第26話 武器を持った地下の抵抗組織「虹」

北海道北西部への巡航ミサイル着弾以後、政府の指令で、国民の自宅待機が続いた。屋外でのイベントはすべてが中止になった。ミサイルに核弾頭は搭載されていなかったが、いつ核が大都会に飛んできてもおかしくない。政府の呼びかけに国民はただ従うしかなかった。


 テレビは、自衛隊から提供された山林火災の映像、周辺の町の様子、住民の怯えたコメントを流しながら、世界中で起きている戦争、紛争の現状と日本が置かれている状況について軍事評論家を名乗る人物が解説していた。

 着弾から1週間。報道機関によるミサイル着弾現場の取材が認められた。社長会議で出た意見を官房長官が取り入れ、テレビ、新聞、ネットのそれぞれの代表社が決まり、ヘリで現場に向かった。


 だが、距離の離れた小高い丘の上からの撮影しか認められなかった。ミサイル着弾でできた大きな穴が3か所、空いていた。その周囲の木々は焼け、黒焦げになった地面が広い範囲で剥き出しになっていた。ミサイル着弾の衝撃のすさまじさに丘の上に立った誰もが身震いした。ミサイルの破片がまだ残っているのも確認できた。自衛隊員、消防署員による現場調査が続いていた。

 映像はすぐにニュースで流れたが、これまで自衛隊からの提供された映像と比較して、あまり新味はなかった。


 政府によるマスコミへの規制の動きは日々、活発化していった。

出頭命令が出された38人のうち、20人が出頭した。残りの18人は出頭しなかった。大神もその1人になっている。内閣府報道管理局は18人について、出頭拒否とみなし、所属する会社の社長宛に「3日以内に出頭するように社員に業務命令を出せ」との通達を出した。それでも出頭しない場合は、記者は指名手配され、社長が取り調べを受けるのではないかと噂された。

 

 「誤報・虚報調査特別委員会」による紙面チェックも連日続いていた。蓮見官房副長官が統轄責任者で、委員長は電波行政に詳しい「孤高の党」の代議士が就任した。委員は10人。マスコミの大物OB、大学教授、最高検検事OB、評論家、ネット関係者のほかは、国会議員と総務省の役人だった。政権寄りと見られている人物ばかりだった。誤報と虚報の認定基準は明らかにされていない。


 10人が新聞、テレビ、週刊誌、ネットニュースのすべての記事を分担してチェックした。役所や警察などからの申告も日々、集まってくる。最後は全員一致で、誤報と虚報を認定した。明らかな誤報もあったが、どこが誤報なのか当事者にはわからない時もあった。

 

 出頭後の取り調べは容赦がなかった。記事が書かれるまでの経緯、チェック態勢について丸1日、繰り返し聴かれる。いったん帰宅できても、翌日早朝に再び呼び出された。「ノーコメント」は通用しなかった。「取材源の秘匿」の権利はなくなっていた。

 

 大神は地下組織「虹」の作業部屋で、すべてのニュースをチェックしていた。政府の発表も欠かさずに見た。作業部屋にはほかにも3人がいてパソコンを操作したり、書類を読んだりしていたが、互いに干渉はせず、余計な話は一切しなかった。自己紹介もしていないので、どこの誰なのかもわからない。

 

 大神が行方不明になっているというニュースを見た。報道管理局は取材に対して、「出頭命令を出したが、応じていない」とコメントを発表した。鈴木編集局長は「所在がつかめていない」と取材に答えていた。


 「虹」がどのような組織なのかについては、大神に説明はなく、なにもわからなかった。ネットで検索してみても、「虹」ではヒットしなかった。ただ、「抵抗組織」で検索すると、「武装化した抵抗組織が日本にも存在し、全国各地にアジトがある。資金源は不明」と書かれていた。


