、2人の声を背に受けて歩き出す。


早足で歩いていると、突然頭に鈍い痛みが生じた。

今日の空は少し曇りかけているが、立ち止まってあたりを見ると蝶も飛んでいるし、雨が降りそうという訳では無さそうだ。

すると、頭の中で強く存在感を放つ何かを感じとった。

戸惑いながらも、魔法を使う要領でそれに意識を集中してみると、本の形を模した青白く光るものが頭の中に浮かび上がってくる。


「これはなんだ……?」


恐る恐るその本を開くイメージを流し込むと、まるで星座のような文字が頭に浮かび上がる。

読み進めていくと、どうやら前世の記録がつづられているらしい。


「前世の記録がいつでも確認出来るって事か?

一体、何がどうなっているんだ…?」


最後のページにはご丁寧に索引さくいんまでついている。

伝記のようだったと揶揄やゆしたのはあながち間違いでもなかったらしい。


「うお?!っ!」


感覚も掴み慣れてきたので、頭の中で前世の概要がいようを改めて確かめていると、朝からせっせと働いている、近所のおじいさんが連れた牛車にぶつかりそうになって尻もちを突いてしまった。

いつの世も、ながら歩きは良くないらしい。


「坊や、大丈夫かい?」

おじいさんは牛をリードしながら後ろを振り向いて心配してくれる。

「うん、大丈夫。ごめんなさい、そっちは大丈夫?」

お尻の土を払い落としながら立つ。

「おう、なんともないぞい?なあ?」

牛の頬をぺちぺちと触りながら話しかける。

「モォオー!」

どうやら牛も許してくれたようだ。


「そう?良かった…て、あっ!学校に遅れそうなんだった。急がなきゃ、じゃあねおじいさん!」

前世の記録に夢中ですっかり忘れていた。

後ろから聞こえる「気をつけるんじゃぞぉおー!」というおじいさんの声に「はぁあーーい!」と相槌を打ちながら全速力で田んぼ道を走り抜けた。


「はぁはぁ、んくっ、はぁ、間に合った…。」


「「間に合った…」じゃねえよっ!遅刻ギリギリじゃんかよ!」

ユーリはクツクツ笑いながら僕の背中をベシベシ叩いてくる。

色素の薄い金髪に碧眼のユーリは、なんとも整った顔をしている。

…なんだか腹が立ってきた。


「うるさいなあ、間に合ったんだからいいだろ別に!」


「そういう問題じゃないわよ、ダラダラと汗まで流して。明日は大事な神授式があるんだからね、神様に呆れられても知らないわよ?」

そう言いながら手拭いを差し出してくれる女の子のフィーロは、新緑色の髪に同じ色の瞳をした、可愛らしい顔立ちをしていて、なんだかんだいつも世話を焼いてくれている。


「ありがとう。確かにそれもそうだな、気をつけるよ。」


「まぁ、今更気をつけたところで神様に気にいられるとも思わないけどな。」


「ユーリに限ったらそうかもね?」


「なんだとっ?俺なんて超勤勉だろうが!」


「どこがよ、今日も私が起こしに行かなかったら昼まで寝てたくせに。」


「うん、ユーリはどっちかと言うと怠け者だと思うぞ?」


「そんな事ないわ!」


「おいお前らうるさいぞ〜、そろそろ席つけよ〜。」


そんな、いつもみたいな何でもないような話をしていると、先生が来て点呼を取り始めた。

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