「第九話」嫌いになれない

 いい医者を知っているから、と。つい先程激戦を繰り広げていた戎坐の案内のもと、舞香たちは町中をゆっくりと歩いていた。


 「なぁ、本当に担がなくて大丈夫か? 骨折れてるだろ、それ」

 「うっさいわね、自分で歩けるっつの」

 

 舞香は自分の脇腹をかばいながらため息をついた。

 

 (ほんと、何がどうなったら自分の骨折った男に助けられなきゃいけないのよ……漫画じゃあるまいし)


 まぁ、【奇跡】を持っていないくせにこの国の頂点にして守護神である【国神】を目指そうというのだから、あながち自分もそっち側だよなと舞香はため息をついた。

 今日だけで舞香は何度ため息をついているのだろうか? 彼女自身はそれに気づいていないし、それが彼女の人生を大きく変えた鞍馬命花という故人に対する憧れから来るものだという事実を、彼女は知る由もない。


 「おっ、ここだここだ」


 そう言って戎坐は目の前の建物に突っ込んでいった。舞香が顔を上げると、そこには立派な寺があった。それを見た針川は首を傾げながら、舞香にこっそりと耳打ちした。

 

 「医者がどうとか言ってましたけど、なんか怪しいツボでも買わされるんですかね?」

 「あんまりそういう失礼なこと言わないほうがいいわよ」


 だが、怪しいというのはまぁ事実だった。

 医者がどうとか言われて付いてきたのはいいものの、連れてこられたのは寺……しかも結構大きめの寺だ。おまけにここは【出雲神在月祭】の指定区域に含まれているので、深く考えなくても”まんまとおびき寄せられた”という可能性は十分に考えることができる。


 (私だけなら逃げられるし、針川には申し訳ないけどここで待っててもらうしか……)


 ドォン。

 風、風圧。寺の内側から吹き飛んでくる屋根の瓦、木材、それらに取り囲まれるように宙を舞い、そして地面をゴロゴロと転がってきたのは……なんと戎坐だった。


 「っ、戎坐!?」

 「わぁぁぁっ!? な、なんだあの大男ぉ!?」


 舞香が戎坐のもとに駆け寄ろうとして、針川が寺の方向に指を指して悲鳴を上げていた。直後、彼女は底から発せられるとんでもない存在感と怒りに鳥肌を立てたのであった。


 (なに、この)

 「……ふぅ、ふぅ」


 寺の中から、大岩がズシンズシンと顔を出す。

 否、それは岩などではない。人だ、筋骨隆々にして上背も横背も兼ね揃えた、大きな大きな袈裟を着た大男だったのだ。


 「かーいーざーぁぁぁぁぁぁああぁぁああああ????」

 

 手の壁に風穴を開けたそれは、曲がっていた背をぐいっと伸ばして舞香たちを睨みつける。


 「ひっ、ひぃい……こっち見たぁ……!」

 「っ……!」


 やるしかない。

 舞香は痛む脇腹に腹を括れと命じ、腰に差していた小刀の柄に手をかけた。──だが、大男はすぐに舞香の方ではなく、その真反対側の方にぶっ飛ばされノビている戎坐の方へと歩みを進めていく。


 「ばっ、化け物だぁ……舞香サン逃げましょう!」

 「は、はぁ!?」

 「刀が一本しか無いんすよ!? そんな状態であんなのに挑んだら死にます! しかもアレの狙いは僕らじゃない、あのヤンキーだ!!!」


 舞香は黙った。黙らせられた。

 そうだ、そうに違いない。元からここに来た事自体意味がわからないし、結果的にではあるが舞香たちにとってはこの状況は危険極まりない……こんな場所につれてきた戎坐を助ける義理はないし、助けてもメリットが有るかどうかも分からない。


 ──拳を交えたらそりゃあもう戦友だ。だから俺はお前を助ける、筋通ってるだろ?


 「……あーもうほんっ……とぉ!」

 「えっ、舞香サン!?」


 一度返した踵をさらに返し、舞香は勢いよく走り出す。戎坐に手を出そうとするお男の胴体へ、思いっきり体当たりじみたドロップキックを叩き込む!


 「──うぶぅ」

 「っ、飛べぇ!!!」


 寺の方へと蹴り返し、舞香はその場に着地する。


 「なにしてんすか舞香サン! こんなことしても……」

 「うっさい!」 


 ああ、確かに。

 なんてバカなことをしているのだろう。時間もない、脇腹もメチャクチャ痛い……こんなことをしてもなんの意味もない。なのに。


 「友達が殺されかけてるのよ!? 助けなきゃ、駄目でしょうが!!」


 舞香はこのノリの軽い善意のカタマリを、嫌いになんて……見捨てることなんてできなかったのだ。

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