「第四話」静かな敵意
神裂舞香。伊達丸風牙との決闘に勝利し、現在の所持命玉翠は合計三つ。
結果的にプラスマイナスゼロのスタートを切ることになった彼女は今、再び住宅街をゆったりと歩いていた。
「……ねぇ」
特に変なところは無い。
ただ一つ、針川和という少年が付いてきていること以外は。
「アンタ、なんで私についてきてるワケ?」
「え〜? それ、聞いちゃいます?」
針川はふざけた感じで解答を濁らした。
舞香はため息をついた。勢いで助けたまではよかったものの、まさかこうなるとは思っていなかったからである。
と、いうか。
「私、アンタが命玉翠取ったこと忘れてないから」
「あーえっと、その……メンゴ!」
ギッ! 擦れる金属音のような眼光を向けられ、針川は思わず後ずさる。
「……ご、ごめんなさい」
「素直でよろしい。さぁ、そろそろ私から離れてくれるかしら? プレイヤーでもないあなたに構ってあげられるほど、時間に余裕がないの」
「そいつはぁ無理な話だぜ姉御!」
「あっ、姉御!? やめなさいよそういう呼び方!」
「舞香サン! なんてったって僕は、アンタに惚れちまったんだからな!」
両者の間に沈黙が生まれる。
舞香は言葉の意味をしばらく理解できないまま、かちんこちんに固まっていた。
「……惚れた?」
「ああ! もう頭からずっと離れねぇ!」
針川は一切の迷いなく舞香にそう言い放った。
その瞬間、舞香の脳内はパニックに陥った。
(えええええちょっと待ってちょっと待って!? 惚れたってことは好きってことだよね? ってことは私って今告白されたの? 会ったばかりの年下の男の子に?)
これは針川の知る由もないことではあるが、舞香は生まれてこの方恋愛というか異性と話したりする機会があんまり無かったのである。そのため舞香はウブであった。
「……えーっと、その。私に付いてくるのって……?」
「そりゃあ勿論一番近くで見ていたいからっすよ!」
「そ、そうなんだ……やだなー! こんな事言われたのハジメテー!」
「そうなんすか!? みんな見る目無いなぁ、あんなに綺麗な剣捌きを今まで誰も褒めなかったなんて!」
「いやぁ照れるなぁ! ……なんて?」
舞香の煮えた頭の中に、一つ氷が投げ入れられた。
「だって舞香サン、あんなやばい【奇跡】を剣術だけで完全攻略してたんすよ!? もっと自信持っていいと思うけどなぁ」
「……あー」
なるほどね、と。舞香は静かに納得し、また舞い上がっていた自分のバカさ加減に猛烈に恥を感じていた。
そりゃそうだ、そうに決まっているだろ。会ったばかりの女、しかも年上をこんなバカ正直に好きだ惚れたとか言うわけがない。
(大体私も私よ! なんでちょっとドキドキしてたのよ、クソが!)
舞香は深く長いため息をつき、少し早歩きで進み始めた。針川は慌てて舞香の後を追いかけ、再び隣に並んで歩いた。
「あの、なんか僕変なこと言いました?」
「べっつにぃ〜? なんでもないですけどぉ〜?」
八つ当たり、悪意マシマシの返事をした舞香は再びため息をついた。
針川はそんな舞香の態度に小首を傾げながら、とりあえず場の雰囲気を誤魔化すために次の話題を投じた。
「ところで舞香サンって、なんでここらへんを歩いてるんですかね?」
「はぁ? なんでってそりゃ、他のプレイヤーを探すためよ。戦って勝たなきゃ、命玉翠は手に入らない……ってあれ、何よその顔」
呆れながら物を言う舞香だったが、ふと針川の顔を見て思わず言葉が途切れた。引きつっていたというか、ピクピクと眉間にシワが寄っていたのである。
「何よ、私なにか変なこと言ったかしら?」
「いやぁ、なんと言えばいいんですかねぇ……あはは」
まるで呆れてものも言えない、といった様子だった。これには流石の舞香もムッとしたのか、少し強い口調で針川を問い詰めた。
「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」
「えーっ。じゃあまぁ、聞くんですけどね舞香サン。本当に……本っ当に、こんな場所で他のプレイヤーが見つかると思います?」
「なにが言いたいのよ」
「単純に、ですよ。ここは元が集合住宅だから戦いにくくないですか?」
針川が言いたいのはつまり、”こんなところに魚は一匹もいないんだから、そこに釣り糸を辛抱強く垂らし続けても無意味だぞ”ということである。
「……確かに、そうかもしれないわね」
「でしょう? だからさっさと指定区域の中でも戦いやすい場所、つまり他のプレイヤーがいっぱいいそうな場所に移動したほうがいいっすよ」
「そうねぇ……うーん、でもどこがいいとか検討もつかないわね」
舞香はうーんと悩んだ。なにせ【出雲神在月祭】が始まってから指定区域の中でも色んな場所を点々としていたが、地元から遠く離れたここらへんは未踏の地であり、土地勘がなかったのだ。
そんな舞香の背中をつつき、針川は笑った。
「へへっ、それなら僕に任してくださいよ! ここ、僕の地元なんで!」
「えっ、ホントに!?」
「いいカモ……じゃなくてぇ! プレイヤーがいっぱいいるとこ知ってますから!」
ちょっぴりボロを出した針川は、まるで糾弾から逃げるように走っていく。
「……ほんとに大丈夫なのかしら」
他に頼る相手もいないこの状況にため息を付き、神裂舞香は小走りでその後を追った。
(まぁ、相手は一人だけだし……どうにかなるか)
物陰から静かな敵意を寄せ続けている気配に、気づきながら。
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