第18話

    ◇


「やめろ!蒼空!」


「蒼空!落ちつきなさい!」


「お兄ちゃんやめて!」


「そーちゃん!」


 耳を刺すような悲痛な叫び声が響き渡る。

 しかし蒼空の耳には、まるで遠くで聞こえる喧騒のように、空虚に響くだけだった。

 今の蒼空の目の前には、豊川という父の仇の姿しか映っていなかった。


 頭の中は、血液が逆流するかのように怒りの波が渦を巻いていた。

 蒼空の手の中で、豊川は小刻みに震えている。

 豊川を締め付ける指に更に力が込められていく。


『すごいね蒼空! 将来は僕と同じ学者になるかもしれないね』


 瞼の中で、優しかった父の姿が泡のように現れては、また消える。

 かつて温かな笑顔を向けてくれた父。


 父を奪ったのはこの男だ。


 母は蒼空や妹の前では気丈に振る舞っていたが、夜遅くになると一人で泣いていたのを蒼空は知っている。


 色羽も家族を悲しませまいと、無理をして明るく振る舞っていたのを蒼空は知っている。


 全ては目の前のこの男が引き起こした悲劇だった。

 そして今度は色羽まで――。


 思考が途切れ、眼が熱くなる。



 蒼空は豊川の首を締める指の勢いを強める。

 すると、豊川の全身が虹色の炎に包まれ始めた。


 不思議なことに、その炎は蒼空には一切伝わってこなかった。


 そして、豊川の両腕の爪が勢いよく弾け飛んだ。

 豊川は苦悶の表情を浮かべるが、首を押さえられているので叫ぶことが出来ないようだった。


 そうしているうちに、豊川の体には異変が起きていく。


 右腕はシワだらけの小枝のようにみるみる細くなった。

 逆に左腕はぶくぶくと肥大化し、今にも破裂しそうな勢いで膨張している。


 謎の圧力が加わったかのように豊川の両足が何度も折れ曲がる。

 そのたびにボキボキと骨の折れる音があたりに響いた。


 豊川は痛みに耐えかねたのか、泡を吹いて白目をむいている。


「蒼空!お前ェ、このままだとほんとに人殺しになっちまうぞ!」


 翔が叫んでいる。


 でも、この男を殺せるのであればそんなことはどうでもよかった。


 もう少しだ。あとほんのもう少しで――。


 心の中でそう呟いた瞬間、後ろで駆け足の音が聞こえた。

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