チェンジ・ディレクトリ

大星雲進次郎

チェンシディレクトリ

「見てくれ、僕にもとうとうチート能力が発現した」

 朝の通勤電車で。毎朝会う同僚のアキラが、結構な声量で話しかけてきた。

 ちょっと黙ってくれないだろうか?俺が毎朝のこの時間は、ラジオ「ゆうなたんの召喚しちゃうぞ!」を聞いているのはお前も知っているだろう?今日こそ俺のメッセージが読まれるかも知れないのに、邪魔をするな!因みに俺のラジオネームは「ユフィの足パタパタが好き」だ。

 しばらく放置していたら、周りの客から俺に非難の視線が集まってきた。何故だ。アキラが俺に向けてしゃべり続けているのに完全無視しているからだ。当たり前だろう?アキラの妄言などゆうなたんの息継ぎ音と比べたら……いや、比べることすら不遜だ。

 しかし、乗客同士知らない中でもない。これからも迷惑を掛け合う戦友ともだ。最低限は協力しなければなるまい。

「アキラ、降りたら聞いてやるから、少し黙ろうな?それにチート能力を自慢して、お前を利用しようとするあいつらがまた動き出したらどうする?」

 アキラははっとして我に返った。そして周囲に詫びた。

 あと二駅。

 他路線の電車と併走する区間で、俺はいつもの隣の電車のいつもの窓のいつもの美少女と見つめ合う。お互い目は逸らさず、笑顔もない。なんの勝負だよ。

『墓場前~墓場前~』

 俺たちが降りる駅。名前はアレだが結構なビジネス街で駅前にはオシャレなコーヒーショップから汚い居酒屋まで全ての社畜にマッチする店がある。物語のような環境だ。

 俺達はその中のどの店にも入ることはせず、牛丼屋の横で自動販売機のコーヒーを飲んでいる。当然店員からは睨まれているが、リヴァイアサンの召喚ムービーに比べれば、恐ろしくもない。だいたい俺は吉派なのだ。

「で、どういうことだ」

「お前にだけは話しておこうと思ってね」

 アキラは周囲を見回し、誰にも聞かれていないかを確認する。もう手遅れだろうが。


「実は昨夜、スキルが発現したんだ」

「スキルってあの、魔法が使えるとか、ハーレム体質になるとかの、アレか?」

「そうそれ」

 誰にでも一つスキルが現れる……とかいう世界ではない。たまに「アンタそれなんてスキル!?」っていう人はいるけどね。

 そして自分から言う奴は大抵……。

 おっと、アキラは俺の数少ない知り合いだ。悪く言うのは止そう。

「僕の能力は」

 左手の人差し指と中指の間から覗く左目が赤く輝く。

 何で赤いかは気になるが、アキラ落ち着こう。そのポーズは往来ではしてはだめだ。 

「平行世界を渡る力、「チェンシディレクトリ」だ。まあ、名前の意味は分かんないんだけどね」

 フォルダー世代には分かるまい。DOS2でディレクトリが実装されたときの、あの興奮を知らない世代では、分かるまいよ!フォルダー?それじゃ意味わかんないだろ?だから無意味な階層がどんどん生まれちゃうんだろうが!

「その能力は、もう使ったのか?」

「いやいや、さすがに怖くてさ。お前に付いてきてもらおうかなって」

 アキラの想像では、世界の無数の分岐点をたどり、歴史のIFを自分の都合よく操作する力なんだとか。見せてもらった「ステータスパネル」!にはアキラが言ったとおり、平行世界を渡る力……としか書いていない。

 しかし、俺の予想ではそうではない。世界を渡る力なのだろうが、隣の世界はこの世界の分岐世界ではない。だって作りかけとか、前バージョンのファイルって、普通同じフォルダとか、その下とかに入れておくだろう?

「ちょっと見て帰ってくるだけだから、ね?」

「バカ!お前」

 アキラと俺の身体が光り出す。

「カレントディレクトリはメモしたのか……!」

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チェンジ・ディレクトリ 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G

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