インペリアル・ハート

隼の眼をしたカモ。

一章《帝都修行編》

1話 神授式

─夢を見た。

夢の中では僕は知らない世界にいて、なぜかある人物をずっと見続けていた。

彼は四〇人ほどが集まる部屋で独り、椅子に座りボロボロの本を読んでいた。

それはなんだか、とても悲愴ひそうだった。

 すると、大きな体躯たいくの男がスタスタと近寄り突然肩を叩く。

彼が振り返ると顔をいきなり殴り胸ぐらを捕むと、周りの取り巻きらしき人達も加わり、彼を床に叩きつけ、ケタケタと笑いながら執拗しつように蹴る。

僕は止めなきゃ!と思い体を動かそうとするが、足は棒のように言うことを聞かず見ていることしか出来なかった。

場面が変わる。

 夕方、私刑に遭いボロボロになったであろう彼はフラフラと歩き家に着く。

薄暗い大部屋の机の上には

「18歳のお誕生日おめでとう!!」

と描かれた小さめのケーキと、

「今日も仕事で遅くなります。」と書かれた紙が一欠片。

彼は霞を掴むように紙を掴み握りつぶすと、ケーキを手に取り振りかぶる。

すんでのところで我に返り、ぽたぽたと涙が落ちる。

彼はその場にへたり込み、泣きながらケーキを食べるのだった─

 目を覚ますとそこはいつも通りの寝室で、髪は額に張り付き、まだ冷える時期だからと着ていた綿の寝巻きはぐっしょりと湿っている。

気を落ち着かせようと窓を開ける。

外は明け方で、まだ鳥も鳴いていなかった。

凍えるほどの悪寒を抑えベッドに戻ると、いつの間にかまた眠ってしまっていた。


、起きなさい。早くしないと待ち合わせに遅刻しちゃうわよ?」


そう言って、母さんは僕の肩を揺って起こす。

僕はバッと起き上がり、肩で息をしながら母さんを凝視する。


「大丈夫?うなされていたようだけど…」

「だ、大丈夫だよ…それより早く準備しなきゃ。」


心配そうな母に、真っ白な頭で空返事を返す。

近くにいた父や妹も心配そうに僕を見ていた。

深呼吸をして、次第に冷静さを取り戻すと、頭の整理がついてきた。

今日は人生に一度きりの神授式しんじゅしき

選ばれれば技能ぎのうを授かることができる、大事な日。


「そうね、まずはご飯にしましょう。」


落ち着いた僕を見て母は微笑みながら言う。

朝食のあと僕と父は支度を済ませて、妹と母さんに見送られながら外へ出ると、幼馴染の二人が、それぞれのお母さんを伴って待っていた。


「ハート、遅いぞ!どんだけ待たせるんだ!」

「ご、ごめん…でもわざとじゃないんだよ。」


は指をさして僕を野次やじり、それをなだめてくれる。


「まあまあ、全然余裕はあるんだし…」

「そうよアレク!いちいち騒がないの!」


アレクのお母さんが注意するが、それでもやいのやいのと話を続ける子供三人をほっぽって父がお母さんたちに言う。


「遅くなって申し訳ない。それじゃあ、行ってきます。」

「うちの子たちをお願いしますね。」

「三人とも、気をつけて行ってくるんだよ?」

「はーい、行ってきます!」

「うん、行ってくるね!」

「行ってきます。」


と、二人が元気に挨拶をして僕らは村を出た。

 毎年四月頃に、その年で十二歳になる子供は神授式を迎える。

神授式とは三神教が信仰する神々が技能…つまり特別な能力を授けてくださる儀式の事だ。

比較的大きな三神教会で行われるため父さんに引率してもらい、僕らは近くにある街に訪れた。

近くに、と言っても荷馬車で半日ほどの場所である。

 道中、今朝のことを思い返す。

あの夢はなんだったのだろうか?見たこともない服装の見たこともない人種、神が作ったのかと見紛うほどの建築物の数々。

夢と言うには現実的過ぎるし、現実というには荒唐無稽過ぎる白昼夢のような感覚だった。


(それに、あのお兄さんは一体……。)


