第18話 極秘任務 「民警団」精鋭部隊

 朝夕デジタル新聞社会部記者の橋詰は、毒物混入事件の取材の合間を縫って、朝夕デジタル新聞大阪本社の資料室に入り浸っていた。検索専用のパソコンで気になる資料をチェックしていた。ここでは朝夕デジタル新聞のほか、全国の地方紙の記事のすべてが検索できる。

 富山市で6月に起きた暴力事件のニュースを見つけて読んだ。


 15日午後7時半ごろ、富山市内の路上で、男性が数人の男たちに囲まれ、殴る蹴るの暴行を受け、両足を骨折して全治2か月の大けがを負った。

 富山署の調べでは、男たちは未成年で同じ高校の同級生。けがをした男性は富山新報社会部記者、北陸二郎さん、35歳。男たちは、北陸さんが書いた高校の暴力事件の記事が気に食わないと抗議を繰り返していたが、富山新報から謝罪がないとして、筆者の北陸さんを襲ったらしい。

 

 橋詰は朝夕デジタル新聞社富山総局に電話をかけてデスクから背景を聞いた。

「やっぱり」。橋詰は呟いた。事件で逮捕された男たちは地元の民警団だったのだ。  狙われたのは社会部の敏腕記者だった。

 橋詰はさらに、北海道と沖縄で最近起きた通り魔による殺人事件のケースを調べた。

 記事では被害者の肩書は会社員となっているが、人名で検索したり、取材したりしていくと、地元で知られた報道記者だった。反骨精神が旺盛で、反権力の立場を貫いていた。いずれも犯人は捕まっていない。


 橋詰は大神と朝夕デジタル新聞大阪本社の会議室で2人になった。

 「民警団大阪代表の江島さんを取材して以後、民警団の存在が気になりました。調べると、各地で暴力事件を起こしていて、民警団のメンバーが逮捕されている。攻撃対象はマスコミ関係者で、次々に襲われているんです」。橋詰が短期間で集めた資料を見せながら説明した。

 「なるほど狙い撃ちにされている感じね。いつごろから襲撃は始まっているのかしら」

 「6月ごろからですね。7月、8月と続いています」

 「下河原政権が発足した後ね」


 「狙われているのは、人権、平和を守ろうという趣旨で記事を書いたり、番組を制作してきた報道記者が大半なんです。今の政権側からすれば、目障りな記者ということになる。誰かが全国の民警団に指令を出しているのではないでしょうか。マスコミ関係者を襲撃したら評価するとか、成功報酬を出すとか。毒物混入事件の舞台もマスコミ関係者が集まる大会ですよね。時期はすこし遅いですが、組織的な犯行という匂いがプンプンします」

 「毒物混入事件については予断を持たない方がいいけど、全国的に発生しているマスコミ関係者襲撃事件は、権力がなんらかの形で関わっている可能性がありそうね」

 

 橋詰は引き続き全国で発生している通り魔事件などを調べていった。大神は毒物混入事件の現場となったホテルエンパイヤー大阪に行き、見ることが許されるようになった事件現場以外の防犯カメラの映像を再度、入念にチェックし、気になったところをメモにして、写真に撮った。


 橋詰は10月1日、東京に戻ることになった。出張が長期にわたったための交代だった。

 「大神先輩はくれぐれも気を付けてください。マスコミ関係者を狙う側とすれば、先輩は最初にターゲットになる存在です。なにかあればすぐに駆け付けますから」。橋詰にしては珍しくやさしい言葉を大神にかけて、東京に戻った。

 

 橋詰は、社会部調査報道班で、次のキャンペーンに向けてのネタを仕込むという通常業務の合間を縫って、東京でも民警団について調べることにした。

 現時点で、毒物混入事件と直接の結びつきは取材では出てこなかったが、今の時代を映す社会現象のひとつとしてとても興味のある組織だった。なぜこのような組織が全国で自然発生的に生まれ、急拡大していったのか。

 大神は事件の取材以外にも、マスコミ規制法への対応などで忙しく、東京と大阪を行ったり来たりしている。橋詰は、東京でも継続して民警団を取材していくことについては大神に連絡はせず、時間を見つけて自分一人でやることにした。

 

