ドライブ合間の世間話①

「ヤカタ様は、こちらにいらして日が浅いのですか?」


 しばらく原っぱを走り、車にも慣れたのかルルーベルが話しかけてきた。

 前を見ながら私は質問に答える。


「日どころか、つい数時間前よ」

「えっ! そうなのですか? クウギョを飼っているので、てっきりもう長いのかと……」


 言いながらルルーベルはさっきまで物陰に隠れていたトビーを振り返る。

 というかクウギョって言うんだ。字にしたら空魚、かな。まんまだな。


「この子に会ったのもついさっきだよ。なんか空飛ぶ鯨に追いかけ回されてたのが居着いちゃったの」

「空飛ぶクジラって……雲クジラですか!?」


 突然、身を乗り出さんばかりに興奮するルルーベル。


「わわっ、どうしたの急に」

「あ、す、すみません……少し興奮してしまって」


 自分の失態を恥じるようにルルーベルは身を引いて頬を赤く染める。

 ビックリはしたけど、そんな縮こまらなくてもいいのに。


「その、雲鯨って珍しいの?」

「はい、とても。いつもは雲に擬態してて、滅多に人前には現れないって、本に載ってました。いいなぁ、ボクも見てみたかったです」


 そう語るルルーベルはこれまでの畏まった佇まいから一変して、年相応の子供のように目を輝かせている。


 最初こそ、襲われた恐怖や得体の知れない乗り物におっかなびっくりって感じだったけど、今は興味の方が勝ったみたいだ。

 子供特有の感受性か、それとも襲撃に慣れてるのかな?

 何はともあれ、いつまでも怖がられるよりは全然いい。


「あの鯨ってやっぱり珍しいんだ。じゃあ食べられかけた私ってメチャクチャ不運だったってこと?」

「えっ、雲クジラって人を襲うのですか?」

「いや、空魚の群れの逃げ道にたまたま私がね。トビーもその時に――」


 そんな話をしていれば、『ビュォオーーー!』と突風の音が耳朶を打つ。

 だけど窓から入ってくる風は大人しく、音とは乖離している。そして後ろではバタバタとトビーが忙しなく暴れ始めた。

 そういえば雲鯨が車の後ろを通過した時もこんな音が鳴っていたような。


 食べられかけた恐怖体験を思い出していると、フロントガラスで雨粒が跳ねた。それは次第に激しくなり、瞬く間に土砂降りになった。


「わぁっ!? なになに!?」


 空にはいくつか大きな雲は漂っているものの、清々しいほどの晴天。なのにこの雨の量はなんだ。

 驚いている間に、ピタッと雨は止む。本当にバケツをひっくり返したような雨だった。


「凄い雨だったね。どこから降って来たんだろ」


 私は空を見上げる。少なくとも頭上に雨を降らしそうな雲はない。


「こういう晴れている時に降る大雨を”雲クジラの水吹き”って言うのですよ」

「へぇー、こっちにもそういうのあるんだ。私の世界だと”狐の嫁入り”だよ」

「どうしてキツネがお嫁に行くと雨が降るのですか?」

「私もよく知らないんだけど、晴れてるのに雨が降るのは、狐が晴れに見えるよう化かしてるから、だったかな」

「そちらの世界ではキツネも魔術を使うのですか!?」


 心底驚いたってリアクションが微笑ましすぎて、にやつきそうになる顔を必死に抑え込みながら頷く。


「そうよ。ちなみに狸も魔術を使ってくる」


 正しくは妖術だけど、概念的には一緒だろう。いや、妖術も実際にあるかわからないけどね?


