そういうもの

 君は天使を見たことがあるだろうか。

 西洋では死者を導く存在として白い羽、白い衣に身を包んだ存在がポピュラーな天使像だろう。アジア圏、とくに日本では地獄の獄卒、鬼や閻魔大王は有名であるが「天使」となると西洋ほど根強いイメージはないのではないか。

 

 唐突だが私は天使を捕まえた。


 今ガラスケースの中で不快な羽音をたてている全長15cmほどの謎の生物がそうだ。

 気でも狂ったのかと疑問に思うのもごもっともだ。だが真実そいつは自分の口で言ったのだ、「私は天使だ」と。

 6本の虫脚と薄く透き通る羽、どう見ても大きな羽虫にしか見えないその身体には人間の赤ん坊みたいな顔が付いていた。醜悪な怪物。

 どう見てもこの世の物じゃない。

 そりゃそうだ、さっき私のベランダに降り立ったコイツは天使なんだから。


 思わずガラスケースに閉じ込めてしまったが、こういう生物を捕まえた場合どこかに届出が必要なのだろうか。何もわからないまま、もう1時間ほどベランダで立ち尽くしている。

 天然記念物に指定されるような生き物は捕まえることが禁じられていると聞くが、この「天使」もそうなのかもしれない。


「私は天使だ」


 天使はうわ言のように同じ言葉を繰り返すばかり。どうしたものか。

 知らぬ振りをしてこのまま空へと帰すべきなのか。


「そういう時期なんですよ」


 ふいに隣のベランダから女性の声がした。


「どういう時期なんです」


 私が訊ねると、顔も知らない隣人は苦笑しつつ続ける。


「毎年来るんです。誰も口に出さないだけで、みんな知ってるんです。あなたは初めてなんでしょう?」


 何たることだ、私が無知なだけであったとは。

 コイツは夏の終わりに人の元にやって来てはこうして嘯くのだという。

 私は隣人に礼を言うと、教えて貰った通り「天使」に砂糖を振りかけるとそのまま空へ離してやった。

 こうすることで何があるという訳では無いが、そういう風に決まっているそうだ。


「そういう、時期か」

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