6

火灯しごろ、浮多郎は八丁堀地蔵橋たもとの岡埜の役宅を訪ねた。

朝から下っ引きの与太と丸一日かけて、神田明神から上野山下一帯で徳兵衛の首を探して歩き回ったが見つからなかったと報告すると、

「奥はおらんから上がれ」

と岡埜は浮多郎を役宅に上げた。

ご家内が里へ帰って久しく、ひとりぐらしの岡埜は寝そべって黄表紙を読んでいたようだ。

「今日、奉行所が大黒屋の娘の那美と女中の米と手代の浩介と用心棒の秋山を明神下の番屋に呼んで改めて取り調べた」

正月明けから、徳兵衛の屋敷をうかがう白髪総髪白髭の旅姿の杖を突いて歩く老人をお米と那美がちょくちょく見かけ、浩介も日本橋のお店近くで見かけたと言った。

最近、ひんぱんに、雨戸に大きく逆さ十字架の紋章が消し炭で描いてあったという。

徳兵衛にもこころ当たりがあるようで、お玉が池の町道場の主に仲介してもらい、腕の立つ浪人者の秋山を住み込みの用心棒として雇っていた。

大黒屋徳兵衛は、表では日本橋の中店で端切れや古着を商っているが、裏では大名にも金を貸すかなり質の悪い高利貸しで、貸金の取り立てに腕の立つ強面の浪人者は役に立つということだった。

・・・匕首で喉を突いて逆さ十字架の下で倒れていたのは人形町の結之助だ。

結之助は歌舞伎界の大御所の芸養子で、那美とは結婚話が持ち上がっていた。

父の徳兵衛ははじめは賛成していたが、最近は真っ向から反対するようになった。

結之助が昨夜遅くに徳兵衛の屋敷にやって来ることは、那美もお米も知らなかった。

何としても徳兵衛に那美との結婚を許してもらおうと、結之助は不意に思い立ってやって来たようだ。

「奉行所の与力どのは、結婚を認めない徳兵衛を恨んだ結之助が殺したと思っておる」

「それはありえません」

浮多郎が首を振るのを見た岡埜は、

「だったら犯人をとっととここへ連れてこい!」

と声を張り上げた。

奉行所も昨夜から江戸市中に非常線を張り、杖をついて生首を抱えた白髪総髪白髭の老人をさがしたが見つからなかった。

・・・それを承知の上で、口の悪い岡埜は浮多郎をからかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る