第27話 整形した男の正体に驚愕

  スピード・アップ社の報道記者、伊藤楓は大神由希との電話を切った後、胸騒ぎがした。

 国民自警防衛団(民警団)の総会について情報をもってきたのは、社長の河野だったことを思い出したのだ。河野は時々、「スクープだ」と言って編集局のデスク席に立ち寄る。政権の中枢にいることで得られる情報のうち、記事になりそうなものを選んでいるようだ。中には、明らかに政権のPRになるものもあったし、たまに政権に対して批判的なイベントの開催情報もあった。民警団の総会のメモを渡された楓が記事にして、スピード・アップ社の短信ニュースとして流した。河野の言動から、大神にいい感情を抱いていないことがわかる。婚約を破棄された恨みなのか、あるいは対抗心なのか。

 楓は民警団の問い合わせ先に電話して取材した。総会は10日後の10月29日午後1時から、日比谷の大講堂で開催されることがわかった。当然取材は認められるものと思ったが念のために申請したところ、「マスコミの取材依頼ですか。記事の狙いはなんですか」と事務局員に聞かれた。「戦争がいつ起きてもおかしくない今、民警団が万一の時にどのように活動されるのかについて関心があります。総会が開かれることをニュースとして報じているので、総会の模様も取材して続報として流そうと思っています」と説明した。数時間後、折り返しの連絡が来て、「報道機関の取材はお断りしています」と、あっさりと断られた。「公的な意味合いのある活動でかつ補助金もでているのに、報道陣を締め出すのはおかしいのではないか」と食い下がったがだめだった。


 大神にはありのままを伝えた。「くれぐれも気を付けてください。この全国大会の記事を書くように言ったのは河野社長です。民警団の宣伝をするという意味かと思ったのですが、当日の取材は断られました。矛盾していますよね。ひょっとすると記事を書かせたのは、大神先輩を誘い出す罠のような気がしてなりません」

「まさか。でも十分に気を付けるわ。取材陣に紛れて入り込もうと思ったけどそれはだめなのね。別の手段を考えるわ。ありがとうね」と大神が礼を言うと、楓は、「私も同行したいのですが、社長からの依頼で欠かせない出張が入ってしまって総会に潜入できません。残念です」と言った。


 巡航ミサイルが10月11日に撃ち込まれてから2週間が経ち、非常事態宣言がいきなり解除された。総理による会見はなかった。緊急以外の外出の禁止令もなくなった。今にも戦争に突入するという切迫感はなくなってきた。テレビもニュース番組ばかりだったが、通常の番組も放送されるようになった。

 閑散としていた街に、徐々にだが、人の流れが戻って来た。買い物をする人も、行楽にでかける人も増えてきた。スポーツやイベントも再開され始めた。


 民警団の総会の日は雨が降り続いていた。

大神は井上に予定表を提出して外出許可をもらい、ワゴン車に乗って日比谷の大講堂を目指した。

 楓からの連絡を受けて以後、大神は民警団の総会の運営記録の入手に努めた。そして、テレビ局の知人にこっそり連絡して、総会を担当する照明会社のバイトとして偽名で民警団総会に入り込むことに成功した。照明会社はテレビ局の仕事を多く請け負っていた。

 グレーの作業服を着て舞台に上がり、責任者の指示に従って照明機器を取り付けていく。顔は秘密基地内の特殊メーク室で4時間をかけて変装した。たとえ親友が見ても大神とわからないだろう。まったく別の人間になったようで  不思議な気持ちになった。


 照明のセットが終わると、3階席奥の照明室に入った。そこから、舞台上の人にスポットライトを照射する。照明の主任の指示に従って、必要なものを渡したりする簡単な仕事だった。照明のバイトは初めてということで、見習いの扱いになり、日給はわずかだ。


 本番に向けての準備は終わり、バイトは開始10分前に所定の位置に着席することになった。それまでは休憩となり、30分ほど自由な時間ができた。大神は楽屋の方に回ってみた。照明の腕章をしているのでどこへ行っても自由だった。