 資金は、「孤高の党」と対抗する野党勢力からでているのだろうか。権力を握った「孤高の党」が、独裁への道を歩もうとしていることが明白になってきている中で、それを阻止するには、武力を持った抵抗勢力の存在が必要だとなったのか。


 「孤高の党」は、「虹」の存在には気付いていた。警察庁警備局に「虹」のアジトを摘発するチームが、極秘のうちに結成され、蓮見内閣官房副長官が指揮をとっていた。


 大神は「虹」の中で特段の任務、役割を与えられなかった。毒物混入事件の真相を究明しようとしていることについては、井上から「虹」の上層部に連絡してもらった。「毒物混入事件など追っている場合ではないだろう」というのが指導者の大半の意見だったが、井上が粘り強く説得して、結局、大神の取材活動については自由にさせることが決まった。

 

 取材のために組織の建物から外に出るのは許可があれば可能になった。外出先は必ず井上には連絡しておくことと、特殊メーク室で時間をかけて変装することが義務付けられた。専用のワゴン車で移動した。運転手はいつも同じ人物だった。無表情で無駄口をたたかない。格闘家のようながっしりした体格で、「プロの殺し屋」といった風情だった。それでも仮に捕まったり、アクシデントがあったりした場合は、組織は原則として助けにはいかない。自分で起こしたことは自分で責任をとる。それが「虹」の決まり事だった。

 

 大神は、国民自警防衛団(民警団)についての取材を再開することにした。

 「民警団の全国総会が開かれる」というネットニュースを以前、見たことが気になっていた。すでに開催されたのか。あるいは非常事態で延期になったのか。ネットで調べてもわからなかった。

 大神はスピード・アップ社の報道記者、伊藤楓に連絡をとることにした。井上が用心を重ねて楓との間を仲介し、大神が電話をした。


 「大神先輩、今どこですか。生きているんですか。心配しましたよ」。楓が突然の連絡に驚いて聞いた。

 「生きていることは生きている。でも自由はきかない。寝泊まりしているところがどこなのかもわからない。でも心配しないで。敵に捕まったわけではないから。匿ってもらっているという感じなの」

 「匿われるって、どこに」

 「それが、私もわからない。地下の組織であることは間違いないけど」

 「それって、監禁されているということじゃないですか」

 「そうじゃない。潜伏していると言った方がいい。一定の条件はあるけど、取材で出歩くことは許された」


 「その地下組織って、どんな人たちが集まっているのですか」

 「すべてが秘密になっているから、わからないし、わかったとしても教えられない。むしろ知らないようにしている。もし万が一私が捕まっても組織について知らなければ答えようがないもんね。たとえ、拷問にかけられたとしても」

 

 「そんな組織が実際に存在するんですね」。楓はしばらく沈黙した後、屈託なく言った。「水面下に潜む組織のことを記事にしましょうよ。大神由希の迫真の潜入ルポ。売れそう」

 

 大神はドキッとした。「虹」の建物に入った瞬間から、これまで想像もしなかった別世界に迷い込んだ。明らかに現政権を批判している抵抗組織の拠点にいる。この組織の存在をジャーナリストとしての視点から書き込まなくてもいいのか。

 同じ新聞社のデスクである井上に、「虹という組織の存在を記事にして発信するかもしれない」と言ってみたことがある。

 

 「『自由に書けばいい』と言いたいところだが、絶対にダメだ。当たり前だろう。君は取材で潜入したのではない。今、匿ってもらっているのだぞ。その組織を裏切るのか。問題意識を持っていることはわかった。君が素顔で堂々と表の社会で取材活動ができるようになってからにしろ。書く時は書くと当事者にきちんと説明するように。『釈迦に説法』だが、どんな取材先であっても、背中から切るようなことだけはするなよ」。井上は強い口調で言った。

 

