第9話 予期せぬ訪問者

義母から初めての誕生日プレゼントを貰ったオリヴァーはそれから自室にこもっていた。


寝床に腰を下ろし背後にある壁に背を預けるように楽な姿勢をとると、もう一度自分の両手にもっているものが本当にそこに存在するのか確かめるように、目線を向ける。


(....ほんとうに目の前にある.....)


先ほどまでは放心状態であったのに、今ではもう悩んでいた気持ちなどどこかへ行ってしまったようだ。


手にした年季がはいっており、重みのある深緑色の表紙には『世界の歴史』というタイトルが黄金の筆記体で書かれていた。作者名や装飾の絵柄が特別施されているような痕跡はなく、その本の名前だけが内容を示唆しているように思える。


オリヴァーが義母に直接欲しいものをねだったことはこれまで一度もない。

もちろん、今回受け取ったこの本の存在さえも知らなかった。


しかし、高価なものであるため村では滅多に手に入れることが出来ない書物の存在をオリヴァーは親友のリアムから聞いたことがあった。


一度でいいから読んでみたい、密かにしていたその思いをどうやら義母は気づいていたようだった。


オリヴァーは義母の優しさに目頭が熱くなるのを感じる。

  

初めてのことに興奮と緊張が高まった思いで表紙を開き、本文が書かれている一頁目をめくった。


(どんな内容が書かれているんだろう....)


中身を軽く眺めると、表紙と同じようにどの国でも共通の言語――アイユ語で表記されていることが分かる。


冒頭にはこの本のおおまかな説明が語られていた。


『この世界の歴史は古くまで遡る。

 魔法文明が栄えた第一王国を筆頭として第二王国、第三王国、第四王国、

 第五王国、第六王国、第七王国、第八王国、第九王国、第十王国、第十一王国、

 第十二王国が円を描くように隣接している。

 ただし、世界を成り立たせている真の聖地は我らの届かぬ場所にありけり。

 人々はその聖地の名を決して声に出してはならぬ。

 聖地の記憶は遥か遠い過去のことであり、忘れ去られるべきなのだ』



「.......聖地?」


世界の歴史、という名を見ておそらく夢のある話が展開しているのだろうと予想していたがその期待は的外れであった。


この世界が十二の王国から成り立つことは幼い頃に義母に教えられていた。

しかし、今初めて知る見慣れない『聖地』という言葉がこの世界で禁句になっていることに衝撃を隠せない。


この本が最初に読者に伝えたいことはこれなのだ。

オリヴァーは本文を読む前に、唐突に理解した。



――――――自分たちが住んでいる世界には王国以外の場所が存在することに。



聖地についての記述が他にないか気になり、その後はひたすら夢中になって本文を読んでいった。


しかし、どの頁をたどっても聖地に関する内容は見られなかった。

どこも現在ある王国のそれぞれの特徴と、魔法に関する歴史のことで埋めつくされている。




もちろん、魔法を使えないオリヴァーにとって魔法文明の発達した他国の話はどれも目を輝かせてくれるようなものばかりで、とても面白かった。


けれどそれ以上に彼は、正体不明の聖地という場所が一体どこに存在するのかに興味を持っていかれていた。


そんな想いを抱えながらも、オリヴァーは再び本の内容と向き合っていた――――






一語一句漏らすことなく最後まで読み終えた時には、外はもう薄暗くなっていた。


夢中になっているところを配慮してくれていたのか、義母は食事の時以外は一人きりにしてくれた。





――――それは時刻が六時半を回った時だった。


なにやら玄関の方で義母が誰かと会話している声が聞こえてくる。

始めは途切れとぎれに聞こえていた話声が徐々に大きくなっていくのが分かる。


玄関先に客が訪ねてきた時は、オリヴァーは勝手に出てはいけないというのが義母との決まりだった。相手に姿をさらす危険性があるからだ。


「.....ですから、なぜ突然こんなものが?」


部屋の扉を通して耳に入ってくる義母の声はやや張りつめており、動揺が含まれているように感じる。


これはただ事ではない、しかし今自分が玄関に出た場合、義母にさらに迷惑がかかるのは承知の上だった。


三分程経った頃だろうか、ふいに相手の足音が家から遠ざかっていくのに気がついた。同時に玄関の扉が閉まる音が聞こえ、思わず居間に出る。


居間には白い封筒を机に置き、深刻な表情で座る義母の姿があった。


静かに義母の目の前に座ると、その顔は驚きを隠せない表情に変わった。


「...っオリヴァー.....」


「ごめんなさい、玄関から話声が聞こえて....」


聞き耳を立ててしまったことを謝る。


「.....本はもう読み終わったの?」


あえて話題を逸らそうとしたのだろう、彼には義母がこれほどまでに動揺を見せるのは初めてだと気づく。


「はい、とても面白かったです」


「読むのが早いのね。そう、それなら良かったわ....」


そう答える声には、今朝のような覇気がなくなっていてどこか弱々しい印象がある。


しばらく沈黙が続いた後、義母が机に置いていた封筒を取りあげた。


「これ、あなた宛てだそうよ」


突然手渡された白い封筒をおずおずと受け取った。

裏を見てみると、両翼を高々と広げる鷹が施された赤い蝋封印が付いている。

表と裏の両方を確認しても、宛名は書いていなかった。


誰からの物なのか分からずに顔を上げて義母を見やるが、どこか複雑なその瞳に目配せをもらうと、そっと手もとの封を開けた。


中には一枚の高級そうな白い紙が入っていた。


一折されたそれを震える指先で広げる。文面は驚くほど短いものだった。




『フュテール魔法学校への入学を許可する

     ―――第一王国フュテール魔法学校校長ディグニアル・アルべス』




















 









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森の王  美路人 @Subaruru00

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