第17話 国民自衛防衛団大阪代表

 大神は、大阪府警本部長との食事会の翌日、社会部の1年後輩で東京から一緒に応援に来ている橋詰記者と会った。そして、今後の取材の応援を頼んだ。橋詰は相変わらずホテルの会議室に交代で詰めていて、当番ではない時は暇そうにしていた。


 「勘弁してくださいよ。大神先輩に付いて行ったら、命がいくつあっても足りない。みんなが先輩のことをなんて言っているか知っていますか。『事件を呼ぶ女』ですよ。私は事件の前に『大』を付けたいですね」

 「結構よ。『大』でも『巨大』でも付けてちょうだい」

 橋詰の口の悪さはいつものことで、やる気のなさをみせて面倒くさそうな仕事をスルーしようとするが、もともと記者センスは抜群で、興味を持ったことについては並外れた取材力を発揮して結果を出してきた。大神にとってこれほど心強い相棒はいなかった。安田大阪府警本部長や滝川キャップとの信じられないやり取りの後では、橋詰からいくら悪態をつかれても、むしろ心地よい気分になるのが不思議だった。


 大神は夏樹やセイラに取材した内容や安田府警本部長との食事会でのやりとりを丁寧に話した。

 橋詰が強く関心を示したのは、安田府警本部長が大神に対して「大神さんがどこでどんな取材をしているのかも逐次報告していただけるとありがたい」と言った点だった。捜査側が、記者の動きに神経をとがらせたり、「捜査妨害をするな」と言ったりすることはよくあるが、組織のトップが「記者の行動を報告してくれ」と言うなんて聞いたことがなかった。

 

 「なんだかんだと言っても、結局大神先輩の行動確認をしておきたいということなのではないか。本部長は大神先輩に会うことを内閣官房副長官に伝えているんですよね。本部長は、毒物混入事件での情報交換に重きを置いていても、内閣官房副長官の方は、別の狙いがあるような気がしますね」


 橋詰の鋭いところだった。大神は「入手した情報をすべて提供する」という滝川の発言にかっときて頭に血が上ってしまい、他の言葉の意味まで分析できていなかった。

 「セイラは捜査本部の事情聴取に対してなにも話していない。だから、セイラが私に言ったことを聞き出したいという単純な理由なのかと思っていた」

 「夏樹さんが亡くなってしまった後は、セイラが事件解明のキーマンになっている。完全黙秘されている警察が少しでも情報を欲しがるのはわかるが、決してそれだけではなさそうだ」

 

 「夏樹さんの死にも不自然なところが多い。他殺の線も捨てきれない」

 「謎だらけですね。とんでもない背景がありそうだ」

 「とにかく、なにかあるのよ。そのなにかを探っていく。だから手伝ってね。君の鋭い嗅覚と粘り強さがなければ、とうてい解明できないから」

 「いつもこれだ。信じられねー。でも先輩、本気だしてきましたね。夏樹さんが亡くなったことで落ち込んでいるかと思っていた」

 「落ち込んだわ。私の責任は大きいと思っている。でも、府警本部長と話して、かえって真相を究明しなければと思うようになったの」

 「でた、『真相究明』。この言葉が飛び出したら、先輩は手が付けられない。付いて行けるかどうかわかりませんが、手伝いましょー」


 2人で夏樹が住んでいたマンション周辺の聞き込みを始めた。静かにひっそりと暮らしていたようで、隣近所との付き合いはなかった。セイラは小学校でも寡黙だったようだ。頭は抜群によくて、どんなテストでも100点以外はとったことがないほど優秀だった。IQテストでも全国でトップクラスの数字を出して教員の間で話題になったらしい。大阪府教育委員会の委員がセイラを見るために学校まで来て、授業を後ろから見学したという。


 聞き込みではめぼしい成果はなく、夏樹のマンションの所有者にあたることになった。江島健一といい、夏樹が1階に住んでいたマンションの最上階の5階の一室に1人で住んでいた。

 

 夕方、江島の部屋を訪ねると快くリビングに通してくれた。40代前半という感じか。

 「夏樹さんがこのマンションに入居した時の経緯を教えてください」と大神が言うと、「経緯もなにも、前の入居者が出て行ったので、駅前の賃貸管理会社に入居者募集の登録を出したら、1か月もしないうちに、入居希望者がいるという連絡があり、会社から書類が送られてきた。それだけです」

 

 マンションは江島の父親から遺産相続したものだった。ほかにも複数のマンションやアパートを所有しているという。家賃収入だけでも生活できるが、自動車販売セールスマン、生命保険会社の営業マンのほか、飲食店のコック見習いなど職を転々としていた。

 「まさか、夏樹さんが亡くなるとは。入居時に一度だけ挨拶にきたことがありますが、言葉を交わしたのはその時だけでした。ホテルでの毒物混入事件と関係があるのですか。マンションは一時、マスコミ関係者に取り囲まれて大騒ぎでした。近所の人から私の方に苦情がきましたよ。夏樹さんが重要参考人だったという朝夕デジタル新聞の記事は誤報だったのですか。それでは一体誰が混入したのか。私も気になっています。記者のみなさんはすべてを知っているのでしょ。その上で書けることだけを書く。あとは全部、秘密にして取材相手との交渉材料に使っている。友人がそう言っていましたけど本当ですか」。江島はよくしゃべる男だった。


 「肝心なことはなにもわかっていないので、こうして取材しています」と橋詰が言った後、「夏樹さんが美容液商法の水本夏樹さんだったことは入居当初から気が付いていましたか」と聞いた。

