チャンス

 旅行先のとある路地裏で、S氏は露天商に捕まった。


「もう離してくれないか、僕は少ない給料を貯めてやっとここに来れたんだ。土産ならちゃんと土産屋に売っているものを買うよ」


 S氏は足早に去ろうとするが、露天商は袖を掴んで離さない。


「いやいや、そこらの土産屋じゃウチみたいな商品は取り扱ってません。まぁ話だけでも聞いてください。聞いてもらって、それでも買いたくなければそれで構いませんから」

「本当だろうね、君」


 S氏は立ち止まり、露天商の話を聞くことにした。 


「それで、君は何を売っているんだい」

「ええ、ドリームキャッチャーってのを売らせていただいてます」 


 それを聞いてS氏は怪訝な顔をする。 


「ドリームキャッチャーだって?そりゃインディアンのお守りじゃなかったかい。何だって日本の田舎町でそんなものを旅行者に売りつけるんだ君は」

「話は最後まで聞いてくださいよ。ドリームキャッチャーは確かに海外のある部族のお守りですがね、ウチで売ってるのは一味違うんです。ウチのはチャンスが来ると、ひとりでに鈴が鳴るんです」


 チリンチリン、と露天商はわざとらしく鈴を鳴らしてみせる。


「貧乏な旅行者だからって馬鹿にされちゃ困るな。今どきその手の話は流行らないよ」

「いやいやいや、本当の話ですよ。いいですか、チャンスってのはいわば最も良い流れってヤツです。その流れは突然起きるもんじゃない、風が吹けば桶屋が儲かるって言うでしょう。ちょっとしたきっかけが膨れ上がり、長い時間をかけてあなたの目の前に転がってくるんです。例えば、帰り道に老人が苦しんでいる。周りにはたくさんの人がいるが、誰も助けようとしないので貴方も放っておくことにした。ところがどうです、その老人は実はある財閥のお偉いさんで、助けた人間は謝礼に金一封、なんてこともあるんです」

「ますます胡散臭いな。結局何が言いたいんだ」

「チャンスは流れって私言いましたよね。このドリームキャッチャーはその気流を読むんです。よぉく見てください、この鈴の形。複雑な形をしているでしょう。これが良い気の流れを読んで、ひとりでに鳴るってわけです。もしあなたの目の前で老人が苦しんでいるときにコイツが鳴ったら、そりゃ助けて恩を着せるチャンスってわけです」

「どんな行動をするべきかは教えてくれないのか」

「行動するべきときにコイツは鳴るんです。普段なら素通りするようなちょっとした出来事でも、ドリームキャッチャーが鳴ったらチャンスって訳です」


 ひとしきり聞いて、S氏は財布を取り出した。


「ふむ。例えはともかく、なかなか面白い商品じゃないか。一つ貰おう」



 翌日、S氏は買ったドリームキャッチャーを鞄に着け、帰路についた。

帰りの電車を待っていると、不意に鈴が鳴った。


「おお、さっそく鳴り出した。どうやらあの男の話は嘘ではないらしいな」


しばらくすると電車がやってきた。

ブレーキが壊れ、その車体を脱線させて。

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