第28話 アジト襲撃される

 「虹」の薄暗い執務部屋で、大神は、国民自警防衛団(民警団)についての資料を読み込んでいた。殺された橋詰が残した取材メモを読み返すのは3度目だった。どこかに犯人につながるヒントがあるはずだ。

 「何を見ているんだ」という声が真後ろからして、「ワッ」とびっくりして跳ね上がった。集中しすぎて周りが全く見えなくなっていた。よくあることだった。

 「どうしたんだ。そんなにびっくりして」。井上が立っていた。 「驚かさないでくださいよ。心臓が止まるかと思った。何かに集中している時に声をかけられると、本当にびくっとするんです」

 「集中しすぎなんだよ。まあ、これから気を付ける。ところでその資料は何だ」 


 「橋詰君が集めた民警団についての資料とメモです。何度も読み返しているんですが、見落としがないかと思って」

 「そうか熱心だな。大神と橋詰はいいコンビだったよな。いつも言い争いをしていたが、最後は、互いに助け合っていた」

 「私の方が助けられてばかりでした」。大神は「孤高の党」の前身「孤高の会」の不正を追及するキャンペーンをしていた時、敵の最高幹部から毒薬を吹き付けられ殺されそうになった。その時、そばにいた橋詰がいち早く気付いて大神をはねのけたことで命を救われたことがあった。その時のことを思い出して胸が詰まった。


 「ところで何か用事ですか?」

 「おっと、忘れるところだった。今から出かける。一緒に来てくれ」

 「どこへ?」

 「2時間ほど離れた場所にリーダーたちが集まる。緊急の打ち合わせが設定されたんだ。民警団の全国総会に出席した時の話をして欲しいんだ」

 「わかりました。でもこの基地でやればいいのでは。これで私の移動だけでも3か所目です」 

 「1か所に決めない方がいいんだ。権力側は必死にアジトを探し回っているからな。場所が特定されると攻撃される。リーダーたちも場所を転々としているんだ」

 「攻撃されたことはあるのですか」

 「ある。2か月前のことだ、アジトに爆弾が投下されて3人が死亡した」

 「そんな大事件、ニュースで読んだ記憶はありません」

 「発表はなかった。当局が極秘にしているんだ」 

 「3人も死んでもみ消しなんてできるんですか。聞いたことない」

 「発表すると、被害者も加害者も身元を説明しなければならなくなる。様々な詮索が始まる。世間を賑わすよりも密かに殲滅する方を選んでいるとしか思えない。水面下の戦いが続いているんだ」 

 

 「日本中にどれぐらいの秘密基地が存在するのですか?」 

 「何度も言わせるな。余計なことは知らない方がいい。場所を急襲された時に誰が敵に漏らしたかを徹底的に調べられる。スパイの炙り出しだ。数人しか知らない所なので漏らした犯人は絞られる。そもそも聞かされていなければ、最初から疑われることもない。取り調べの対象からはずれるわけだ」 


 大神は井上とともにいつものワゴン車に乗った。2時間ほど走り山中に入った。車を停めて林の中を少し歩くと、きりたった岩山の前に出た。岩と岩の間に、かがめば入れるほどの穴が開いていた。洞穴の中をしばらく進むと、ぽっかりと空間がひらけた。会議室として使っているようだ。すでに20人ほどが椅子に座っていた。暗くて表情がよく読み取れなかった。女性もいるようだ。井上と大神の到着が最も遅かったようで、2人が着席するなり、会議が始まった。

 

 「それでは順番に活動報告をしてくれ」。中央に座っていた男が言った。「虹」のリーダーだ。端正な顔立ちで、鋭い目をしていた。

 「軍事訓練班だ。つい1時間前に名古屋から連絡が入った。岐阜市内のアジトが今朝、急襲された。20人が訓練を受けていたが2人が死亡した。ほかのメンバーは、秘密の抜け穴から逃げ出した。岐阜のアジトについて知っている人間は少ない。スパイが誰か今調べている」


 「次、クーデター班」 

 「将来、下河原が独裁体制を敷くに至った場合の想定だ。我々がクーデターを起こした場合、自衛隊内部でこちらにつく可能性のあるグループと連絡を取り合っている。いざという時のために、協力者を増やしておかなければならない。クーデター時、最初に下河原を捕らえなければならないが、あいつは居場所を転々としている。さらに影武者が何人もいる。AI総理も全国各地に出没している。行動把握が最も重要で、日頃からチームを作って追跡しているが難航している」


 大神は聞いていて驚くことばかりだった。「軍事訓練?」「アジトが襲撃された?」「クーデター?」。世界の紛争地のニュースでしか聞いたことのない言葉だった。それが今、目の前で当然のことのように話し合われている。