 個室、大部屋があった。個室には名前が書かれていた。政府の要人が名前を連ねていた。「控室A」に「会長 武宮様」という名札が掛かっていた。その前を通り過ぎようとしたとき、会長室のドアが突然開いた。秘書のような付き人が2人でてきた後、恰幅のいい初老の男が突然現れた。会長だった。大神と鉢合わせになった。その瞬間、大神の体に電撃が走った。体が硬直して動けなくなった。相手の男も大神を見て止まった。しばらくじろじろと見ていた。2人は見つめ合うような感じになった。丸顔で柔和な表情をしているが、知らない顔だった。ただ、どこかで会ったことがある。顔認識と記憶力には自信があったが、どうしても思い出せなかった。会長も首を傾げながらその場を去った。


 総会が始まる直前に3階の照明室に戻って、客席を見下ろした。背広姿の者もいればジーンズの者もいる。金髪に髪を染めた若者もいた。暴力団など「反社会的勢力」と思われそうなグループまであった。全国から集まっているようだが、統制が全くとれていない様子だった。会議が始まる前、会場では大声が飛び交い、がやがやとうるさかった。

 客席の周辺には濃紺のジャンパーを着たスタッフが並んで警備にあたっていた。胸には「J」のマークがついていた。国民自警防衛団の「自警」からとった「J」なのか。

 

 式が始まり、照明を落とすと、シーンとなった。

 武宮会長が挨拶に立った。

 「非常事態宣言は解除された。下河原総理の懸命の働きで、我々の命は救われた。だが、われわれ民警団は常に非常事態の態勢を取り続ける。日本国民が、気を抜いたその瞬間に敵はやってくるのだ。敵が日本に攻め入った時、日本国民を一体誰が守るのか。世界の状況を見ても、侵略者たちは男を殺し、女性、子供をさらっていく。こんな危機的な状況に日本が陥った時に、力を発揮するのが我々民警団なのだ。弱者を守るために命をかけて徹底的に戦わなければならない。命が惜しい奴はいますぐ、ここから出ていけ。民警団を名乗る資格はない」。会長は鋭い目で会場を見渡した。誰も退席する者はいなかった。

 「よろしい。性根の据わったメンバーばかりなので安心した。さらに今以上の力を発揮するためには、各地の民警団の力を結集することが必要だ。ばらばらに活動していてもだめだ。団結が必要だ。東京に全国の民警団を束ねる本部を正式に置くことにする。政権側と密接に連絡を取り合っていく。私はこれまで民警団東京の会長を名乗っていたが、これからは全国組織の会長を兼務する。本部から重要事項の指示を出すので絶対服従をお願いする」

 

 大神は、武宮会長を見ていて再びもやもやした気分になっていた。話している内容ではない。声だ。やはりどこかで会い、話したことがある。この声を聞いていると、嫌悪の気分が増幅していく。

 「化けてやがる」。突然、スポットライトを操作していた照明の主任が独り言のように言った。

 「どういうことですか」。大神が聞いた。

 「整形しているということさ。照明でアップにすればすぐにわかる」

 「化粧ではなく、整形ですか」

 「ああ、そうだ。顎が2重になっているだろう。ほかの皮膚も影の出方が微妙におかしい。照明でアップにすると俺にはわかる。明らかだ。こういう少しやばい感じの会合のトップはいろいろな奴がいるからな。整形したり、厚化粧したりしているもんだ」

 大神自身、変装しているのだが、この主任には見破られていないようだった。

 挨拶を終えた会長は壇上の前の方まで行き、手を振った。そして、あたりを見回した後、自分の席のところまで行き、どかっと座った。

 その動きをじっと凝視していた大神は驚愕した。ある男の名前を思い出したのだ。


 後藤田武士


 父を車ではねて殺した男。元三友不動産社長で、日本防衛戦略研究所(防衛戦略研)の責任者だった。防衛戦略研は、楓の父親である伊藤青磁や社会運動家らを次々に残忍な方法で殺害していった。後藤田は首謀者として警察から追われたが、それを察知して「ウエスト合衆国」の首都に逃げた。その後、中心街を流れる大河を見下ろす広場のベンチの上に後藤田名の遺書が見つかった。