 民警団を知る最も簡単な方法は、相手の懐の中に入っていくことだ。つまり、入団してしまうことだ。橋詰のマンションのある練馬区の駅前にある民警団事務所には「団員募集 やる気があれば誰でも入れます」という募集案内の掲示があることを見て知っていた。ネットでも活動内容が記載されていた。

 ネットの募集案内に名前を書き込み応募した。自宅の住所も記入した。職業欄には「会社員」と書いた。

 

 すぐに返事が来た。「入団希望の動機」を問われていたので、「自分の家族を自分の手で守りたい」と書いた。今は1人暮らしだが、近く2人になる。マッチングアプリで知り合った女性と何度か会っているうちに意気投合し、結婚を申し込んだところ、OKをもらったのだ。婚約したことを大神には言っていない。これまで、付き合っている女性にふられるたびに、大神から茶化されてきた。正式に籍を入れてから結婚の報告をするつもりだった。

 

 民警団練馬の代表らの面談をへて入団が認められ、「準団員」となった。試用期間とでもいうのだろうか。活動のひとつとして、各地の自治会が主催して行われる「防災訓練」に参加して雑用をこなした。ほとんどが、日曜日や休日だった。終わった後に、「打ち上げ」と称した食事会が開かれ、橋詰も誘われて行った。10人ほどの酒席の場での雑談で貴重な情報が得られることがあった。

 

 ある酒席で、橋詰の隣にたまたま座った男が話しかけてきた。2年前から民警団活動に参加している香月照男だった。橋詰より2歳ほど年上で、地元の清掃会社に勤めていた。人懐っこい性格でほかの地区の民警団活動にもひょいひょいと顔を出す腰の軽い男だった。「街の情報屋」と言われるほど地元で起きた出来事の裏情報を仕入れるのが早く、民警団の内情にも詳しかった。


 橋詰は先輩風を吹かす香月から気に入られ、別の日に酒に誘われて駅前の居酒屋に2人で行った。香月はここで働く女子店員がお気に入りだった。近くに住む大学生で週2回、夕方にバイトに入っているという。飾り気のない地味な人だった。

 「あの子、かわいいだろう」。香月が酎ハイを飲みながら言った。「九州の田舎からでてきたんだって。俺、デートに誘おうと思っているんだ」

 「いい感じの子ですね。もうアタックしたんですか」

 「一度、近くの喫茶店でお茶したんだ。彼女が午後6時にバイトを終えて出てきたところを誘った。俺が民警団で空手を教えていることも言った。お前のことも話した。この前なんか、あの子が料理を運んできた時に、手と手が触れ合ったんだ。というか意識して俺が触れるようにしたんだ」

 「反応はどうだったんですか」と橋詰が聞いた。

 「笑っていた。あれは脈がある」。香月は顔を赤くしながら、バイトの女子大生の方をちらちらと見ていた。


 「香月さんはどうして民警団に入団したのですか」。橋詰が話題を変えた。

 「誘われたんだ。高校時代の先輩に」

 「なんて誘われたんですか」

 「暇だったら手伝えとね。俺、背が低くてやせっぽちだけど、実は空手の有段者なんだ。得意技は、かかと落としだ。団員に空手を教えてやってくれと言われたんだ。今、週2回、計4時間教えている」

 「いいバイトになりますね」

 「何言っているんだ。すべてボランティアだ。金なんか受け取れるかい。民警団の規則の中に『常に体を鍛えること』という項目があるだろう。お前も普段から空手とか柔道とか習ってないといざ敵が襲ってきた時になんの役にも立てないぞ。空想平和主義者とか気に食わない。主張するばっかりで、体を鍛えていないからな。頭でっかち野郎ばかりだ」。評論家やマスコミを標的にしてさんざん、こき下ろした。

 「ところで、お前はなんの仕事をしているんだ」

 「まあ、普通のサラリーマンです」。ここで記者だと言えば、殴られるのではないかという勢いだった。橋詰はまた話題を変えた。

 

 「民警団に入団するにあたって支払った参加費は3000円でした。こんなに少ない額でよく運営ができますね」

 「『孤高の党』のおかげだ。なにかと補助金がでているらしい」

 「ほんとですか。どれぐらいの額の補助金をもらっているのですか」

 「額までは知らん。相当な額にのぼるようだ。民警団専従の幹部連中はその金で毎晩、酒飲んだり、カラオケ行ったりしているわ」

 

