「第七話」油断は金的
戎坐の身体は赤熱していた。極限まで熱せられた鉄のように、眩い光を放ちながら。
「ああそうそう、戦う前に一個伝えとくんだが……俺の【奇跡】は”赤熱”だぞ」
「……は?」
舞香は警戒しながらも疑問を、困惑を覚えた。何故ならこの少年、戎坐は勝負事において最も自らの不利を招く愚行を犯したからだ。──【奇跡】の開示。”相手は自分の能力が分からない”という初見時のみの圧倒的アドバンテージを自ら手放すことの意味が、舞香には全く分からなかった。
「ん? あー別にこれ作戦とかじゃねぇぞ?」
そんな舞香の顔をゲラゲラ笑いながら、戎坐はひょうたんの酒を飲み干した。
「まぁそんなに気にすんな。これは俺がフェアにやりてぇだけだからよ、だって俺だけお前のこと知ってるって不平等だろ?」
「不意打ちだのフェアだの、正々堂々としてるのかしてないのか分かんないわね、あなた」
「ははっ、まーただの気分だしな。だって──」
爆発。光の。
残像が、描かれる。
「──その方が、楽しいだろ?」
早かった。
「『二刀居合』──」
先程よりもなお、戎坐の動きは早かった。──しかし、それよりも早く舞香の両腕は二刀の柄を掴んでいた。そのまま、大きく一歩を踏み出す!
「──”豪叉”ッ!」
大刀を振るい、小刀でそれを更に叩き押す! 舞香が抜き放った二重斬撃の威力は相乗され、更に一歩踏み込んだためその威力は凄まじかった!
交差した刃が迫る。それを目の前にした戎坐の行動は、なんと避けではなく迎撃もない……ただ、ただただ笑っているだけだった!
(このまま、押し切る!)
舞香の二つの刃が迫る。
迫る。──振り切る。しかし、戎坐は傷一つ付いていなかった。
「は?」
「ドォラぁっ!」
呆気に取られ隙だらけの舞香の脇腹を、戎坐は回し蹴りで吹き飛ばした。近くにあったメリーゴーランドに突っ込み、バチバチと機械類が漏電し始めている。
(な、なんてやつだ……)
腰の抜けていた針川はその一部始終を、最も近い場所で見ていた。そしてその真実をも理解した、何故斬撃を受けたはずの戎坐が傷一つ付いていないのか、その真実を。
(あの野郎、刃が触れた瞬間に刀身を全部溶かしやがった!)
そう、それが真実であった。
戎坐の【奇跡】である”赤熱”はその名の通り体温を異常上昇させる能力。その表面温度は約3,000℃であり、鉄など一瞬でドロドロに溶かしてしまう超高温だったのだ!
そして、それは、あろうことか舞香の大刀の刃が戎坐の肉体に届くより前に──ドロドロに、溶かしてしまっていたのだ!!!!
「っ、ぅう……!?」
舞香もまた、その事実に気づいていた。痛みに悶えながら、刀身が溶け落ちた大刀の柄を強く握りしめながら。
「丈夫なやつだなぁ、3,000℃だぞ? 服になんか細工してあったとしても、普通は泣き喚くだろ」
戎坐はニヤリと笑った。楽しそうだった、そこに悪意はなかった……ただただ純粋に、新しいおもちゃを見つけた子供のような笑みだった。
「お前、楽しいなぁ」
再び戎坐は舞香の方へと突っ込む。猪のごとく、獲物の喉元に向かって食らいつく猛獣のごとく!
「はぁ、はぁ……!」
舞香は布に巻かれた右腕を押さえながら、向かってくる戎坐を睨みつけていた。
針川は動けなかった。怖くて、恐ろしくて、何も出来やしなかった。
「もっと遊ぼうぜぇ、神裂ィ!!!」
「……!」
赤熱した腕が、鉄をも容易く溶かす灼熱の腕が迫る。
刀の片方は駄目になった。脇腹への蹴りのせいで直ぐには立てない。針川はその絶望的な状況を見て、完全に詰んでいるという事実を認めざるを得なかった。
舞香は俯いていた。ただただ、自分の右腕の包帯を握りしめながら。──そして、顔を上げて笑った。
「……いいえ、遊びは終わりよ!」
「っ!?」
その瞬間、舞香は右腕の包帯をぎゅっと引っ張った。直後、戎坐の身体が空中に固定される、いいや縛られていた! 見えない何かに、光学迷彩を使用した舞香の腕に巻いている包帯によって!
(これは、罠!?)
ふっ飛ばされたあの瞬間、舞香はメリーゴーランドに右腕の包帯による罠を張っていた。必ず戎坐が突っ込んでくることを読んで、そこだけに賭けて。
「自分が優勢だと油断しちゃうわよね。分かるわ、私もよく師匠にそこを治せって怒られてたんですもの」
腰の痛みを庇いながら、舞香はゆっくりと立ち上がる。戎坐も藻掻くが布は千切れない、体温を異常なまでに上げるが……燃えるどころかびくともしない。
「さぁて、蹴られた部分すっごく痛いんだけど……どう落とし前つけてもらおうかしら?」
既に刀は使えなかった。
故に、舞香は原始的かつ……最も効果的なお仕置きを実行した。──蹴り上げる美脚。つま先は丁度、戎坐の股間にぶら下がった二つの玉に突き刺さった!
「──うっ」
響く衝撃、鈍く広がっていく冷たい痛み……如何に肝の座った戎坐であっても、そこから気を失うまでには十秒しか保たなかった。空中に縛られながら、ぐったりと白目を剥いて気絶してしまった。
「ざまぁ見なさい、クソ坊主」
脇腹あたりを押さえながら、舞香は中指を立てた。
その様子を物陰に隠れながら見つめていた針川は、ただ一言。
「……おっかねぇー」
自分の股間のあたりを押さえながら、顔を真っ青にしていた。
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