考え込んでいた僕を心配したのか、リエルが顔を覗き込んでくる。


「ハート、大丈夫?馬車酔いしたなら遠慮なく言うのよ?」

「ハッ、遅刻しておいて馬車酔いで休憩したいなんて泣き言は言わねえだろうな!」

「ちょっと、そんな言い方ないじゃない!」

「ありがとう、リエル。少し考え込んでいただけだから気にしないで。アレクも、今朝はごめんね。」

「別に怒ってないし!体調悪くなったら言えよ、ゲロかけられる方が嫌だからな!」

「あんたもっと言い方無いわけ?」

「三人とも、見えてきたぞ。」


そんなやり取りをしていると父さんが肩で振り返りながら指をさして教えてくれる。

釣られて視線を向けると、僕らの背丈の4倍はあろかという程の城壁が見えた。

僕らの田畑ばかりの村と違い商店や出店なんかで賑わっている街で、普段は大人たちが買い出しに来たりもしている。

子供が来ても荷馬車を圧迫するだけなので、いつもはこっちには来ずに村に着いた荷馬車から荷物を運ぶのを手伝っていた。

初めて来る僕ら、というか二人は


「美味そうな匂いがするぞ!」

「あれなあに?」


と大はしゃぎである。

いつも通り元気な反応を示す2人を見ていると、朝から沈んでいた気分が少し良くなったような気がした。

 商店街をズンズンと歩いていき、住宅街が見えてくる頃、父さんが振り返る。


「着いたぞ、ここが教会だ。結構でかいだろう?」


見ると、協会特有の大きな門と三つの塔があり、てっぺんには三神のそれぞれの象徴があしらわれている。

横に並ぶ二人も、目を輝かせて凄い凄いとしきりに口にしていた。

「この時期は混むから…」と父さんはさっそく僕らを中に連れ、待機していた神官に案内してもらう。

 聖堂では儀式の真っ只中で、三〇人ほどが協会の椅子に座って並んでいて、僕らも列に加わる。大勢の子供がいるのにこんなにも静まり返っていることが、それだけこの儀式の重要さと厳かさを際立たせていて、緊張感に飲み込まれそうだ。

ふと隣を見ると二人とも顔を強ばらせているので、彼らも同様なようだと少し微笑んでしまう。

それが気に食わなかったのか、アレクは不満気な表情を浮かべていた。

 誰一人として技能を授からないまま順番が進み、神官が「次の方」と言って、ついに僕の番になる。

正面の壇上に向かい、一つ前の子に倣って大きなステンドグラスを望める一つ椅子に座ると、目を瞑るよう促され、ギュッと瞼を閉じた。

 しばらして目を開けると、そこには何も無いまっさらな空間が広がっていて、あるのは先程座っていた椅子のみだった。


「うっ、なんだ?」


すると突然、物凄い覇気と同時に眩い光に包まれる。

光が晴れて正面を捉えると、そこには三神と思わしき三つの大きな影が佇んでいた。足がガクガクと震え、今にも気を失いそうになる。

幾許かの沈黙を破ったのは、真ん中の赤みを帯びた影、力の神リオンだった。


「汝、我ら三神の敬虔な信徒なりや?」

「は、はい!僕はハートと言います。偉大なる三神様方に拝謁します!」


事前に覚えた台詞を早口で言い終えると、今度は左の青みを帯びた影、知恵の女神ソフィーが口を開く。


「よかろう、我が敬虔な信徒に力を得るチャンスを与えよう。」

「あ、ありがとうございます…!大変光栄であります!」

「……しかし、現段階でお主にはその資格が、無いに等しいようだ。」


最後に緑の影、生命の女神ゾアが、僕を睨みなが告げた。

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