「凄いのですね。トーキョーという所は」


 何か偏った知識を与えてしまったけれど、まあいいよね。確認なんて出来ないし。

 話は盛れるだけ盛ると良いってお婆ちゃんも言ってたし。


「こっちの世界だと人ってみんな魔術的なのを使えるの? さっきの盗賊たちは普通に火の玉撃って来てたけど」

「基本的に魔導具さえあれば誰でも使えます」

「なら、私でも魔導具があれば魔法が使えるのかな」


 杖を振って光の球出したり。炎や雷を纏った武器とかも……うぅん、ロマンがある。


「えっ、この乗り物は魔導具ではないのですか?」

「違う違う。これは車っていう、科学の結晶。魔術的なモノで動いてるわけじゃないの」

「科学、ですか? 蒸気で動いているのですか?」

「うーん、蒸気じゃなくて化石燃料……蒸気の何段階か先の科学かな。私も詳しくはわからないの。ごめんね」

「トーキョーには不思議な物があるのですね」


 感嘆の声を出しながら、ルルーベルは興味津々に車内を見渡す。

 蒸気機関があるなら車もありそうだけど、この子の反応を見るにあまり普及はしていなさそうだ。

 盗賊に追われていた時に乗っていたのも馬だったし、移動手段はまだ馬車が主流なんだろう。

 ひとまず私と車の優位性は保てそうでよかった。


「ところで、ルルーベルさんは何か魔導具を持ってるの? 見せてくれたら嬉しいな」

「あ、いえ、ボクらのような亜人種は魔導具がなくても魔術が使えるので、持ってないです。すみません」

「じゃあ、あなたは素手で魔術が使えるってこと? 凄い! どんなの? 風とか操ったりできるの?」

「えっと、ボクは結界魔法しか……」

「結界……敵の攻撃を防いだりとか?」

「いえ、そういうのではなく、魔物を寄せ付けないようにするだけで、外部からの干渉を防ぐような効果はありません」


 魔物! やっぱりそういうのもいるんだ。


「もしかしてトビーも魔物だったりする?」

「空魚は魔物じゃないです。ちなみに雲クジラも魔物ではないですね。魔物は普通の生物とは違って、変異した魔子(まし)から発生する生物のことです」

「マシ……? なにそれ」


 聞き覚えのない単語を耳にして聞き返す。


「空気中に漂うエネルギーのことです。とても小さくて普段は目視で確認はできないのですが」


 私の世界で言う粒子や原子みたいな感じかな。それの魔力版的な、この世界特有のモノなんだろう。


 「その魔子は稀に視認できるくらい溜まることがあって、さらにそこから変異すると魔物になります。ボクも本で読んだだけなので、あまり詳しくはないのですが」

「あ、そういえば上半身が鷹で下半身が馬の動物を見たんだけど、もしかしてそれも魔物?」


 異世界に来たことを認識させられた記念すべき第一生命体だったのに、二連続で死にかけてすっかり忘れてた。


「ヒポグリフですね! 襲われなかったのですか?」


 また少しルルーベルのテンションが上がる。もしかするとこの子は生物系の話がすきなのかもしれない。


「威嚇はされたけど、車で近づいたら逃げちゃった。見慣れない物を見て驚いたんだと思う」


 だけど話を広げられる会話のタネを私は持ち合わせていなかった。


 いくら魔物でもこんな得体の知れない物体が走ってきたら恐怖でしかなかったんだろう。

 というか、魔物と対面してたって結構危ない状況だったんじゃ?

 もし生身だったら、きっと成す術もなく食べられちゃっていたんだろうな。


 やっぱり私の相棒は頼りになる。死にかけカウントがまた一つ増えちゃったけど。


「あっ! 見て虹が出てる!」


 ふと、青空の中に七色の……じゃないな、もっと色が多い。けどとにかく虹が見えて私は叫ぶ。

 さっきの”雲鯨の水吹き”が原因だろうか、空にはとても見事な虹の橋がかかっていた。


「うわぁ、凄い。ボク初めて見ました」


 そうなんだ。もしかして虹がかかるのも珍しいのかな?


 まるで私たちの旅を祝福してくれているみたい。なんて、三回も死にかけてなかったら思えたんだろうなぁ……。


 ただ、ルルーベルと出会って幸先は良くなった、のかな?


 虹のかかる青空の下、お互いの世界のことを話しながら、車は野原を軽快に進んで行った。

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