川に魅入られた男

隣乃となり

やり直し

 ほとんど奇跡みたいなものでしたね。



 あの川との出会いは。




 あの日は、死のうと思っていたんです。


 それでどうやって死のうかずっと考えていて、でも家の中だとやっぱり煮詰まっちゃって。外に出たんです。まあ、外で死ぬ方法だってたくさんあるじゃないですか。もう、どうでもよかったんです。僕は。どうなってもよかった。ただふらふら歩いていました。生きた心地は全くしなかった。多分、あの時僕は本当に死んでいたのかもしれない。


 それで、それでですね…。


 家の近くに川があるんですけど、ぼーっとしながら歩いていたらそこに辿り着いたんです。まるで引きつけられるように。


 そこにあったのは少し汚いいつも通りの川だけでした。でも僕には…


 妙ですね。おかしな話です。


 僕には…かみさまみたいに見えました。あの川が。光っていました。きらきら、きらきら。



 僕はここから産まれたんだ、と思いました。


 この川が、自分を産んでくれたんだと確信しました。


 僕が今まで感じてきた惨めさも辛さも死にそうな思いでなんとか二十数年送ってきたゴミみたいな生活も、全部この川のせいだと思うことができました。僕はなにも、悪くない。



 少し汚いくらいが丁度いいんです。



 綺麗なものなんて、僕にはもったいないから。


 生まれてからずっと、この世に産まれ落ちてからずっと、この世に蔓延る不平等を感じて来たんです。


 手が届かないものがありすぎる。


 努力しろと無責任にほざく奴らには、僕の苦しみなんてこれっぽっちもわかんないんだ。


 僕は何をすれば幸せになれましたか?


 恵まれてるお前らなんかにわかってたまるか。


 いつからか僕は自分が失敗作ってことに気づいて、それでも一応この世界に生を受けた以上生き続けないとだめだって誰に言われたわけでもないのに自分に言い聞かせて、なんとか、なんとか頑張ってきたんです。身の程を知ってるだけ良かったかもな。



 でももう無理だったんです。


 あの日は。世界が自分に死ねって言っているように思えたんです。いつも何をしても駄目だけどあの日は特別悪かった。



 あの川を見たとき、生まれて初めて本当の意味で呼吸が出来た気がした。



 大丈夫、僕はまだ、生きられる。


 だって全部お前のせいなんだもん。


 僕は悪くない。



 ………もうそろそろ、いいですか。



 はい。お迎えがきたんです。


 誰のって…わかるでしょう笑



 僕、考えたんです。


 あの川と一つになればいいんじゃないかって。


 もう一回戻ればいいんじゃないかって。


 そしたらもう一回やり直せるかもって。


 死ぬけれど、それは死ぬこととは違うんです。


 多分僕は、あの川と一つになったとき、ようやく生きられるんです。胸を張って、生きていると言えるんだ。


 僕は苦しかった。ずっとずっと死なない程度に首を絞められ続けていた。阻まれていたんです、生きることを。


 あの川だけは、僕を愛してくれました。


 さようなら。僕はぐちゃぐちゃになって、また形作られて、もう一度胎児になるんです。


 さようなら!




 この世界は素晴らしいです。

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川に魅入られた男 隣乃となり @mizunoyurei

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