 「なんで『孤高の党』は補助金を出すんですかね」

 「そりゃ、選挙があるからだろう。選挙になれば俺たちは忙しくなるぞ。戸別訪問からポスター張りから、選挙カーの運転手までなんでもやらされる。支援する候補者に投票する人を増やして名簿を作り、陣営に提出するんだ。厳しいノルマが課せられる。言ってみれば『集票マシーン』だ」

 「選挙で手伝ってほしいから国の税金をばらまくというのはちょっとおかしいのではないですか」

 「何言っているんだ。お前も反体制、エセ平和主義者みたいなこと言っていたら放逐されるぞ。『孤高の党』の国会議員や地方議員を増やさんといかん。そして、『いざ、鎌倉』の精神だ。有事の時に、命を投げうって国民を守る。党からすれば先行投資だ」

 

 「香月さんは、『孤高の党』のどこが気に入っているんですか」

 「代表の下河原総理は国を守ろうとはっきりものを言うところがいい。気概がある。日本の国を外国の攻撃から守る。この当たり前の思想を実現するためにあらゆる手段を講じていこうというのが『孤高の党』だ。今の日本は外国が攻めてきたらお手上げだからな」

 「国民保護法は成立しましたよね」

 「あの法律は欠陥だらけだ。緊急時に民間人が戦うという規定が抜け落ちている」


 「香月さんは民間防衛について詳しいですね」

 「民警団主催の講義を受けたんだ。ためになるぞ。長くやっていればそんな機会がくる。とにかく憲法を早急に改正すべきなんだ。国防なき憲法が存在する限り、日本は無力だ」

 「なるほど」

 「それと、『孤高の党』は過激なところがある。そこが俺の性分に合うんだ」

 「過激ですか。詳しく教えてくださいよ、なにが過激なんですか」。酒が進み、香月は相当酔っていた。

 「政治には表と裏がある。『孤高の党』は抵抗勢力を力でねじ伏せていくんだ。だが、表立ってはできない。だから、裏の部分を俺たち民警団が担うんだ。鉄拳でな。抵抗勢力に鉄拳をくらわしてやるんだ」

 「えっ、鉄拳ですか」

 「そうだ、鉄拳制裁だ。日本を最強国にするためには必要なんだ。反対する奴はぶちのめす」

 「物騒ですね」

 「それが我々の仕事だ」


 「抵抗勢力をぶちのめすと補助金が倍増するとかはないんですか」

 「そういう話もよく聞くが詳しい話は上層部しか知らない」

 「そうなんですか。先輩はぶちのめしたことはあるんですか、ひ弱な奴らを」

 「まだだ。だが、間もなくお呼びがかかる」

 「どこからですか」

 「選りすぐりの精鋭部隊からだ」

 「そんな部隊が存在するんですか」

 「ある。民警団東京に精鋭だけが集まる部隊があるんだ。必要があれば、殺しだってやるらしい。俺は空手の有段者だから呼ばれれば、すぐにリーダーになるだろう。肩書があれば、力も金も手に入る。あの女もなびいてくると思う」

 「ばっちりですね。精鋭部隊って、どんな組織なんですか」

 「よくは知らない。関心があるなら自分で調べろ」

 「どうやって調べればいいんですか」


 「お前はまだ試用期間だからな。これがパスワードだ。民警団のホームページから上級団員だけが閲覧できるページに飛ぶことができる。そこになんでも書いてある。精鋭部隊も隊員を増やしているところだ。とにかく、お前も精進していれば大事な仕事がまわってくるから。まあ、精鋭部隊は無理だろうがな」

 「民警団全体のトップは誰なんですか? 誰が仕切っているのですか」

 「会長と呼ばれる人物がいるらしいが正体不明、謎の男だ。妖術も使えるという噂だが、俺もよう知らん。ハハハ」


 香月と別れて自宅に戻った橋詰はパソコンで精鋭部隊について調べた。香月から聞いたパスワードを使って閲覧した。


「緊急募集 団員限定。国を守る気概と腕力に自信のある者は集まれ。極秘任務の遂行で、手当は月30万円。成果ごとに別途支給あり。随時試験あり」とあった。


橋詰の取材は一気に進んだ。だが、取材対象に深入りするのが早すぎた。


(次回は、■相棒橋詰の悲劇)

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