やまびこ

 山登りが好きなN氏は、その日も山へ登ってきた。

 景色を一望すると、きまって「やっほう」とありったけの声を出す。

 するとややあって「やっほう」とかえってくる。

 山頂で自分のやまびこを響かせるのは、その山を制覇した気分になれるため好きだった。



がん。がん。がん。


 隣室から響く鈍い音でN氏は目を覚ました。

 時刻は深夜2時、疲れていた彼は文句を言う気力もなくそのまま目を閉じた。


 翌日、N氏はうっかりしてベッドから転がり落ちてしまった。


がん。がん。がん。


 大きな音をたてて、シーツごと床に落ちてしまった。

 目眩を覚え、軽く頭を振る。すると隣室から壁を強く叩かれた。


ごん。ごん。


 何事かを呟くような声も聞こえる。

 昨日はお前も、あんなに騒がしくしたくせに。N氏は機嫌を悪くして、そのまま眠った。


 次の日、N氏はふと思い出した。そういえば隣室の住人は一ヶ月前に失踪した、と。ではあの物音は何だったのか。


 その夜、N氏は思い切って壁を叩いて確かめてみた。


ごん。ごん。


「誰か、いるのですか」


 すると隣室から「やめろ!やめてくれ!」と鬼気迫る声がする。

気味が悪くなり、布団へ滑り込んだN氏だったが、頭は冴えるばかりでよく眠れない。


「まてよ、そういえば昨日もこの時間に壁を叩かれた気がする。ベッドから落ちたときも前の夜に同じような音を聞いた…それにさっきの声、よくよく思い返してみるとあれは私の…」

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