面倒ごと

「ねえ、ちょっと」


 事務室に用があり、校舎の廊下を歩いていたら、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、この学校の制服を着た女子生徒が数人、偉そうにふんぞり返って立っていた。特に真ん中の女子、見覚えがある。

 今日一日、授業が終わるまで何かとルシナに絡んでいた貴族の娘。名前は確か……


「ごぎげんよう、オリビア・キャロット様」


 すると、その女子の額に青筋がピキッと浮かんだ。

 その場の空気もピシッと固まり、冷え冷えとした沈黙が舞い降りる。

 しばらくして、呆然と言葉を失っていたオリビアの取り巻きたちが騒ぎ始めた。


「失礼な!」


「キャロライン様の名前を間違えるだなんて!」


「非常識な女だこと!」


 おっと。私としたことが、どうやら名前を間違えてしまったらしい。


「これは失礼」


 反省しているそぶりを見せつつ、「では」とその場を去ろうとするが、それが許されるはずもなく。


「お待ちなさい!」


 腕を強くつかまれて、立ち止まる。

 掴む指が腕に食い込んでいて、結構痛い。


「離してください」


 言ってみるが、聞き入れてくれそうな様子もない。さて困ったな、どうしよう。


「あなた、ずいぶんとルシナ様と仲がよろしいようね」


 嫌味ったらしく何を聞いてくるかと思えば、そんなことか。

 思わずため息をつきそうになったのを我慢して「それほどでもございません」と返しておく。


「たかだか男爵令嬢の分際で、ルシナ様とお近づきになるなんて」


「身の程知らずも甚だしいですわ」


「きっと低級貴族の出だから、社交のマナーが成っていないのですわ」


「まあ、お可哀そうに」


 取り巻きたちが好き勝手に言ってくれているが、それは違うと言いたい。

 別に私は、ルシナに進んで話しかけたわけではない。面倒ごとに関わりたくないから、大人しくしていたつもりだったのに、声を掛けてきたのはあちらの方である。

 大方、ルシナが私の隣席に落ち着いたのが気に入らなかったのだろうが、勘違いしないでもらいたい。


「……そういう文句は、ルシナ様に言ってもらってもよろしいでしょうか。別に私から話しかけたわけではないので」


 なんだか言い訳するのも面倒になって、適当にそう言った。

 すると目の前の令嬢たちは「まあ!」と大きな声を上げる。


「公爵令嬢のルシナ様を名前で呼ぶなんて!」


「無礼極まりないですわ!」


 いや、一応許可は貰っているのだが……。

 そういうこちらの事情など知らない彼女たちからすれば、私は上級貴族のご令嬢の名前を勝手に呼んだ無礼者に見えるのだろう。


(だからお偉い方とは関わりたくないんだ)


 どうせこんな面倒臭いことになるのだから。

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