アナスタシアの秘密
「アナスタシア」
ふいに名前を呼ばれ、顔を上げた。
「はい。なんでしょう」
菓子を食べ終わって優雅に紅茶を飲んでいたルシナが、ふと私の目を見た。
「あなた、魔法使いよね」
「………」
じっと、ルシナの翡翠の瞳を見つめ返した。長いようで一瞬の沈黙が舞い降りる。
「……何のことでしょう」
ニコリと微笑んだ。我ながら、胡散臭い笑顔だったと思う。
「確かにこの世界には、少なからず〝魔法使い〟が存在します。本当に貴重な存在です。故に神の申し子とも呼ばれていますが、私がそうであるはずがありません」
「………」
上位貴族の意見に異を唱えるなど、本来あってはならないこと。
しかしそんなこと知ったことか。世の中、無能でいた方が立ち回りやすいのだ。余計なことを言わないでくれ。
「それなら、これはどう説明するのかしら」
長い沈黙の後、ルシナはため息をついて懐から一枚の紙を取り出した。
それが目に入った瞬間、思わず目を見開いた。
「魔法属性証明書……」
それは、今私の手元にあるはずの書類。
素早く椅子に置いていた書類の束を確認した。
だが、いくら探しても〝魔法属性証明書〟は見つからない。
「……あなたが出て行ったあと、あなたの机で見つけたわ」
ルシナはテーブルの上に紙を置き、申し訳なさそうに謝った。
「ごめんなさい。盗み見るつもりはなかったんだけど。目に入ってしまって」
「……そうですか。それなら仕方がありませんね」
持っていく書類は確認したと思っていたが、やはり今日は少し疲れているな。
私が机の上に置き忘れていたのなら、悪いのはルシナではない。責めるべきは過去の己だ。
「先程はこれを届けに来てくださってのですか?お手間をおかけしてすみません」
「気にしなくていいわ」
それよりも……。と指を組んでその上に顎を乗せるルシナ。
昼中の麗らかな空気と相まって、そのお姿は良く映える。
「正直に答えて頂戴。あなたは〝魔法持ち〟なのよね」
「………」
語尾に「?」がついていない。
証明書も見つかっていることだし、つまりは隠していても意味がないのだ。
深いため息が漏れた。
「そうですね。その通りです」
私はピンと伸ばしていた背筋から力を抜き、椅子の背に持たれた。
口元に人差し指を添え、ニコリと笑う。
「だけど、ルシナ様。このこと、他の方には黙っていてくださいますか?」
ルシナは眉を顰めた。
「どうして?〝魔法使い〟は、この学園では優遇されるはずよ」
「そうですね。しかし、私の魔法はあまり好まれませんので」
私のその言葉に、ルシナは目を見開いた。
賢い方だ。もうお察しになっているだろう。
「禁忌魔法は、忌み嫌われるものでしょう?」
ニコリと笑い、背筋を伸ばした。少し話し過ぎてしまった。
「すみません、喋りすぎました」
頭を下げて、残っていた紅茶を飲み干した。
立ち上がり、テーブルの上の書類を取って礼をする。
「それでは、これで失礼させていただきます。楽しい茶会にお招きいただき、ありがとうございました」
ルシナは何か言いかけたが、結局、「また誘うわ」という社交辞令に落ち着いた。
私はもう一度礼をして、その場から踵を返した。
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