 「いえ、知りませんでした。とにかく家賃収入が定期的に入ればよかったので、どんな人かは気にしませんでした」

 「夏樹さんだと知ったのはいつですか」

 「毒物混入事件でニュースになってからです。ネットを見てびっくりしたんです」


 橋詰がマンション周辺で聞き込みをした情報だと、江島はもともと地区の消防団に参加して熱心に活動していた。その後、団員有志で、国民自警防衛団(民警団)大阪を結成し代表となった。

 民警団を名乗るグループが日本で最初に結成されたのは3年前だった。世界有数の軍事力を持った「ノース大連邦」が隣国に攻め入り戦争になったことで、日本で防衛論争に火がついた。

 その時期に、沖縄で高校の同級生9人が集まって、グループをつくった。9人は商店街で暴力事件を起こして逮捕されたが、その際、自分たちの所属するグループについて国民自警防衛団を名乗った。他国が攻めてきた時に自分たちの手で日本を守ることができるようにするというのが団結成の目的であるとしていた。こん棒やナイフを堂々と持ち歩くなど武装化していった。

 

 この暴力事件が全国ニュースで流され、ネットで拡散された後、似た集団が各地でポツンポツンと結成され始めた。地区の若者たちが集まったグループ、消防団などが母体になった組織から、市町村など公的機関が支援する公共性をもった団体など各地でばらばらの組織体だった。中には、愚連隊や半グレのような素行の悪い者たちが数人集まっただけのところもあった。反社会的勢力のメンバーらが参加するところもあった。それぞれ国民自警防衛団の支部を勝手に名乗った。そして民警団同士で訓練と称して集まったり、互いの縄張りを主張してけんかや暴力事件を起こしたりしたケースが増えていった。


 この動きに「孤高の党」が注目した。戦争になって他国が攻め込んできて本土決戦になった場合を想定し、民間人で組織された団体の必要性について党内で活発な意見がでていた時期と重なった。党の防衛担当者がテレビの討論会で、民警団を名指しして、「日本の防衛の一端を担ってもらう」「参加人数に応じて補助金を出す」と発言。これがきっかけとなって全国各地で支部が乱立していった。


 橋詰が確認の意味で聞いた。

 「江島さんは、国民自警防衛団大阪の代表をされておられるのですか」

 「よくご存じですね。さすがは新聞記者。取材する相手について事前に調べているのですね。その通りです。もともとは自衛隊に入るつもりだったのですが、親が病気になって、マンション経営の仕事を継がなければならなくなり入隊できなかった。今の日本は敵に攻められ、地上戦になったら終わりです。紛争地ではミサイルが飛び交っていますが、最終的には地上戦で雌雄が決します。民警団は訓練を重ねているので、地上戦で力を発揮して戦います。子供、女性、家族、国民を守るためです」

 「大阪で結成したのはいつですか」

 「1年前です。工業高校時代の友人を誘って数人でスタートしたのですが、今では大阪府内で80人を超えています。団員を増やすのに相当頑張りました。これからは武器を持たなければ。『孤高の党』の政策の中に、『民警団にも武器を』という項目があり注目しているんです」


 「民警団の支部は各地でトラブルを起こしているというニュースを見ました。国内で暴力事件を起こすことは問題ではないでしょうか」と橋詰が聞いた。 

 「御存知のように、民警団と似た目的の組織、団体はほかにもあります。野党が応援している、理論ばかりが先行しているやわな連中の集まりです。いざ目の前に武器を持った敵が現れたら、逃げ出して全く使い物にならないでしょう。我々民警団は違う。普段から体を鍛え上げ、いつでも戦えるメンバーが集まっています。思想信条の違う他の団体とのちょっとしたいざこざはあっても当然のことなんです」。江島は民警団の話になると、熱く語った。


 「本業をしながら大阪の民警団をまとめていくのは大変なのではないですか」。橋詰が抑え気味に聞いた。

 「マンションの経営収入とかバイトとかで忙しくしていますが、気持ちとしては民警団活動が中心になってきています。俺みたいな取り柄のない男でも人の役に立てるというのは本当にうれしいし、生きがいになっています。民警団はこれまで各地でばらばらだったけど、これからは、『孤高の党』の指導の下で全国組織としてまとまっていくことになる。私は東京に行くつもりです。大阪での活動が評価されて、東京に来てくれないかと誘われているんです。近々、本部が正式に結成される予定です」

 「どの点が評価されたのでしょうか」

 「みんなをまとめる力でしょうか。会員数をどんどん増やしていった。そこらへんかな」

 

 大神と橋詰は2時間ほどして江島と別れた。

 「江島さんの言っていることはすべて本当なんですかね」。橋詰が独り言のように言った。

 「わからない。毒物混入事件のことを気にしているわりに、夏樹さんのことについては何も知らないと言う。大家であり、しかも自分と同じマンションに住んでいるのにね。変だなとは思った」

 「ウソ発見器にでもかけたいぐらいですよ。すべて用意していた原稿を読んでいるような感じでしたね。表情を変えずに淡々と話す姿は不気味な感じさえしました。でも、民警団活動には相当熱心に取り組んでいるようですね。話している時の目の色が変わっていました」


 2人で、駅前の賃貸管理会社を手分けして当たったが、夏樹を江島に紹介したという会社はどこにもなかった。「江島はうそをついているのではないか」。釈然としない気持ちをかかえたまま、2人は引き上げた。


(次回は、■極秘任務 「民警団」精鋭部隊)

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