森の王 

美路人

第0話  過去の記憶

森は過去の記憶を宿す。

そして、すべての人々の行く先を導くしるべとなりやがては世界を覆すのだろう。




昔々、数ある王国と自然界から成り立つ大きな1つの世界が存在していた。

王国は第1王国から第12王国までありそれぞれの国は王室を中心として、周辺国との貿易や交流を続けながら栄えていた。


しかし、12王国間でも貧富の差は生まれ始めていた。

道行く人が煌びやかな服装で歩き商店街で酒を飲みながら賑わう国がある一方、1日の食糧を確保することに必死で朝から晩まで働いている貧しい人々が暮らす国もある。


――――あの惨劇から300年。


12の王国はこの何百年もの間、"自然界"との縁をほとんど切り捨て、人類の文明の技術と魔法の力だけを頼りに今日も平穏に暮らしている。


12の王国は世界の中心に位置している。

第2王国から第12王国が円を描くように順番に並んでおり、それらに取り囲まれるようにして王国の中で最も権力のある第1王国がそびえ立っている。

第1王国は大規模な魔法都市だ。かつてこの世界に魔法という産物をもたらしたとされる偉大な初代の魔法使いがこの国を始め、その周辺国を築いたとされており、多くの国々の民から現在でも崇拝されている人物なのだ。


自然界との繋がりが遮断された現在において、魔法都市の存在は王国に住む民たちにとって大きな安心材料であり、この世界を回す中心核であった。




前方で、こげ茶色の髪をした顔も分からぬ青年が森の奥深くへと歩き続けているのが見えた。私はなぜだかその人だけは見失ってはいけないような気がして、生い茂る雑草を両手でかき分けながら懸命に、その後ろ姿を追った。


この時の森は本当に静かで、私たちの他には誰もいないように感じた。

息を切らしながら視界がようやく開けたところに辿り着いた私は歩みを止めた。


青年が自分の少し先で立ち止まり、初めて私をふり返ったからだ。


『.........っ』


私は思わず息を呑んだ。その青年の瞳は宝石が埋め込まれたような、言葉では言い表すことができないほどに深く澄んだ緑色で、右目のまわりには不思議な模様が刻まれた痣のようなものがあり、とても美しく透き通った美貌の持ち主だったからだ。


......彼が........彼の存在を.....私は......ずっと...........


その時、目の前の青年の周りに穏やかでそれでいて優しい風がとり巻いた。

するとたちまちあらゆる森の動物たちが彼の後ろに集まった。


『∻~∻~∻~』


彼らの特有の言語なのか、彼はすり寄ってくる動物たちに温かい眼差しで見つめながら何かを言った。

――――その内容を、大人になった私は今でも考え続けている。

そして、私に向けて微笑むと


『生きて』


私にもわかる言葉でそう言ったのだ。そう、たったこの一言だけ。

次の瞬間、目を瞬きした時には彼も、彼と取り囲んでいた動物たちもみんなこの場所から跡形もなく消え去っていた。


一人何が起きたのか分からず、取り残された私はしばらくその場に突っ立っていて、そこで先ほど彼がいた場所に何か光り輝くものが落ちていることに気がついた。

気になって駆け出して、地面にしゃがみこみその正体不明な物体を拾いあげる。


『これは....』


球形をした結晶の、彼の神秘的な瞳の色とそっくりな耳飾りだった。

木と木の間から柔らかく差し込む日の光に反射してキラリと結晶が光る。

彼が落とした物だろうか。.......でも、そうではないような気がする。

まるで、彼が私に拾ってほしいと願って置いていったような.....。

そう考えた時、再び今度は強い風がただ1人の取り囲んだ。

そして、彼の残していった片方の耳飾りを絶対に手放さないようにとそれを右手でぎゅっと握りしめたまま私の目の前は真っ暗な闇につつまれた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る