第6話 朝の目覚め
早朝五時にいつも通りに目を覚ます。
横たわっていた体をゆっくりと起こすと、まだ太陽が昇り切れていない夜明け前の空を窓越しに見る。
まだ眠っているであろう義母を起こさないように足音を立てずに裏口のドアから外に出ると、自分以外に人の気配がないどこまでも澄み渡った空気を肺に吸い込んだ。
村の人達がまだ起きていないこの静寂な時間は彼にとってどこまでも自由に感じることのできる、唯一の居場所のようなものであった。
もともと閑静なリベル村はこの時間帯はより静まっている。
道を行き交う人々の話声や、樽で衣服を洗う生活音でさえも聴こえてこない。
あるのはただ落ち着いた気配と、紫色の靄の中から徐々に美しいオレンジ色の太陽が顔を覗かせている、広く儚い空の姿だ。
人前では絶対に外すことが許されない眼帯は、今は自分の寝間着のポケットにある。
誰にも見られることのない。この時だけはありのままの姿をさらすことが出来た。
白い両腕を左右に広げて、目を閉じる。
朝方の南東の風が、彼の黄金に輝く金髪をなびかせ、閉じている目元には若干の冷たさを含んだ空気の流れが優しく触れる。
言葉を発せずとも、解放されたような気持ちになる。
無防備な姿で、ただ風をその細い体に受け止める彼の姿を見る人はいない。
そこには彼自身も未だ気づいていない、彼が纏う不思議な空間が存在していた。
彼が早朝にこうして家の外に出ていることは、義母でさえも知らなかった。
周囲の環境と自分の立ち位置を見極められるようになった約二年前から、彼のこの毎朝の日課は続いている。
オリヴァーはその性格からも基本的に誰かに隠しごとはしない。けれども、誰にも咎められることなくのびのびと風を感じることのできるこの時間だけは自分だけの大事な秘密だった。"秘密"という言葉の響きに少しくすぐったさを感じるのも好きだった。決して幼い子供ではないはずなのに、この時だけは無邪気な子供でいられるような気がしているのだ。
ふとそこで考える。
この風はつもどこからやってきているのだろうと。
普段はそんなことを考えずにただその時間を満喫していたように思う。
しかし、昨夜の体験がまだ脳裏に鮮やかに残っていたのだ。
(...あれはきっと夢ではないんだよね)
あまりにも鮮明に覚えている昨夜の短い出来事であったが、それによってオリヴァーは今日の自分が昨日の自分とはどこか違うと、感じたことのない新しい違和感を覚えていた。
いつも通りの朝。誰もいない時間に自分一人。毎日やっているように、今もこうして両手を広げている。
立っている環境も、風景も、感じていることもなんらいつもと変わらない。
なのに.....
「....誰かが呼んでいる気がする」
どこからも声なんて聴こえない。当たり前だ。ここには自分しかいないのだから。
そう自分に言い聞かせるが、何かが針のように胸の奥につっかえる。
物理的にではない。感覚的に直接うったえてくるこの感触。
オリヴァーは咄嗟に考えることを止め、広げている自分の両腕を交互に見つめた。
肌に優しく纏わりつく、冷たいのに暖かなそれはいつだって彼の心の傍にあったものだ。
「.....もしかして君たちが....」
オリヴァーが目には視えないそれらに向かって囁くと、腕に纏っていたそれは頭の上に上ってきて、彼の髪をふわっとなびかせる。
そして今度は首の後ろをいたずらするようにくすぐってきた。
「ふふっ....」
くすぐったさに思わず小さく声をだして笑う。
自分の考えたことが本当だと分かった驚きとともに、まるで昔からの親しい友人のような歓迎の挨拶に心が軽くなる。
浮きたつような、このまま風に乗って空まで飛べるような大きな期待に満ちた感情が胸の内で広がっていくのを感じた。
「はじめまして、僕の名前はオリヴァー」
笑顔のまま再び腕に降りてきたそれに挨拶をすると、その風がびゅっと小さいながらも芯の通った綺麗な音を立てる。
『ぼくはウィルネル』
普通の人にはただの風音にしか聞こえなかっただろう。けれどオリヴァーには確かにそう聴こえた。
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