「第八話」戦友

 神裂舞香。伽藍戎坐との戦いに勝利し、現在の所持命玉翠は合計四つ。

 だが、舞香自身も無傷というわけにはいかなかった。

 

 「つぅ……」

 

 蹴られた脇腹辺りを押さえながら、舞香はゆっくりと立ち上がった。決着が付いてから数分経っていくらかマシになってはいたが、それでもズキズキと患部が痛みを訴えている。


 (あんまり派手には戦えないわね。……最も、戦うための武器が片方無いんだけど)

 

 舞香は心のなかで溜め息をつき、ほんの少ししか刀身の残っていない大刀を見た。

 彼女は一つの勝利と引き換えに、自らの武器である刀の片方を失ってしまった。それほどに伽藍戎坐の【奇跡】は相性が悪く、サブウェポンである束縛布が無ければ確実に負けていたほどだった。


 これから先、もっともっと戦って勝たなければならない。時間も余裕も無い、誰よりも早く命玉翠を百個集め……その上で【出雲大社】に向かわなければならない。

 こうしている間にも、他のライバルは着々と命玉翠を集めていっているに違いない。


 「舞香サン、大丈夫っすか……?」


 声。

 舞香がそちらを向くと、針川が不安そうな顔を向けていた。


 「……えっ? ああ、うん」

 「そうですか、よかった。すげぇ怖い顔してたんで……傷口、やっぱ痛みます?」

 「全然大丈夫! って言ったら嘘になっちゃうかな、うん」

 

 舞香には痛みに強い自信があったが、今回のはとても痛かった。患部を擦ってみて激痛が走るのを鑑みるに、恐らくどこかしらの骨が折れているのだろう。


 「すみません、僕のせいで」

 「へ?」

 「僕が、僕がこんなところに連れてきたから……舞香サンも、刀も」


 針川は拳を握りしめた。自分のせいで、自分の浅い考えに基づいた行動のせいで舞香が負傷したことを、戦う術を失ったことを悔いていたのだ。


 「……はぁ」


 舞香は浅いため息をつき、針川の頭をクシャクシャに撫でた。


 「えっ、あの?」

 「君はそのぐらい素直な方がいいよ」


 ぽん、ぽん。

 舞香は掌が擦っている頭が、やっぱり子供なんだなということを静かに確かめながら言った。


 「刀が駄目になったのも、怪我をしたのも全部私の責任。あんたはなんにも悪くないから」

 「でも、でも……」

 「ズルズル引きずるのはやめなさい! さぁ、取り敢えずここ出るわよ。そこで泡吹いてるミノムシくんがまた襲ってきたら溜まったもんじゃないですもの」

 「あ!? ミノムシ!? どこにいるんだ!?」


 声。

 振り返るとそこには、束縛布から解き放たれていた戎坐が立っていた。


 「なぁ、ミノムシなんてどこにもいねぇんだけど」

 「……はぁ」

 「んぁ? どうしたんだよ神裂、ため息したら幸せが逃げるんだぜ?」


 舞香は深い溜め息をつき、目の前の敵を睨んでいた。

 

 「ま、舞香サン……」

 「……参ったわね」


 自分一人だけならなんとか逃げられる。だが、針川を担いで逃げるとなると脇腹の痛みを庇いきれない……万が一追いつかれでもしたら、冗談抜きに金的以外での勝ち目が無くなってしまう。


 万事休すか。

 そう思っていた舞香に、戎坐は小首を傾げた。


 「なぁ、早く行こうぜ」

 「は?」


 戦うとか、リベンジとか、復讐とか。

 戎坐の態度はそういうのじゃなくて、もっとこう別の……むしろ真逆のベクトルのものだった。


 「……何言ってるかわかんないんだけど」

 「だーかーら、ここから出るんだろ? 立ち止まってねぇで早く行こうって言ってんだよ」

 「まるで私達についてくるような言い方ね、あなた」

 「? そうだけど」


 舞香はため息をついた。


 「言っとくけど、私はしばらく戦えないわ。命玉翠が目当てなら一個あげるから、さっさと……」

 「違うっての! だーもうめんどくせぇなぁ……っと!」

 「えっ? あっ!? はぁっ!?」


 なんと、戒坐は舞香を後ろから担ぎ上げ、米俵のように軽々と背負い込んでしまったのだ。

 

 「うわぁぁぁ舞香サァン!? お前……離せっ! 離せよぉ!」

 「よっ、嫁入り前の女の子に何すんのよ!? ヘンタイ! ケダモノ!」


 向けられる怒り、敵意。

 戒坐はようやく自分がどのような勘違いをされているのかをなんとなく理解し、そのうえでゲラゲラ笑い出した。


 「ハッ! 別にそんなつもりはねぇよ、俺はただ……俺のダチを助けてやりてぇだけさ」

 「はぁ!? 誰があんたなんかと友達ですって!?」

 「? 知らねぇのか?」


 針川の必死の攻撃を片手でいなしながら、戒坐はニイッと笑った。


 「拳を交えたらそりゃあもう戦友だ。だから俺はお前を助ける、筋通ってるだろ?」


 言葉だけなら、意味がわからないものだったはずだ。

 しかし舞香はその声を聞いた。この戒坐という少年の声には、悪意や敵意などではなく純粋な善意や親しみしか無かったのである。


 「……はぁ」


 それこそ、突っぱねるのに罪悪感を覚えるほどに。──故に舞香は、ため息をついた。


 「一人で歩けるわよ、バカ」


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