第3話

 その後、蒼空は翔と別れ、そのまま家に帰宅した。


 自室に戻った蒼空はそのまま持っていた荷物を放り投げ、ベッドに寝転ぶ。そして、ただ眠るわけでもなく、天井を眺める。


 ヒナこと七草陽菜とアヤノこと藍森彩乃は、蒼空と翔の幼馴染だ。


 皆、家が近かったので幼少期は4人でよく遊び、それからも高校大学と進学しても定期的に4人で集まっていた。


「まさか、七草さんに彼氏ができるとはなぁ……」


 翔の言う通り、彼女は今まで付き合ったことがないという方がおかしいのだ。


 彼女は、今まで告白してきた男を全て斬り伏せてきた。

 その数は優に100を超えるのでは無いだろうか。


 幼稚園から中学校まで一緒だったが、彼女は多い日で1日5回も告白されたという話を聞いたことがある。


 本人に聞いてみたところ実話とのことだった。


 また、高校に入っても定期的に、告白されたという話を本人から聞いていた。


 本人が断る理由は、いつだって「他の人に興味がない」からだそうだ。


「ようやく興味が出てきたってことなのかな…………はぁ……」


 大きくため息をつく。本来なら友人として、祝福すべきことなのだろう。

 しかし、蒼空は全く喜ぶことができそうになかった。


「そもそも、告白する勇気すら全く無い僕が、こんな感じなのはおこがましいって分かってる。でも、やっぱ落ち込むよなぁ……」


 誰もいない自室の天井に向かって話しかける。当然ながら返答は返ってこなかった。

 この感情を意識したのはいつからだろうか。


 ――いや、最初からなのだろう。


 無理矢理に翔によって連れられ、初めて陽菜の家へ遊びに行き、そこで初めて彼女と出会ったとき。


 一目惚れだった。

 彼女が初対面で翔の影に隠れてオロオロしてる僕に笑顔で話しかけてくれたときのことは今でも覚えている。


 まるで太陽のような、温かみを感じる笑顔だった。


「はぁ……僕キッッモ……」


 考えれば考えるほど自分が気持ち悪くて自己嫌悪に浸ってしまう。


 こんなことなら先に告白しておけばよかったのだろうか……などと思うが、そんな勇気があれば今頃自分はこんな風になっていない。


 それに付き合いの長いからと言って、告白したところ絶対に振られるに決まっている。


 そもそも、彼女にとっては自分は恋愛対象ではないのだと思う。


 幼馴染というのもあるのだろうが、彼女は蒼空のことを弟のように見ている節があると思っている。


 蒼空はあまり背が高い方ではなく、顔も童顔なので、大学に進学してからも夜中に歩いていたら警察に補導されかけたことが何回もある。


 それに自分はどんくさい方だ。

 だから、自分の容姿と相まって彼女は弟のように見ているのではないかと推測していた。


 そんな自己嫌悪と思考のループにどっぷり嵌っていると自室のドアの向こうから「お兄ちゃーん、ちょっと来てー」と自分を呼ぶ声が聞こえた。


 ベッドから飛び起き、自室を出て階段を降りると、ミディアムヘアでポニーテールの少女――妹の小鳥遊色羽たかなし いろはが玄関前で急いで靴を履いているところだった。


「お兄ちゃん、頼みがあるの。今日お母さんにお兄ちゃんと一緒に買い物へ行くように頼まれてたんだけど、私今から友達と遊びに行くから、1人で行って来てくれない? お兄ちゃんどうせ予定も何もないでしょ? ね、お願い!」


「予定が何もないは言いすぎでしょ……。はぁ……分かった、僕が代わりに行くから早く友達のとこ行ってきなよ」


「さっすがお兄ちゃん! リビングのテーブルの上にメモが置いてあるから、それを見て買ってきてね! それじゃっ」


 そう言うと色羽はすごい勢いで家を出ていった。


 我ながらいつも妹に甘いなとは思うのだが、たった1人の妹なのだ、別にこれからも対応を変えるつもりはない。


 色羽の言う通り、どうせやることもなかったのと、鬱屈とした気分を解消する良い気分転換になると思い、蒼空は言われていたメモを取りにリビングへと向かった。

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