 

 大神はJR品川駅前再開発地の新しくできた劇場で、後藤田に監禁されたことがあった。異常な世界だった。大神は客席に1人でいた。防衛戦略研の幹部が舞台の壇上にそろっていた。後藤田が壇上を歩き回って演説を始めた。そして大神に向かって、仲間になるように勧誘した。すでに殺人集団であることがわかっており、大神は断った。すると、壇上の幹部が近づいて来て、大神の肩をナイフで刺したのだ。その時の傷が今も時々、痛む。

 

 後藤田は当時と顔は全く変わっていた。だが、舞台上を歩いて回る様子で大神はピンときた。

 「自殺したはずの後藤田が目の前にいる」。大神は錯乱状態に陥った。地獄へ真っ逆さまに落ちていく気分だった。

 会長の挨拶の後、鮫島内閣府特別顧問兼国家安全保障局長が来賓挨拶に立ち、ミサイル防衛の必要性を訴えた。続いて、蓮見内閣官房副長官も挨拶に立った。司会は、蓮見のことを「政権の中で、民警団を1つにまとめることに尽力し、武宮会長に引き継いでいただいた方です」と紹介した。

 

 「武宮会長のお話は心強い限りです。敵が攻めてきた時、どうすればいいのか。日本では国民の役割がまだ法律で定まっていない。近いうちに、民警団が民間防衛の中心になるように法律を整備します。世界では今、核シェルターが当たり前になっている。しかし、日本には核シェルターは普及していない。これは大変な問題だ。近く公共的な建物の地下には核シェルターを備えるように指示を出す。新しく建てる民間マンションにもシェルターを義務付ける。シェルターづくりに巨額の予算をつけるので、各地域で監視の目を光らせてほしい。もちろん、監視業務にも十分な予算をつける」と訴えた。新たな利権につながる業務も民警団に任せるつもりのようだ。

 

 下河原総理がビデオメッセージを送っていた。

 「守ってばかりいてもだめだ。攻めなければ。攻めて、攻めて攻めたおす。そんな気持ちでいてほしい。民警団を全面的にバックアップする」

 来賓として大臣がいた。知事や市長も座っていた。経済界の関係者、各種団体の代表もいた。「孤高の党」の幹部が勢ぞろいしていた。次々に壇上に上がっては勇ましい発言を繰り広げた。

 そして、正式に発足した民警団本部(東京)の事務局長に就任することが決まったとして紹介された男が壇上に立った。

 

 江島健一だった。

 亡くなった水本夏樹が住んでいたマンションの所有者だ。「東京に行く」と言っていたが、事務局長になっていたのか。橋詰記者が殺された後、大神は何度も取材しようとしたが連絡がとれなかった。

 「敵が上陸してきた時に一致団結して戦い抜くぞ」と気勢をあげていた。

民警団の結成には、裏で「孤高の党」が支援していた。具体的には活動資金の提供だ。定職のない若者を誘い込み、資金を提供して組織を作らせる。選挙の応援、雑事のほか、非合法な仕事にも駆り出した。そんな民警団の行動に疑問を持った市民の訴えを聞いて動き出したジャーナリストや弁護士には、鉄槌を下していった。


 「大丈夫か」。スポットライトを担当する照明の主任が大神に声をかけた。大神の顔は真っ青になっていた。ぶるぶると震えているのが気になって主任が声をかけた。

 会場では、ミサイル着弾の映像が映し出されていた。直後に自衛隊のヘリが駆け付けて撮影したものだった。山が燃えていた。報道機関にも公開されていない映像もあった。

大神は茫然と見ていた。

 「照明のバイトは初めてなんだろう。疲れたんじゃないか。もういいから今日は帰れ」

 照明主任が声をかけてきて、はっと我に返った。

 「すみません。お先に失礼させていただきます」。大神はそう言うと、大講堂の裏口から外に出た。長居は禁物だった。後藤田が大神の変装に気付いたら一巻の終わりだ。周りはみな敵だ。壇上に連れて行かれ、さらし者にされてしまうかもしれない。