 「次、情報収集班」という声掛けで話し始めたのが井上だった。

 「民警団が、『孤高の党』の暴力装置として動いている可能性が高まってきた。都道府県ごとにバラバラに結成された組織が、全国総会を初めて開催し、東京に本部を設置することが決まった。徐々に統率がとれてきている。そして、驚くべき情報が入った」。井上は一呼吸置いた。

 「民警団の会長が、あの後藤田武士だというのだ」。声のトーンが上がっていた。


 「なんだって」とリーダーが最初に声をあげた。

 「まさか。自殺したんじゃなかったのか」「いつ日本に帰ってきたのだ」。淡々と進行していた会議が一転してざわざわとしだした。

 「総会を直接視察した大神に来てもらった。紹介することもないだろう。みなさんも知っている朝夕デジタル新聞の大神由希だ」 

 「もちろん知っている。『孤高の会』の不正を暴き、一時、勢いを失わせるまで闘ったジャーナリストだ。そして我々の組織にオブザーバーとして参加してくれていることも聞いている」 


 大神は、自分が「オブザーバーとして参加している」ということ自体、初めて聞いた。 井上に促されて話し始めた。 「私はこの地下組織に参加しているという意識はありません。というのは、組織の何たるかを全く聞かされていないからです。ただ、『孤高の党』の政権から追われる身であることは確かなようで、ここで匿っていただいていることには感謝申し上げます」。そう言った後で、民警団の総会に照明のバイトとして潜入したことを報告した。


 「後藤田武士は知っての通りの殺人鬼です。顔は整形していて全くの別人になっていました。最初に見た時はわからなかったのですが、会長の挨拶の時にピンときたのです。体形と歩き方、話し方、声すべてが後藤田のものでした」 「整形しているのに、よく後藤田とわかったな。他人の空似ということはないのか」 「後藤田に間違いありません。私は以前、ある劇場で同じような場面に遭遇したのです。その時の動き、仕草を記憶しているのです」


 「信じられない」という声があがった。ここにいるメンバーも外出する時は、変装している。そう簡単に見破られるのであれば、変装も意味をなさなくなる。不安が広がった。 「大神は人の顔、仕草をいったん見たら忘れない特殊な力を持っているのだ。私は長い付き合いでたびたび驚かされてきた」。井上が、大神の顔認識能力と記憶力について補足した。


 「わかった。民警団のトップが後藤田であるという前提で話を進めよう。後藤田について君が知っていることを説明してくれ」。リーダーにうながされ、大神は自分の体験を話した。後藤田は、人が切り刻まれていくのを見て喜ぶ異常な性格であることも淡々と話した。その場が静まり返った。


 「総会では、『孤高の党』の下河原総理がビデオメッセージを寄せていました。大臣が出席していました。内閣府特別顧問の鮫島も出席していました。多くの政治家が祝辞を送っていました」

 「なぜ、そこまで『孤高の党』が肩入れしているんだ。選挙目当てか」

 「それもあります。実際、総選挙ではフル回転で動きまわったようです。でもそれだけではない。抵抗勢力を抹殺する暴力装置の役割を果たしていると思われます」


 「暴力装置か。かつて日本防衛戦略研究所が担っていた役割だな」 「その通りです。敵は排除する。その一点です。そして、日本防衛戦略研究所を取り仕切っていたのも後藤田でした。今はマスコミ関係者が主に狙われています」 「マスコミ規制法ができたばかりだ。これで報道機関は牙を抜かれたように大人しくなってしまっている」 「マスコミ規制法は正攻法での締め付けです。一定の効果はあるでしょう。しかし、それに屈しない意志の固いジャーナリストは大勢いる。彼らを暴力で排除していくことで見せしめにしていく。そうやって、言論の自由を骨抜きにしてしまおうとする。暴力面での先頭に後藤田が立ったことになります。極めて危険な状況です」。再び沈黙に包まれた。


 「世界の戦場で目立ってきている『民間軍事会社』になって、下河原政権を支えていくことになるのかもしれない。人を殺すことが罪にならない戦場では、後藤田は英雄になってしまう。今後は、民警団の動きを徹底的にマークしていこう。後藤田の所在確認も専門チームを結成してあたろう。もし現れればすぐに捕らえよう」。リーダーがそう言うと全体を見渡した。 「今日はここまでだ。最後になにか言いたい者はいるか」と聞いた。


 大神が手を挙げた。 「リーダーに伺いたいのですが、この地下組織の目的はなんですか。軍事訓練とかクーデターとか、およそ民主主義国家とは思えない言葉が飛び交っていました。武力での蜂起を考えているのですか。それでは、民警団のことを批判できないように思います」。メンバーが顔を見合わせ、小声でささやきあった。  

