第7話 風のウィルネル

「...素敵な名前だね」


オリヴァーがそう腕にとまっている彼に返すと、風のウィルネルは踊るようにオリヴァーの体をぐるりと一周した。


『ぼくのすがたがわかるの、オリヴァーがはじめてだよ』


音を立ててウィルネルがそう答えたことにオリヴァーは少し驚いた。

その時、彼は初めて自分が本来意思を図ることはないはずの風と普通に会話が出来ていることに気づく。


『あれ?おどろかせちゃった。オリヴァーはまだじぶんをしらないんだね』


幼い声で、しかしどこか寂しさをたたえた声でウィルネルが言う。


「僕...こんなことは初めて」


発した声に自分でも戸惑いが表れていることが分かった。なぜ、自分は風と話すことが出来ているのか。それにウィルネルの言葉が自分の考えていることを全て見透かしているように感じられて、オリヴァーは何を言うべきか分からなくなってしまった。


さっきまで味わっていた解放感など忘れてしまったかのように、オリヴァーは初めての出来事に少し恐怖を覚えてしまう。


『ぼくのことがこわいみたいだね』


「......」


何も言えないオリヴァーの気持ちを察したウィルネルはオリヴァーの体からそっと離れた。


少しでも怖いと感じてしまったのに、肌に彼の感覚がなくなった途端に急に寂しさを感じる。矛盾した気持ちをどう受け止めればいいのかオリヴァーには分からなかった。


「.....ご、ごめんなさ....」


それでも、初めて名前を教えてくれた彼に嫌われたくなくて、顔をうつむかせたまま声を絞り出す。


嬉しいはずなのに、その世界に踏み出す勇気を、今の彼は持ち合わせていなかった。自由を望みたい、見たことのない景色へ出会いたい、そう思っていたはずだった。


けれど、実際にそれを経験してみれば、自分がどれほど小さな世界で生きてきたのか思い知らされる。自分は自分自身が変化することを目の当たりにして、最初の一歩が踏み出せない。


この村へ来た時から、僕の時間は止まっていた。


オリヴァーはそう理解した。


『オリヴァー』


一人での思惑によって暗闇に引きずられそうになった時、頭上から明るい声が聴こえてきた。


うつむいて土の地面を見ていたオリヴァーは顔を上げる。


『ぼくはオリヴァーがやさしいひとでよかった。こんどはオリヴァーがぼくをみつけ

 てね』


「....っ」


『これがおわかれじゃないよ』


姿は見えないのに、聴こえる声はどこまでも優しかった。

昨夜会った獣の彼の慈愛に満ちた眼差しとその声が重なる。


『みんなをしんじて。オリヴァーをみんなまっているからね』


ウィルネルは最後にオリヴァーの顔をのどやかに撫でると静かに己の存在を消していった。


「.......み、んな」


みんなとは一体誰のことを指すのだろう。

風のウィルネルは一体何者なのだろうか。

そして、ウィルネルはオリヴァーに見つけて欲しいと言っていた。


(今起きたことは本当なのかな....ウィルネルはどうして僕に会いに来たんだろう)


夜明けが迫って来るなかでオリヴァーはただ一人、出るはずもない答えを探して呆然と立ち尽くしていた.....



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