 「J」のマークのついたジャンパーを着た人物から引き止められたが、バイト証を見せて通してもらった。外に出てからはレインコートを着て、大きめの帽子をかぶり目立たないように心掛けた。かなり遠くで待機していたワゴン車に乗って「虹」の基地に戻った。

 井上に連絡し、民警団総会の模様について話した。

 「会長は武宮と名乗っていますが、後藤田だったのです」

 「後藤田って、あの後藤田武士か」

 「そうです」

 「まさか。自殺したのではなかったのか」

 「いや、生きていたんです。日本に帰ってきていたのです」

 「しかし、後藤田は日本では有名人だぞ。指名手配も当然されている。顔も知れ渡っている」

 「整形していたんです。顔は全く変わり別人になっていますが、歩き方、仕草を見れば間違いありません」

 「整形か。よくわかったな。ただ、君が言うのだから間違いはないだろう」。大神が人の顔や仕草についての認識能力が並外れていることを井上は知っていた。

 「君は後藤田に見つかっていないだろうな」

 「実は、舞台裏を回っている時に鉢合わせになりました。しばらくお互いが見つめ合うような感じになりました」

 「後藤田は犯罪サイコパスだ。その能力は計り知れない。君だとわかった可能性があるな。よく帰って来ることができたな。奇跡だ」

 「入念な変装のせいです。とにかく、後藤田が民警団のトップに君臨していることが明らかになりました。民警団の目的は戦時下での民間防衛です。戦争や紛争が起きて、多くの民間人が犠牲になっている現状で、民間防衛を真剣に考える人が出てきています。でも、後藤田がトップに立ったら、組織の目的が根本から変質していってしまう。異常な殺人集団になってしまう。それから橋詰君と一緒に大阪で取材した江島健一が民警団本部の事務局長に就任していました。夏樹さんにマンションの部屋を貸していた大家です」


 「わかった。全国で政権に批判的な人物や団体が襲われる事件が頻発している。実行行為者が民警団の可能性が高まったな。背後に『孤高の党』の存在があることが確実になった。このことは、『虹』のリーダーたちにも伝えておく」


 「殺人鬼である後藤田が、下河原政権では評価されてしまう。戦時下では、政治、ビジネス、犯罪、戦争の境がなくなると言われますが、日本でも現実になってきつつある。私は民警団についてもっと調べます。引き続き、毒物混入事件と夏樹さんのこと、橋詰君殺しについて潜行して調べを続けます」

 「くれぐれも気を付けてくれ。後藤田が民警団のトップだとすると、君の命を最初に狙ってくるはずだ。敵の包囲網が狭められてきている感じがする。個人的には、君はこの基地の中でじっとしていてほしいんだ。内勤でやれる仕事はいくらでもある。だが、君の性格ではそうはいかんだろうな」

 「取材をしていないと、頭がおかしくなります」

 「危険な所にどんどん向かっていく。それが、大神由希か」

 「十分に気を付けます。変装も欠かさないようにします」

(次回は、■アジト襲撃される)

★      ★       ★

小説「暗黒報道」目次と登場人物           

目次

プロローグ

第一章 大惨事

第二章 報道弾圧

第三章 ミサイル大爆発 

第四章 孤島上陸

第五章 暗号解読 

第六章 戦争勃発 

第七章 最終決戦

エピローグ

主な登場人物

・大神由希 

主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。

・下河原信玄 

内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。

・後藤田武士 

元大手不動産会社社長。大神の天敵。国民自警防衛団(民警団)会長に就任していた。

★朝夕デジタル新聞社関係者

・橋詰 圭一郎 

東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。

・井上 諒   

東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。

・興梠 守   

警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物

・河野 進

「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。

・岸岡 雄一

「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。

・伊藤 楓

インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。

・鏑木 亘

警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。

・永野洋子

弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。

・田島速人

永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物

・蓮見忠一

内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        

・鮫島 次郎

内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。

・江島健一

民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。

・香月照男

民警団員。精鋭部隊入りを目指している。

★事件関係者

・水本夏樹

スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。

・水本セイラ

水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。




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