第1話 リベル村

第3王国の東にある小さな田舎――リベル村で数日前に16歳を迎えたばかりの青年、オリヴァー・ロイックスは家の裏にある畑で数か月前に植えてからようやく実になった人参やトウモロコシを収穫していた。

しかし、ここ数日は雨がほとんど降らなかったために大切に育ててきた作物も成熟することはできなかった。

それでも、限りある食糧が少しでも採れることにオリヴァーはほっと安堵の息を吐いた。


ジュワン(6月)の月の23の日、もうすぐ夏が来ることを告げるかのように外の空気は少しばかり暑さを含んでいる。


「オリヴァー!そろそろ休憩にはいっていいわよー」


夢中になって畑仕事をしていると、ちょうど台所のある家の窓から義母―メアリーがこちらに向かって声をかけた。メアリーが口に布をしていることから彼女が本職である薬の調合に取り掛かっているのだと察する。


「はい、叔母さん」


そう返事を返すと、彼女の顔が布越しでも一瞬だけ寂しそうになったのが分かった。

しかしオリヴァーが何か言葉を紡ごうと口を開きかけた時には、メアリーの表情は笑顔に戻り「しっかり水分とるのよー」とオリヴァーを見てから作業に戻り始めた。


(...応えられなくて....ごめんなさい)


オリヴァーは収穫した野菜たちを使い込んでボロボロになった布生地に置くと、湿気があまりこもらない家裏に取り付けてある小さな倉庫に大事にしまった。


泥で汚れた手を村共有の井戸水で流し洗い、ズボンのポケットに常備していた鉄の入れ物で水をすくいその透き通った冷たい液体を喉に流し込む。一区切りついたところで薄い木の板でできた自分の家に戻り自室に入った。


かぶっていた麦わら帽子を脱いで窓際に置くとオリヴァーは軋むベッドに体を倒し、仰向けになった。


体に疲労感はなく眠気もない。だが、先ほどの義母の寂しそうな少しだけ泣きそうな顔が彼の頭から離れずにいた。


オリヴァーとメアリーに血の繋がりはない。彼が彼女に拾われたのは五歳の時だ。

近しい親戚も周りにいなく、暗闇の中でただ一人で居た自分を救ってくれた義母の存在はオリヴァーにとってかけがえのない唯一の繋がりであるうちの1つだった。


しかし、一緒にここで暮らして十年以上経つのに彼は義母であるメアリーのことを"母親"と呼ぶことにいまだ少し抵抗を覚えていた。

周りとは違う境遇にいる自分が果たして、彼女の人生において負担になってはいないだろうか。日々の感謝の気持ちとともに、自分が息子としてここで普通に暮らしていることに時々胸が苦しくなるときがある。


メアリーには以前、夫と一人息子がいた。

この村では珍しい冒険家であった夫とそれに続くように冒険家見習いとして父親と共に行動していた彼は、国境を越えて各地をまわり、魔物討伐を生業としていた。

けれどある日、上級の魔物との戦いに敗れ二人は同じ場で命を落とした。

メアリーが歳三十三の時の話である。

当時夫に当たるグレマフは34歳、息子のライアンはまだわずか十四歳であった。

二人がなくなった日からちょうど一年が経った頃、オリヴァーは彼女に拾われたのだ。


(...一番辛いのはメアリー叔母さんだよね......)


本当はここに居るべきなのは自分ではないのだ。

オリヴァーは悲しみの波が重くのしかかっていくのを感じた。


―――光に照らされると柔らかく輝く金髪に何色かの緑が散りばめられたような神秘的な緑眼、右目には革製の眼帯という目立つ容姿をしていた自分は、この村に初めて連れてこられたとき周囲の人々から多くの軽蔑や畏怖の眼差しを受けてきた。

時には殴られたり蹴られたりなどの身体的な暴力や心ない言葉を吐かれたりした時もあったがどんな時も義母はずっと彼をそばで守ってくれた。


時間の経過と、彼女の存在で今では昔ほど村の人から蔑まれることは少なくなったが、完全にはなくなっていない。

その事実もオリヴァーをここに居づらくさせていた。


(.....でもこの気持ちにはもう慣れてるからね。大丈夫。今は僕にできることを...)


小さく息を吐き、壁に掛かってある年季のはいった黒いマントを羽織る。

これから隣の村――ラジェル村に義母が調合した薬を届けに行くためだ。

マントは今は亡きグレマフのものであり、身長が高いオリヴァーにちょうど良い大きさだとメアリーが2年前にくれた物だった。


右脚の不自由なメアリーに代わり、月に2、3度の薬の受け渡しはオリヴァーが引き受けている。

身だしなみを整え、台所に向かうとちょうど義母が透明な小さな小瓶に薬草の入った緑の液体を流し入れているところだった。


「準備できました」


そう声をかけるとメアリーは蓋を閉めた小瓶をまるい巾着袋にそっとしまい、少しだけ重量のあるそれをオリヴァーに優しく手渡す。


「いつもありがとう、よろしく頼むわね」


「はい、行ってきます」


巾着袋を肩から下げたカバンにしまい込むとオリヴァーはマントのフードを深く被った。続いて義母から受け取った昼食用のかたいライ麦パンを二切れと水の入った水筒もカバンに大事にしまった。


靴紐を軽く結び家を出る。


少し進んでから後ろを不意に振り返るとメアリーが小さく微笑みながらこちらに手を振っているのが見えた。オリヴァーもつられるようにして小さく振り返す。

そして再び前を向くと、目的の場所へ歩みを進めた。



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