 「記事にしましょう」と言った楓に、大神は言った。

 「まだ実情がわからない状態なので書きようがない。しっかりと取材してまずは全体像をつかむようにする。そして取材を尽くす。記事にするかどうかはそれから考える」

 「わかりました。私も組織のことは、聞かないようにします。でも大神先輩は姿を消して正解でしたよ。大学教授や弁護士らマスコミ以外の業界の有識者のうち、政府の方針に反対意見を述べた人たちにも出頭命令が出始めています。取り調べの後、行方不明になっている人もいます」

 

 「ネット情報は見ることができるので逐次、確認している。楓の情報と忠告がなければ私も今頃どこでなにされているかわからなかった。あの世に行っていたかもしれない。ありがとうね。楓は大丈夫なの? 政府批判の記事を書いているようだけど」

 「私のような下っ端は相手にされていないので大丈夫です。ところで今日、連絡もらったのはなにか用事ですか。私にできることならなんでもやりますよ」


 「そうそう、近く民警団の全国総会があるはずなのよ。スピード・アップ社のニュースにも出ていたので気になっていた。この全国総会の様子を見に行きたいの。もちろん、隠密に。総会は、オープンな会合なのか秘密会のようなものなのか。記者が取材できるのかどうか調べてくれたらありがたい」

 「民警団? こんな時に民警団の取材ですか?」。楓も「虹」の上層部と同じ反応を示した。「今は北海道に巡航ミサイルが撃ち込まれて非常事態宣言が出されたばかりですよ。毒物混入事件のことはみんな忘却の彼方。話題にもなっていません」

 「私が今できることは限られている。民警団に絞って取材を進めたいの。あの事件のことがとても気になるの。というか、私の中では、あの毒物混入事件からすべてが始まっているような気がするのよ」


 「大神先輩の勘ですね。外れたことがないという。わかりました。民警団の総会について聞いてみます」

 「ところで、北海道のミサイル着弾はどこの国が撃ち込んだの? 政府の発表やマスコミの記事をみてもはっきりしない」

 「スピード・アップ社に情報が全然洩れてこないんです。河野社長が少しでも知っていれば、ニュアンスぐらいは聞き出せるのだけど、蓮見官房副長官が、この案件の広報をすべて仕切っていて、河野社長は完全に外されています」

 「そうなんだ。」


 「人のことは言えませんが、どの社も取材が甘い気がします。マスコミ規制法に違反して罰則を受けるのが怖いからでしょうか」

 「政府の締め付けがじわじわと効いているようね。報道機関が現地取材に入ったとニュースでやっていたけど、遠方からなのでよくわからなかった。ミサイルの破片らしきものもあったけど、もっとカメラが近づけば、どの国が発射したものかわかるのになって歯がゆかった。でも、わかったわ、その件はいいから、民警団の総会について探ってみて。でも深入りしちゃだめよ、危険だから。わからなかったら不明のままでいいからね。3日後にこちらから連絡する」

「了解です」


(次回は、■整形した男の正体に驚愕)


            ★      ★       ★


小説「暗黒報道」目次と登場人物           


目次

プロローグ

第一章 大惨事

第二章 報道弾圧

第三章 ミサイル大爆発 

第四章 孤島上陸

第五章 暗号解読 

第六章 戦争勃発 

第七章 最終決戦

エピローグ


主な登場人物

・大神由希 

主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。

・下河原信玄 

内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。

・後藤田武士 

元大手不動産会社社長。大神の天敵。


★朝夕デジタル新聞社関係者

・橋詰 圭一郎 

東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。

・井上 諒   

東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。

・興梠 守   

警察庁担当キャップ。


★大神由希周辺の人物

・河野 進

「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。

・岸岡 雄一

「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。

・伊藤 楓

インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。

・鏑木 亘

警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。

・永野洋子

弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。

・田島速人

永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。


★下河原総理大臣周辺の人物

・蓮見忠一

内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        

・鮫島 次郎

内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。

・江島健一

民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。

・香月照男

民警団員。精鋭部隊入りを目指している。


★事件関係者

・水本夏樹

スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。

・水本セイラ

水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。


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