波乱の旅の始まり
砂埃を巻き上げながら急発進する車体を男の指先が掠めた。
私はその様子をバックミラーで確認しながらノールックで後部扉の開閉ボタンを押して扉を閉める。
捕まえ損なった男たちが、馬で車を追いながら物凄い形相で何かを叫んでいるのが視界に映った。
けど、絶対に碌なことを言ってないし、放っておこう。
無視を決め込もうとしたその時、男の掲げる剣先から火球が放たれた。
「ハァッ!?」
1m近い炎の塊が迫るのを見て、ハンドルを大きく切る。真横に火球が着弾し、そこそこに激しい爆炎を発生させた。
「あつっ……!」
開け放たれた窓から身を焦がすような熱気が流れ込んで来る。
どう安く見積もっても直撃したら大火傷確定の熱量だ。
車に当たったら……廃車、とまではいかなくとも走行不良を起こすくらいにはダメージを受けると思う。
そうなったら、お終いだ。
突然開始された逃走劇に、ハンドルを握る手に力が籠る。
バックミラーを見やれば、今度は二人同時に火球を飛ばしてきた。
殺意の籠った攻撃の避け方なんて教習所で習っているわけもなく、とにかく大きく蛇行するように走って攻撃が外れるのを願うしかなかった。
右で爆発、左で爆発。あと数mズレていたら吹き飛ぶような状況に私は堪らず悲鳴を上げる。
「ひぇえ! 勘弁してよ、もう!」
こちとら軽自動車ですよ!? こんなアクション映画みたいな走り方、想定されてないって!
容赦のない爆発を肌で感じながらアクセルをべた踏みした。
私の期待に応えるように車はグングン速度を上げていき、100km/hを超えて男たちとの距離を空けていく。
火球すらも置いてけぼりにして、あっという間に男たちがゴマ粒くらいにしか見えないくらいにまで引き離した。
男たちが追いつけず、火球による追撃も来ないとわかってようやくアクセルを緩めることができた。
それでも60km/hを維持しつつ、ホッと安堵の息を吐き出した。
な、なんとか逃げ切れた。あぁ、怖かった……。本気で死ぬかと思った。
鯨との遭遇もそうだけど、ここに来てまだ数時間しか経ってないのに波乱万丈過ぎない……?
戦々恐々としながらも、一息つく余裕はできた。まだ絶対に安心とは言えないけど。
後ろはサイドミラーで警戒するとして、バックミラーを少し動かして後部座席を確認してみる。
一人用テントや寝袋など、キャンプ用品で雑多になっている中に埋もれるような恰好で呆然とするエルフの子供の姿があった。
「えっと、大丈夫?」
私が声をかけると、エルフはハッとして姿勢を正す。
「た、助けていただきありがとうございます」
「どういたしまして。それであなたは、誰なのかな。どうして襲われてたの?」
「ボクはルルーベル・ラ・アーニスです。巡礼中、盗賊に襲われてしまって」
ボクっ子エルフだ! けど、巡礼って……? 高価そうな服を着ているとは思ったけど、宗教関係の子なのかな。
というか、さっきの男たちって盗賊だったんだ。やっぱりそういう野蛮なのもいるわけね……。
襲われたのは金品狙いでかな。
「よければ、あなたのお名前を教えていただいてもいいでしょうか?」
おずおずとエルフの子、ルルーベルが問いかけて来る。
表情には不安が現れていた。というかなんか怖がってる?
そこで自分がいろいろ考えて黙り込んじゃってたことに思い当たる。
そりゃ自己紹介したのに返答がなかったら不安になるよね。
自分の行いを反省しつつ、出来るだけ明るく私も名乗った。
「私は矢方由二(やかたゆに)、東京でしがないOL勤めしてる、ただの一般通行人よ」
「ヤカタ・ユニ様、ですね。トーキョー、オーエル、とはどういう意味なのでしょうか」
案の定、ルルーベルは東京やらについては知らないみたいだった。
まあ念のための確認としてね。日本語通じるし、異世界じゃなくてタイムスリップ系かもしれないじゃない?
大昔の日本に空飛ぶ魚とかエルフがいたかは知らないけど。
「意味がわからないなら気にしないで。肩書きみたいな物だから。それよりも、ルルーベルさん? その耳って、やっぱり普通の人とは違うのよね?」
私の質問にルルーベルは自分の顔に触れると、慌てた様子でフードを被る。
「これは、その……はい。ボクは、亜人種です」
おぉ、聞き慣れない言葉だけど、やっぱり普通の人間とは違う種族みたいだ。
「あの、お願いです。どうか一緒に連れて行ってもらえないでしょうか。次の街まででいいので、追い出さないでください」
「追い出すって、そんなことしないよ!?」
静かに、けれど必死なのは伝わって来る物言いに思わず声が大きくなる。わざわざ乗せたのに放り出すわけないじゃないの。
「あー、もしかして亜人種って差別されてたり?」
獣人とか、よく阻害されてるイメージがある。この世界でもそういう傾向があるのかもしれない。
「……はい。酷いとその場で殺されてしまうこともあるらしいと。ボクも話で聞いているだけなのですが、絶対にフードを取って出歩くなと厳しく言われました」
だからさっきからちょっとびくついてるのか。こんな可愛い子に酷い事するなんて世も末だわ。この世界に来てまだ数時間しか経ってないけど。
「安心して、私は亜人種だからって酷いことするような人間じゃないから。むしろ私の方が助けて欲しいんだけどね」
「そうなのですか? 何かお困りごとが……?」
「信じてくれるかわからないんだけど、実は私、こことは違う世界から来たの」
「違う世界……この不思議な乗り物も、ヤカタ様の世界の物ということですか?」
「そうよ。やっぱり、こっちじゃ車は無いのね」
ということは文明はそこまで発展していないんだろう。それにしても、思ったよりビックリしないことが意外だった。
「もしかして、何か知ってたり?」
「何かの本で別の世界から来た人間の話を読んだことがあります。お伽話、ですけど」
「その本ってどこにあるの?」
「それなりに大きな街に行けば読めると思います。恐らく、巡礼に行く教会にもあるかと」
「だったらもうそこに行くしかないわね。こっちに来て最初に会ったのがあなたでよかった。ルルーベルさんは幸運の神様ね!」
「か、神様だなんてそんな……」
「あ、そういうのダメなのかな。何はともあれ頼もしいわ。じゃあ、さっそく前に来て道案内、お願いできる?」
「は、はい。わかりました」
後ろから追っ手が来ていないことを確認しつつ、ルルーベルを助手席に移動させて、私の――私たちの旅は幕を開けた。
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