 

 「同志である井上情報班長から何も聞いていないようだな。もっとも井上班長が話していないことは正しい。君はまだ正式なメンバーにはなっていないのだからな。知らない方がいいこともある」 「匿ってもらっていることはありがたいことです。しかし、この組織の真の狙いがどこにあるのかを知らなければ、本当の意味で打ち解けて協力し合うこともできない。なぜ、地下に潜るのですか。武器を保有しているのですか」 

 「軍事訓練、クーデターという言葉に反応したのか。恐怖を与えたなら謝る。我々は軍事行動を主目的とした武装集団ではない。下河原政権が歩もうとしている方向に危機感を持っている同志の集まりだ。下河原が独裁国家の樹立を目指しているのは明らかだ。その方針に抵抗する勢力は武力によって弾圧される。少しでも逆らう者には死が待っている。われわれの同志も何人も無残に殺された。自分たちから武器を使うつもりはない。だが、仲間を守るために使うことはあるかもしれない。我々と連携する表の組織は存在する。しかし、今日初めて会う君には話すことはできない。以上だ。納得できなければそれでもいい。退場してくれればいいだけだ。それから、はっきりしておきたいことがある。君がジャーナリストとして優秀であることは認める。民警団の会長の正体を見破ったことは評価する。だが、我々の組織のメンバーにはなれない。資質の面で欠けている」


 「どういう意味ですか」

 「君は報道の力を過信している。井上情報班長からも君のことは聞いた結論だ。民主主義の根底を支えるのが、言論の自由だと言うが、そんなものは、権力の前ではひれ伏すだけだ。まだ、下河原が本性を剥き出しにしていない段階で、すでに報道機関は無力になりつつある。報道される内容よりも現実の方がもっと先に進んでいる。君がこだわって追いかけている大阪のホテルでの毒物混入事件など、戦争や紛争が起きている中では、取るに足らない話だ。君の考え方を根底から変えてもらわないと我々の一員として歓迎することはできない。報道第一の意識を改めてくれれば、君の顔識別、記憶能力を活かすことでメンバーに迎え入れることもやぶさかではない」 

 

 大神は衝撃で打ちのめされた。自分が組織のメンバーになる資格がないと指摘されたからではない。リーダーの報道を見下した考え方にショックを受けたのだ。


 「リーダーの考えの一端は理解しました。ただ、私はこれからもジャーナリズムの力を信じます。暴力には反対します」 

 「下河原の恐ろしさは君の想像をはるかに超えている。そう遠くない時期に、今の政権の化けの皮が剥がれるだろう」

 「化けの皮ですか」 

 「さっきも言ったが、このままでは、暴力という恐怖で国民を支配しようとする国家が近い将来、誕生するということだ」


 「『孤高の党』が危険な党であることは間違いないことです。ただ、今は独裁政権にしていくために布石を打っている段階です。これからの動きの一部始終をきっちりとチェックしていき、おかしなことが起きれば追及する。真相を突き止めて報道していく。それが今、最も大切なことだと思います」と大神の言葉に力がこもった。


 「報道機関はそれで進めばいい。お手並み拝見だ。だが、暴力反対と言っているうちに、気がついたら独裁国家になって、暴力が支配する世になっていたというのでは遅いんだ。報道にはそれほどの力はない。我々はいざという時にそなえて戦える準備を進めていく。今日の会合はこれで打ち切りにする」。リーダーが締めた。


 後味の悪い終わり方だった。


(次回は、暗黒報道㉙ 第4章 孤島上陸 ■伊藤楓の過去)


                       ★      ★       ★


小説「暗黒報道」目次と登場人物           


目次

プロローグ

第一章 大惨事

第二章 報道弾圧

第三章 ミサイル大爆発 

第四章 孤島上陸

第五章 暗号解読 

第六章 戦争勃発 

第七章 最終決戦

エピローグ


主な登場人物

・大神由希 主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。

・下河原信玄 内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。

・後藤田武士 国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。


★朝夕デジタル新聞社関係者

・橋詰 圭一郎 東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。

・井上 諒 東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。

・興梠 守 警察庁担当キャップ。


★大神由希周辺の人物

・河野 進 「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。

・岸岡 雄一 「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。

・伊藤 楓 インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。

・鏑木 亘 警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。

・永野洋子 弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。

・田島速人 永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。


★下河原総理大臣周辺の人物

・蓮見忠一内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。

・鮫島 次郎内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。

・江島健一民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。

・香月照男民警団員。精鋭部隊入りを目指している。


★事件関係者

・水本夏樹 スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。

・水本セイラ 水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。

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